第52話【魔王編】ゴンザレス、コルランに入るの裏話⑦

「ファルテ子爵令嬢マーヤ様に惚れ薬を……、ですか。

 簡単ではないですね」


「そう言わず! なんとかならぬか?」

 やたらと声の高いつぶらな瞳のデブチョビ髭のベルノ男爵が詰め寄る。

 ヘタレクズ子息も握り拳で何度も頷いている。


 なんとかって無理矢理飲ませと!?


 ふ〜む。

 どうするか、だな。

 相手が貴族ではない、もしくは即座に逃げ切ることが出来るならば、適当な薬を売り金だけ貰ってトンズラだが。


 だが俺は今は詐欺師ではない!

 研究者の助手なのだ!


 さてこの場合、万全の効果を持つ惚れ薬を渡したところで、ベルノ男爵たちの願いはまず叶わない。


 惚れる惚れない関係なく、今の状況では父であるファルテ子爵が結婚を許す訳がない。


 ファルテ子爵はベルノ男爵のお金には興味津々だが、高級下着のデザインに対し良い印象を持っていない。

 まだ新しい分野なので古いタイプのファルテ子爵には理解が難しいのだ。


 そんな事情もあり警戒されている中で、ファルテ子爵令嬢が急にベルノ男爵子息に惚れたりすれば、薬などで正気を失わせた可能性を疑われる。

 そうなれば一発でお尋ね者だ。


 詐欺と一緒で今回は本物を使ったとしても悪手となるだろう。

 そもそもヘタレクズ子息の魅力はなんだ?

 クズのマイナス分を大きく上回る何かがないことには、結婚なんて出来んだろうに。


 ジョニーは安定した職とキャサリンの立場が、のっぴきならないという事情があったから上手くいったのだ。


 ベルノ男爵家は新進気鋭の最高級下着のデザイナーであって、それ以外については貴族の末席も末席で、貴族社会の作法に疎い、ということか。


 それでも金があれば一目置かれるから金の力は凄い!

 俺も金持ちになりたい!!

 カストロ公爵領にお泊まりした時に少し貰って……いや、ダメだ。

 あそこの連中超有能、必ずバレる!


 そそそ、それよりも!

 金目の物を持って行こうとしたら、もう少し持って行って下さいとお金を渡されたらどうする!

 あり得ない話だが、あり得ないことが起こる土地、それがカストロ公爵領なのだ!!!


 ……よし、カストロ公爵領のことは一旦忘れよう。


 とにかく、ベルノ男爵は金はある!

 コレ大事。

 今回の件が上手くいけば各所に根回しするための金が手に入ることになり、少し前に書いた魔獣を使った新素材の活用論文が一気に日の目を見ることになる。


 そうなればバグ博士からのボーナス間違いなし!

 高級娼婦のレイナーちゃんへの店外デートも一気に花開くこと間違いなし!


 俺はぁぁあああ!

 やーるぞぉぉおおお!

 やってやるぞぉぉおおおお!!!!


 きゅぴぴぃぃいいいんんん彡☆


 俺の頭にアイデアの星が輝く。

 ……まずは条件確認だ。


「ご依頼は……惚れ薬、ですな?」

 ファルテ子爵令嬢マーヤと結ばれる、ではないよね?


 ベルノ男爵は頷く。

「うむ、よく効く物を頼む。

 礼はしっかりとさせて頂く」


 かかった!

 どうするのかって?

 詐欺をするに決まってるだろぉぉおお、げっへっへ。


「分かりました!

 では、いくつか情報が必要です。

 事が成るまで、この屋敷の出入り許可と書類の閲覧の許可を。

 無論、見ても良いと認めて頂けるもののみで結構です。


 薬そのものは近日中にご用意して、そこの笑い転けてる残念娘パーミットと一緒に持って来ます」


 依頼ついでにこの屋敷の本を読ませてもらう権利ゲット。


「おお! 是非頼む!!」

 つぶらな瞳のデブチョビ髭のベルノ男爵がまた高い声でそう言った。


 ヘタレクズ子息は笑い転げるパーミットちゃんの方をチラチラ見ながら、期待をたっぷり込めた目で頷いている。

 小さくガッツポーズまで。


 あとパーミットちゃん笑いすぎ。

 ずっと笑い続けてるじゃないの、失礼な娘ね!


 丸メガネが落ちて可愛い顔が見えているじゃないの。

 陰気クズ子息、もといヘタレクズ子息がその顔に見惚れてるわよ!


「ところでアレス殿。そのお嬢さんは大丈夫かな?

 何故かずっと笑い転げておられるが何かありましたかな?」


 つぶらな瞳のデブチョビ髭のベルノ男爵がまた高い声でそう言った。

 さらに笑うパーミットちゃん。


「いえ、不治の病でして。

 突然、笑いたくなる病気なのです。

 命にも別状ないですし研究者としては優秀なのですが……」


 パーミットちゃんから顔を逸らす俺。

 痛ましそうに可哀想な娘を見る目で、パーミットちゃんを見つめるつぶらな瞳のデブチョビ髭のベルノ男爵とヘタレクズ子息。


 俺は痛ましい表情で令嬢らしからぬ笑いをするパーミットちゃんを支えて、ヘタレ子息に見送られながらベルノ男爵邸を後にした。


「いやぁ〜、ほんと殺されるかと思いました」

 研究室に戻ってもパーミットちゃんは思い出したように、またヒクッツと笑う。


「なんでついてきたのよ、パーミットちゃん……」


 椅子に座り、謎の引きつけを繰り返すパーミットちゃんを呆れながら眺める。


「まさか、あんな恐ろしい目に遭うなんて想像が付かなかっただけです。ヒックッ」


「さて、俺はちょっと出て来るから……あ、バグ博士、少し良いですか?」

「うむ? なんだね?」


 俺は惚れ薬を渡した後のことなどを、バグ博士と打ち合わせをして外に買い物に出た。

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