第46話【魔王編】ゴンザレス、コルランに入るの裏話①

 世界最強と呼ばれる存在がいる。


 曰く、全てを見通す千里眼を持つ大軍師。

 曰く、万の敵すらも打ちのめす大将軍。

 曰く、病の悉くを治療して人を救う聖者

 曰く、最強にして無敗、世界の叡智の塔に刻まれるランクNo.1も超えた最強ランクNo.0


 だが、その正体は一切不明。

 男か女かオカマか、年齢も不詳なら、生まれも公爵家の捨て子だとか転生者とか生まれながらの救世主だとか、数え上げたらキリがない。

 それら全てを合わせて、誰も見たことがないという。


 それが、世界最強ランクNo.0


 だが、とある詐欺師はかたる。

 元々そんなのいねぇよ、と。



 私、ゴンザレス、今、研究員助手しているの。


 おっと、失敬。

 アレスです。


 詐欺師?

 何をおっしゃる。

 この善良なコルランのバグ博士の研究室の助手をやっているの♡


 ついに! ついにやったぞぉぉぉおおおお!!

 まともな就職先だぁぁあああ!!!


 あ? 詐欺師?

 だぁれが、好き好んで犯罪者なんてやるかよ。

 仕事がねぇんだ、仕事が。


 安定した仕事があれば、誰があんな危ない橋渡るよ?

 チンケな詐欺師の俺でさえ、あんなに何度も死にかけたんだぞ?


 そ、そりゃまあ、人生に一度あれば最高ってぐらいのS級美女との出会いとかあったけどよ?


 それもこれも命あっての物種。

 正直、よく生きてたなぁ俺って感じよ?


 世界最強No.0のこと?

 俺、ただのスラム上がりの詐欺師よ?

 そりゃあね?

 世界の流れを止めて本が世に出る機会を留めている『敵』の存在は許せるもんじゃねぇけどよ?


 まずは自分!

 これ1番大事!!


 ご機嫌な気分で酒場で安酒を飲んでいると。

「よう? ゴンザレス、久しぶりじゃねぇか?」

「ちっ」


 目の前の席に勝手に座る中年男女。

 見た目は着飾ればそれなりだろうが、どちらも胡散臭い。

 舌打ちをしてその男女から顔を逸らす。

 良い気分が台無しだ。


「どの面下げて俺の前に顔出しやがった」

「ご挨拶だな?

 可愛い息子の顔を見に来てやったというのにな!」

 ハハハと中年の銀髪の男は笑う。


 素材は悪くないだろうが、どうしてもチンケなクズ臭が漂う。

 まあ、クズだ。


「そうよ?

 親が子の顔を見に来るのは何もおかしくないわよ?」

 これまた着飾れば美人と言えるだろうが、今は場末のバーのママが良いところだ。

 空のタバコのパイプをふかしている。

 要するにおしゃぶりをくわえているようなもんだ。


 俺がスラム上がりならコイツらもスラム上がり。

 見ての通り親子揃って立派なクズだ。


 そうなのだ。

 俺は元々コルランのスラム育ち。

 だからまあ、大国コルランにはあまり滞在したいとは思わなかった。


 コルランのスラムは王都とくっ付いているせいもあって、世界の負でも集めたぐらいデカいから、長期滞在でもしない限りそうそう知り合いには会わないが。


 今回はまあ、背に腹はかえられねぇ。

 魔王の件が落ち着くまで、このコルラン王都に身を隠すつもりだ。


「それで? 何が聞きたい?

 あんたらに目の前に居られちゃあ、その顔に酒をぶっかけたくなって、勿体ねぇからなぁ」


 この両親が俺の前に顔を出したのは、まず間違いなく情報目的だ。


 俺たちの関係は10歳になる頃に俺が1人立ちしてからは、情報をやり取りする同業者みたいなもんだ。


 この両親に良い印象など抱くわけがない。

 コイツらがまともな人種なら、俺の人生ももっと真っ当だったろうよ。


 ……いんや、やっぱ変わらねぇだろうな。


 コイツら同様、俺も所詮クズってわけよ。

 1度スラムに堕ちた一族は奇跡でも起きねぇ限り、まともな生き方なんて出来やしねぇのがこの世界ってもんよ。


 エストリア国でもそうだったが、俺は世界を回ってるだけにそれなりに情報は持っている。


 プロの情報屋ってほど上手くは出来ないが、まあ、旅の途中の小遣い稼ぎぐらいは詐欺のついでにって感じだ。


「へへへ、まあ、そうだな。

 俺は今、ちょっとやんごとない人に雇って貰っててよぉ〜。

 そのお方の指示で情報を集めてるんだ」


 俺はつまらなさそうに目を細め安酒を口に運ぶ。

 スラムの人間をやんごとない人が直接雇うことはない。

 当然、このクソ親父もその程度はよーく分かっている。


 そうでないと、いくらなんでもあのスラムでは生きていけない。

 クズにはクズなりの立ち回りってものがある。


 つまり末端の末端の末端ぐらいだ。

 それでもそれなりの情報を手にすれば目を掛けてもらえるし、滅多にはないことだが、雇い主が『分かってる仕事』だとかなり美味しい仕事にもなる。


 今回がどちらかは知らない。

 そもそも美味しい仕事など当然、数は極めて少ない。


 だが、そうやって目を掛けてもらい、ちょっとした男爵クラスの小間使いにでもなればスラムでは誰もが羨む立身出世と言えよう。


 まあ、何かあればあっさり切り捨てられるが。


 そんな訳で、俺が得たバグ博士の助手って立場は、スラムで話せば誰もが笑う夢物語というほどとんでもない事なのだ。


 ま、所詮、詐欺で入り込んだだけなんだがな。


「今回こそはな。

 この情報について何か分かれば、お貴族様に目を掛けて貰えるのは確実だ」


「だからなんの情報が欲しいか早く話せ」

 俺はイライラしながら、安酒を口に運びながらクソ親父を促す。

 クソ親どもは浮かれてやがる。


 余程、良い条件を提示されたのだろうな。

 いくらなんでも『らしくない』ぐらいには浮かれてやがる。

 どれほど上手く立ち回ろうがスラム上がりはスラム上がりだ。

 誰かの弟子になる道はないし一端の仕事もありはしない。


 俺が詐欺師になる以外に道がないようにな。


 そしてクソ親父は声を潜め俺に尋ねる。

「おう。実はカストロ公爵アレスってお貴族様についてなんだが」


 それを聞いて、俺はクソ親父に口に含んでいた酒を吹き掛けてしまった。


「うおっ!? 何すんだテメェ!?

 汚ねぇだろうが!!」

「ちょっとゴン? どうしたのよ?」


 クソ親父とクソババアが同時に言うが、俺はそれどころじゃない。


「カ、カストロ公爵トヤラガドウシマシタ?」


 完全に声が裏返ってしまった。

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