第53話【魔王編】ゴンザレス、コルランに入るの裏話⑧

 俺は綺麗な箱に梱包した『惚れ薬』を、大事そうに抱えながらパーミットちゃんと共にベルノ男爵のところに再訪問中。


「惚れ薬ってそんなに簡単に作れるんですか?」

 俺もだが今日はパーミットちゃんもいつもの野暮ったい雰囲気ではなく、普通の格好。


 普通のお嬢様の格好というほどしっかりしたモノではないが、外へ打ち合わせを行うのに恥ずかしくないシュッとした服。

 髪もボサボサではなく整えている。


 着飾っている訳ではないが、元の見た目の良さが良く分かる。

 丸メガネは健在だが。


「うん? パーミットちゃんはもしかして、惚れ薬がどういったものか分かってない?

 魔法的な……なんの理由もなく人を好きになってしまう、そんな惚れ薬を想像してない?」


「へ? 違うんですか?」

 パーミットちゃんはキョトンとする。

 それは研究者としてまだまだだなぁ。


「チョコレートの話しただろ?

 考え方はそれと同じ。

 当然、その人の意識を失わせていわゆる興奮状態にさせる薬も存在する。

 けどさ、そういう薬をなんていうか知ってるよね?


 麻薬というんだ。

 そういうの欲しいの?」


 ろくでもない話。

 惚れ薬って言葉だけで、なんだか少しだけロマンチックに聞こえなくもないかもしれないが、薬の効果はそういうこと。

 イメージ通りならね。


 そんなろくでもないものが欲しいなら、あげなくもない。

 その時はパーミットちゃんに使わせてもらうけどね。


 所詮、俺はクズの詐欺師。

 そのラインを超えて堕ちるならウェルカムよ?

 同僚のよしみでこうやって忠告ぐらいしてあげるけどね?


「あ〜……。

 そういうのでしたらまっぴら御免ですねぇ。

 そうですかぁ、そうですよねぇー。

 何事も楽をしようとすると、ロクなことはないですもんね」


 そうそう、楽してハッピーとか言ってる頭緩い人には、詐欺師が手ぐすね引いて待っておりますよ?

 楽して儲けたいとか、楽して得したいとか、楽して最強とか、詐欺師はもう大好物で御座います。


「あれ!? じゃあ、ベルノ男爵にそれ持って行ったらダメなんじゃあ……」

「さあ! 着いたよ! 入ろっか!

 ごめんくださ〜い!!」


「あれ? え! ちょっとアレスさん!?」

 パーミットちゃんが何か言ってるけど、無視無視。

 お客様のご要望にお応えしてお金を頂戴するのが、わたくしの役目でしてよ?

 後は知らん!


 パーミットちゃんがさらにわにゃわにゃ言ってるが無視無視。


 ベルノ男爵邸に入ると、上機嫌のベルノ男爵に迎え入れられた。


「ようこそおいで頂けました!

 息子もお2人の到着を今か今かと待っておりました。

 さあ、どうぞこちらへ」


 早速、前回と同じ応接の間に。

 ベルノ男爵子息にもご挨拶をする。

 パーミットちゃんの礼は大変綺麗だった。

 ベルノ男爵子息もといヘタレクズ子息も見惚れている。


 流石は伯爵令嬢パーミットちゃん、身なりさえ整えれば気品がある。

 口を開けば残念な娘になってしまうが。


「こちらがご希望の品『惚れ薬』に御座います。

 非常に強力な惚れ薬で、我らバグ博士研究室のすいと『高価』な材料を結集しております。

 まず確実にファルテ子爵令嬢マーヤ様は御子息様の妻となることでしょう。

 世界にこれ一つで御座います。

 お納め下さい」


 大事に抱えた箱を慎重にベルノ男爵に渡す仕草を一瞬だけして、ベルノ男爵に目で確認の上、ヘタレクズ子息に渡す。


 これを使うのはヘタレクズ子息だからね。

 使うと本物のクズ間違い無しだが。


「あ、そうそう。ベルノ男爵様にはバグ博士より言付けが……」

 言葉を切り、パーミットちゃんとヘタレクズ子息をちろちろっと見る。


 意図を理解したベルノ男爵が2人に別室でお茶でもと提案。

 戸惑うパーミットちゃんをヘタレクズ子息が連れて行く。


「ご配慮ありがとうございます。

 例の魔獣素材研究に対する支援、何卒よろしくお願いします」

 俺は腰をへこへこ、手はゴマすり。

 それに対しベルノ男爵は偉そうにふんぞりかえる。


「ははは、なぁに、悪いようにはせんよ?

 惚れ薬まで『提供』してもらったからな」

 あげたんじゃないぞ?

 ちゃんと金を払いやがれ!


「あ、そうそう。惚れ薬ですが、使用上の注意はただ一つ。

 ファルテ子爵令嬢マーヤ様のお身体に合わせた超特注品に御座います。

 それ以外の方が口にしますと効果がないばかりか、非常に辛〜い劇薬となります。


 あ、ご心配なくファルテ子爵令嬢マーヤ様が飲まれた場合、それはなんとも甘美な甘〜い媚薬となります。

 一度口にしてしまえば飲み干さずにはいられない、そういうもので御座います」


 クックック、と可笑しそうに笑うとベルノ男爵も高い声で笑う。


「あい、分かった。

 十分に注意しよう」


「クックック、今後ともよろしくお願いします」


 ベルノ男爵はつぶらな瞳を細め髭を触り、嬉しそうに頷いた。

 2人で何が可笑しいのか分からない中で笑い合う。


 その時。


「きゃーーーー!!!!

 かっらーーーい!!!」


 刹那、俺は声を張り上げ立ち上がる。

「あの声はパーミット伯爵令嬢様!?」

 俺はベルノ男爵を見ることなく、さも慌てたように駆け出す。


「な、なんだと!?」

 ベルノ男爵もつぶらな瞳を異様なほど見開き、そのふくよかな身体を揺らし慌てて立ち上がる。

 まさか、同行していた残念娘が伯爵令嬢とは夢にも思っていなかったようだ。


 2人がいる部屋に入ると、パーミットちゃんが悶えヘタレクズ子息がオロオロしている。

 俺はパーミットちゃんに駆け寄り、あわあわとするパーミットちゃんの様子を伺う。


 ニヤリ。


 そして俺は口の端を吊り上げる。

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