第145話革命家ゴンザレス⑧
私、ナユタは痛む喉元を押さえ、呆然とその現状を眺めていた。
捕縛されたグリデン。
次々と投降する領主の私兵。
私たちは確かに敗北する寸前だった。
4人で囲んだのにグリデン1人に蹴散らされ、ゴンザレス様を追ってグリデンは走っていった。
私の失態は大きい。
カストロ公爵領からの援軍を待つべきであった。
まさかエストリア10剣があれほどの強さとは思いもしていなかった。
もしもあの方がカストロ公爵アレス様が、ここで死ぬようなことがあれば!
目の前が真っ暗になりそうな気持ちを奮い立たせ震える体を起こす。
投げられた時に一瞬意識をなくしていたようだ。
追いかけようと、震えた足を一歩動かしたその時だった。
聞こえて来たのは……。
「グ、グリデン討ち取ったりー!!!!」
一体、何が起こったというのか?
私の元に革命軍の兵が走って来て報告してくれる。
「あのお方です!
ゴンザレス様が見事、グリデンを!!」
ブレン、フーガ、ウスタもよろつきながらこちらに来た。
全員無事のようだ。
「ゴンザレス様は……?」
ご無事なのでしょうか……?
「はい!
グリデンの持ち物を確認された後、やるべき事があるとおっしゃって!
委細はナユタ殿にお任せすると」
「そう、ですか。分かりました」
あの時もそうだった。
何も言わずただ私たちを救って、役目は済んだとばかりに去って行った。
希望だけを残して。
どこまでも大きく遠い人であった。
カストロ公爵アレス様であることは、『お嬢』ことイリスさんから教えてもらった。
だけどゴンザレス様はそれすらも越える存在のような気がしてならない。
ただの公爵様が無手でエストリア10剣を制してしまう。
それは異常なことであった。
出会った頃から不思議な人ではあった。
ただの胡散臭い男のようで、でも、排他的であるはずの里の者の心にすぐに入り込んだ。
父にも気に入られ私はその様子をそっと隠れて眺めていた。
彼が来て里の中はとても明るくなった。
寒い冬が来ると何人かがまた餓死してしまうだろう、そんな暗さを笑い飛ばすように、ダム造りを提案して皆に希望を届けた。
今思うと僭越ながら、叶うなら
あの方の目には違う誰かが映っていることを知りながらも。
父も里の姫の私を娶らせることで、里の跡目を継いで欲しかったようだ。
あの運命の日、里は魔獣に襲われ皆が覚悟した。
ゴンザレス様がその場に居なかったのは、死にゆく私にとって唯一の救いであった。
あの方はきっと……とても大きな人だから。
その里の全員の運命をゴンザレス様が覆した。
それだけではない。
ゴンザレス様は次の私たちの生活まで用意していたのだ。
カストロ公爵アレス。
それがゴンザレス様の本当の名。
でも私にとっては、ずっとゴンザレス様なのだ。
私たちは彼への返せぬほどの恩のために、各地に散らばり情報を集めた。
時には情報を操作し。
操作した情報の中に奇妙な話があった。
カストロ公爵アレスはあの世界最強No.0である、と。
さもありなん。
それが本当なら、ますますもってとんでもないお方だ。
……とんでもないお方に私は
私は叶わなくとも生涯あの方を想い続けることを誓った。
父も何も言わなかった。
あの運命の日、里の命運は尽きていた。
ならば一族の存続を無理に続けることも無かろうと。
ましてや、命を救ってくれたゴンザレス様を想うならば、と。
再会は思いがけない場所だった。
忽然と、あの里に来た時のようにゴンザレス様はマルンドの街に姿を現せた。
援軍を要請して2日も経たずに公爵自ら!
驚きはあったが、あり得る。
そう思った。
そして……。
届かぬ願いが叶った日、私は人知れず涙した。
この想い出だけで生きていけるとさえ思えた。
ゴンザレス様を革命軍に紹介した後のことは、あっという間の出来事のように思う。
あっという間にマルンドの街を、そして、私たちが束になっても敵わなかった領主代行エストリア10剣を制した。
やはり……、ゴンザレス様はあの世界最強の……。
それは既に確信。
空白地となるベック伯爵領は、今後カストロ公爵領に組み込まれることになる。
領民は歓喜した。
これで救われると。
カストロ公爵領には広がった土地を経営するノウハウが既に備わっている。
領民の未来も明るい、そう思えた。
私は領主館から広がる街並みを眺める。
「あのお方は行ってしまわれたのですね」
黒い髭の革命家マルーオ。
「ええ。
あのお方にはやらねばならぬことがありますから。
カストロ公爵アレスという名ですら、あの方の器としては小さな物です」
それが何かは末端の私には知りようがない。
いいや、もしかするとあのお方以外は誰もその心内は分からないのかも知れない。
「あの方が……、カストロ公爵様。
なるほど……。
曰く、全てを見通す千里眼を持つ大軍師。
曰く、万の敵すらも打ちのめす大将軍。
……確かに公爵という器ですら、あのお方には小さな物に思えますな」
ええ、全くとんでもない人を好きになってしまったものだ、とナユタは心の中で笑った。
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