第32話【魔王編】ゴンザレスとエール共和国再び裏話④
「結局、どういうこと?」
安宿で本を読む俺と、同じベッドに寝ていたエルフ女はそう言いながら気怠げにのそりと身体を起こす。
「別に?
親方が貴族から余分に取った金を少し分けて貰っただけだ」
あのオッサンは貴族に相場より遥かに高値で作った品を売りつけた。
それ自体はどうと言うことはない。
騙される方が馬鹿なのだ。
通常、貴族にこんなことをすればエライ目に遭うのは職人の方だが、没落貴族であったから話は別だ。
貴族といえど全てが裕福な訳では無い。
ましてや没落してしまえば、平民よりもずっと惨めな暮らしが待っている。
とある貴族の主人が生前、没落から脱出しようと金策として親方から品を買い、それを転売しようとしたのだ。
しかし、それを実行する前に主人は病気で亡くなり、お嬢様育ちの奥さんと10歳の娘が残された。
証文は本物で別に親方も間違ったことをした訳ではない。
一般よりもかなりの高値で売りつけただけ。
目利きも出来ずに購入を決めてしまった亡き主人が悪い。
その没落貴族から親方への支払いが昨日で、その支払われた金の大半を親方へ壺を売った俺が頂戴しただけのこと。
お金が回り回って俺のところにやって来ただけにすぎない。
こんなのは立場は様々だがよくあることだ。
官憲なども没落貴族や下級国民の下々を守ってくれることはない。
「そういう基本的な教訓も本には載ってあるんだがな」
そんでもって俺は親方から頂戴した金で、その没落貴族の家にあった本と交換してもらった。
古本屋では二束三文にしかならないが、亡き没落貴族の主人が纏めていた貴族間のやり取りをまとめた日記や雑記集だ。
家族は売り払いたくても、個人の手記が中心だから売りたくても売れなかったものだ。
だが文字に起こされた情報は、俺にとってそれだけで価値がある。
没落貴族のお嬢様奥さんと娘には金貨を渡すついでに、情報屋……じゃなくて酒場のオーナーのローラを尋ねるようにも言っておいた。
ローラは表向き情報屋じゃなくて酒場のオーナーだ。
ま、信用ある仕事先は得難いものだから、それについてはローラが回してくれるから何とかなる。
没落お嬢様奥さんと娘の2人だけでも根性があれば、如何様にでも生きていくことだろう。
昨日のうちにローラにも話を通しておいた。
それについてはローラからは何故かため息を吐かれた。
カストロ公爵の名前で居住権承諾の偽造サインを書いてと頼まれたので、一枚書いたらそれで紹介料はタダにすると言われた。
首を傾げながら俺はカストロ公爵アレスの名前でサインしたが、本物のカストロ公爵の筆跡を特に偽造した訳でもないので、なんの役にも立たないと思うが?
カストロ公爵アレスのサインなんて見たことないけど。
俺にも仕事を紹介出来ないか尋ねたら、何故か怒られた。
「貴方に渡せる仕事がある訳ないでしょ!?」
スラム上がりは仕事が無くて厳しい。
世知辛い、世知辛いよ。
「ふ〜ん、その没落貴族が払った金をその親方から頂いて、その金で本を買ったのね。
マッチポンプってやつ?」
エルフ女は細く綺麗な足をバタバタさせてそんなことを言う。
別に俺が最初に騙した訳でもない。
「俺は親方から貰った金で本を買っただけ、もう少し好みならその没落貴族の妻も頂いたがな」
「ふ〜ん……、アンタのことがちょっと分かったかもね?」
ふん、何が分かったんだかね。
「今日の夜は一緒に出掛けるぞ?」
「何処へ?」
「ちょっと世界の叡智の塔に落書きを」
「はぁあ?」
エルフ女には正気を疑うような顔をされた。
暗い夜道、道の先には
(いいか?
これは高度に卓越したミッションなのだ。
世界の命運が懸かっていると考えても過言ではない)
「落書きって、そんなもんだっけ?」
(ば、ばか! エルフ女!!
普通の声で話すな!
気付かれるだろうが!)
「……誰によ?
仕方ない、仕方ないんだ。
これをこっそりしないとまた帝国皇女のカレン姫が狙われるから、魔王のターゲットから外れるように世界の叡智の塔を操作しておかねばならない。
「くそ!
まさかコルランと違って、エストリアの世界の叡智の塔がこれほど厳しいとは!」
「ア、アンタまさか!?」
俺はエルフ女に親指を立てて、いい笑顔を見せる。
「すでにコルランの世界の叡智の塔は、『攻略』済みだぜ?」
心底呆れた顔でエルフ女は肩を落とす。
「……自慢することじゃないでしょ」
このエルフ女、1000年振りに世に出てきたくせにえらく常識的だよね。
基礎知識は植え込まれてるから変に擦れてなくて常識的なんだろうね。
世界の叡智の塔は常識的な物事には当てはまらないから知らないらしい。
あと魔王対策として使えることも知られていないようだ。
まだまだ世界は謎だらけだなぁ。
1000年間、世界の歴史が進むのを『止めてた敵』の姿も不明なままだしな。
(そっち、見張りの動きはどうだ!?)
(ちょっ、アレス! 後ろ! 後ろー!!)
やばっと、エルフ女と2人で植木の影に隠れる。
なんとなくエルフ女の口を手で塞ぐ。
これエルフ女!
口をもぐもぐするな!
くすぐったい!
(なんで口塞ぐのよ!)
(ノリだ、気にするな!)
(ふざけんなー!!)
俺を殴ろうとするエルフ女。
ばか、やめろ!
植木が揺れてバレるだろうが!!
……しばし待つ。
どうやら気付かれなかったようだ。
(……行くぞ。ミッション再開だ)
(なんでよ?
なんで、ここまでして落書きしたいのよ……)
(世界で俺しか出来ぬならば、俺がやるしかあるまい!)
キリリと顔を引き締める。
(いや、格好つけるところじゃないから)
こうして、俺たちは世界の叡智の塔に落書きすることに成功した!!
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