第156話ゴンザレスVS世界最強No.0⑦
来客用の大きなソファーのあるゲフタルの執務室。
受け取った手紙を開いて、唸り出したゲフタル代表のシュバイン。
そのシュバインに呼び出され、でっかいソファーにナユタと一緒に座っていたエルフ女ことエルフィーナは
「どうしたのよ?」
「ゴンザレスからの手紙だ。
奴は今、グリノアの星見の里に居るらしい」
「じゃあ、急ぎ行きましょう」
エルフィーナとそれを聞いていたナユタは立ち上がる。
「まあ、待て」
手紙を読みながらシュバインは2人を止める。
「グリノアの星見の里攻略にあたりゲシュタルトに援軍を出すことになった」
「はぁ!? 攻略ってどういうことよ?
あのシュナがそんなことを言い出しているの?」
シュバインはため息を一つ。
「そういう訳ではない。
最期の王族となったシュナ第三王女と婚約したNo.0と、それに新司令官のケーロット伯爵の子息カーロットが息巻いて押し進めた話だ。
ゲシュタルト連邦王国を完全統一した王と司令官。
そんな肩書きが欲しいことは明白だ」
それを聞いてエルフィーナはソファーにドカリと座り身を沈める。
「そんなの完全に邪神に影響された暴走でしょ……」
どうして、周りは気付かないのか?
それこそが邪神の影響の恐ろしさなのだ。
個々自ら発せられた野心、いや邪念は周囲の者を巻き込む。
極端な例はコルランにてNo.1が暴走した例だ。
当人の周囲が邪念に影響され、自らの望みのように共に熱に冒されたように暴走し始める。
止めるには外部から無理矢理止めるしか無い。
だがその欲望が権力と入り混じればそれは容易ではない。
恐らく、いや間違いなく、エストリア国の内乱もそれである。
むしろケーリー侯爵の話が本当であるならば、エストリア国宰相グローリーこそが発端とも言えよう。
今は世界の叡智の塔の影響によりこんな事態になっているのだろうが、果たしてそれが世界の叡智の塔の破壊だけで解決するのか、エルフィーナには分からない。
人の心の野望や欲望は切っても切り離せるものではない。
それを刺激され続ければ、いつかは……。
「そんな訳でグリノアへの道は今は封鎖されている。
一部船便だけは寄港していたがそれも封鎖だ。
よってゴンザレスに会いたければ戦場が1番早い」
その言葉にエルフィーナはソファーに沈めていた身体を起こす。
「戦いになんか私らは参加しないわよ?」
「ゲシュタルト側の顔を立てるだけだ。
戦場には出ない。
……だが流石にゴンザレスでも今回の戦いは厳しいのだろうな。
ゲフタルへの救援要請とお前たちを見かけたら来るように言ってくれ、だと」
「あいつが私らを呼び寄せるのは珍しいというか初めてね?
厳しいって、ゲシュタルトとグリノアはそんなに戦力差があるの?」
今度はシュバインがため息を吐きながら、椅子に腰掛ける。
「グリノアというより、星見の里だ。
グリノア本隊はゲシュタルトが攻めて来ても星見の里を見捨てるようだ。
星見の里はグリノアに限らず、ゲシュタルト連邦王国全体で少し特殊な土地だからな。
半分独立した部族だ。
1000年前は世界の始まりの地とまで言われた土地だ。
もっとも今は見る影もない、森と山に囲まれた寂れた田舎でしかないが。
戦力比は万vs数百、勝負にならんよ」
エルフィーナは綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、こめかみに手をやる。
図らずもメリッサがアレスの突飛な行動で、頭を悩ましている時と同じ行動である。
「……根拠らしい根拠は無いけど、あいつを怒らせない方がいい気がする」
世界最高峰の実力者のそんな言葉があまりに意外だったので、シュバインは訝しげな顔でエルフィーナを見る。
「戦闘になるつもりはないが、それほどか?」
シュバインたちゲフタルは、かつてアレスの指揮でドリームチームを撃退しているが、それでも数の差というのは
「あんたらはさ、ドリームチームと呼ばれたあの時のあたしらをアレス抜きで追い返せた?」
シュバインは首を横に振る。
今の数倍の兵が居たとしても無理だろう。
その後に続けたエルフィーナの言葉は、アレスの手腕を知っている『つもり』になっていたシュバインですら衝撃的だった。
「あいつ……あの時、手加減してたの。
気付いてた?」
その言葉にシュバインは流石に言葉が出なかった。
いやいやいや、待て待て。
世界最強チームを相手に手加減?
シュバインはあの時のアレスの様子を思い出すが、そこまで余裕を持って行動している訳でもなく、ゲフタルの皆にワタワタしながら指示を飛ばしていた。
いつものように、まるでチンケな詐欺師だと主張するように。
「あの時、あいつは私たちを誰も殺さないようにしてたのよ?
だって、毒とかそういうの一切使わなかったでしょ?
あたし、密林で暮らしてたけど、密林の中では触れるだけで死に至る猛毒を持つ生き物も居るのよ?
魔獣にも居るでしょ?
毒持ち。
それにあの時、ドリームチームは精神面叩かれたら結構弱かったし。
誰か死んだらそれに動揺して連鎖的に崩壊してたでしょうね。
……私たちの精神的支柱があいつ自身だったのもあるけど」
シュバインは思い当たる。
アレスは魔獣に誰よりも詳しかった。
あの地形を利用した魔獣の罠は他ならぬアレスの提案だ。
その生態も行動もよく把握していた。
……だからこそ、最後に狙って魔獣をけしかけることもアレスには出来た。
思い返せば、気付けることもある。
シュバインは顔を片手で押さえ溢れる笑いを抑える。
まごう事なき世界最強集団のナンバーズたちを相手に……手加減してみせた?
化け物を超えた存在を果たして人は何と呼べば良いのだ?
初めて会った時、誤魔化すように自身をNo.0と告げはしたが、その後は一貫して否定した。
その後に、ドリームチームを従え魔王討伐をこなした訳の分からない男だ。
「ゲシュタルトに居るNo.0はやはり偽物か?」
シュバインの問いかけにエルフィーナは肩をすくめて見せる。
「さあ? 何を持ってNo.0だというのか、あたしには分からないわ。
本人がNo.0だと言うならそうなんじゃない?
……ただ、どちらかと戦うとなったら、どんな世界最強が相手だろうと、あたしはアレスとだけは戦いたくないわ」
多分、勝てないし。
エルフィーナはそう呟いた。
エルフィーナは自身の顔が誇らしげに綻んでいることには気付かない。
シュバインはエルフィーナのその顔を見て、その日1番のため息を吐く。
そして思う。
ゲシュタルトも運が悪い。
よりによって、最もヤバい奴がその里に現れてしまったのだから。
まあ、自らの欲望を御し切れなかった結果であるため、自業自得と呼べることなのだが。
そして、これまたいつものことだが、何処ぞの詐欺師が聞いたならば誤解だと大絶叫することであろう。
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