第135話逃亡者ゴンザレス③

 アレスはいくら探しても見つからなかった。

 結果は分かっていた。


 密偵からの報告を聞きながら、それでもイリスはため息を吐かずにはおれなかった。


「相変わらずアレス様はとんでもない方ですね」


 それがどれだけ異常なことなのか。

 カストロ公爵領の名代をしながら、経験を積んだ今のイリスには分かる。


 隠れ里の棟梁たちは優秀だ。

 世界のありとあらゆる情報を取得してくる。


 だが、アレスのことだけは発見出来ない。

 発見出来るのは事が終わり噂が流れた時。

 もしくは彼が自ら姿を見せた時だ。


 まるで突然、何者かに連れ去られているかのように。


 内心ぶるりと震えが出る。

 ゾクゾクとすらするこの感覚は……歓喜だ。


 どうだ、私の愛している人はこれほどまでにも底知れない方なのだぞ、と。

 自分の内なる声が、小娘の声でキャンキャンと騒ぎ立てる。


 彼は詐欺師だ。

 イリスはそのことにとうの昔に気付いている。


 チンケな詐欺師はまだ隠し切れていると思っているふしがあるが。


 出逢いの時、アレスが自分を詐欺に掛けようとしていたことは後に気付いた。

 彼のその時の思惑がどうなのかは分からない。


 持っていた家宝の石を奪いたかっただけなのか、今となっては歓喜しかないがそこそこの容姿の自分をベッドに引きづり込みたかっただけなのか。


 結論で言えば、彼は自分に真っ直ぐな光の道を示した。

 それが詐欺の道だとしても、彼が望むならどうでも良いことだ。




 いたいけな純真無垢であった元王女を、ここまで思い込ませたアレスの罪は重い。




 とにかく彼が頑なまでに叫ぶ詐欺師ではないことは、イリスは誰よりも知っているつもりだった。


「カストロ公爵様は見つかりになりませんか?」

 エストリア国王女セレンがイリスに尋ねる。


「ええ、いつものことです」

 イリスは穏やかな笑みを浮かべる。


 本当にいつものことである。


 それでも時々は帰って来てくれる。

 今のイリスにはそれで十分だった。


「不思議な方ですね。

 あの方と会ってから追っ手がピタリと止みました。

 それに『反乱軍』の混乱ぶりも噂が聞こえて来ます。

 これが全て……」


「ええ、全てアレス様のお力です」


 そんなバカな!?

 とある詐欺師がこの場にいればそう叫んだことであろう。


 だが残念ながら、この場にいるのは恋に溺れた元王女と王女の小娘2人。


 セレンは呟く。

 彼を示す伝説の一編を。


「全てを見通す千里眼を持つ大軍師。

 その場に居なくても敵の動きを封じてしまうその力……」


 何度も言おう!

 分かりきったことだが、とある詐欺師はそこまで考えていない筈である。

 ただの嫌がらせが効果が出過ぎただけである。


 アレスが仕掛けた嫌がらせは単純明快。

 誰もがベッドの中では口が緩む。

 その緩んでしまったお口から出た言葉を密偵や娼婦を使い、即座に王都で広める。


 一時の王都の大勝利にグローリー派の貴族が緩んでしまった瞬間を、これ以上ないほどについてしまった。

 それだけである。


 かつてアレスが帝国諜報部にその手腕と効果を見せたが故に、帝国諜報部はそのやり方をマネて効果を出して見せたのだ。


「私たちはただアレス様を信じて待つのみ、です。

 すぐにその時は来るでしょうから」

 そう言ってイリスは驚きを見せるセレン王女に微笑んだ。







 そして今。


 囲まれていた俺は生きようとする思いにより覚醒した。


 なんてことはない気付いたのだ。

 俺は両手を上げてオッサンズに話しかける。


「へっへっへ、兄さん方。

 あっしがカタギに見えるんでやすか?」

「何?」


 まず俺の格好だが、金持ちには見えない。

 次に荷馬車に乗っているとはいえ、その荷馬車も見るからにぼろぼろだ。

 金目の物を持っているとはどう見ても言えないはずだ。


 男たちは改めて俺を観察する。


「……いや、見えないな。

 せいぜいチンケな詐欺師にしか見えない」


 なんて観察眼だ!


 感心している場合ではない。

 言葉を途切らせれば終わりだ。


「後ろの荷馬車の荷物を見てくだせぇ。

 ……おっと、間違っても手荒に扱ったらダメですぜ!

 そうなったらあっしも兄さん方もお終いだ!」


 互いに目配せし1人が荷台を覗きに行く。


「なんだコレは?」

 荷台を見に行った男が声を上げる。


 知らん!

 後で見ようと思ってまだ見てないからな!


 先に見ておけば良かった!

 ご禁制の荷を運ぶ時、見ないのがルールだ。


 見たことがバレたらそれだけで始末されてしまう。

 もう一つ言えば、運び屋としての信用も失う。


 でも大丈夫。

 俺、詐欺師だから。

 運び屋じゃないから。

 騙される方が悪い。


 通常ならば俺もこんな危ない橋は渡らない。

 だが、街から抜け出すには通常ルートでは無理な程、俺の監視は厳しかった。


 イヤイヤ違う、ゴホン、逃げ出したんじゃない。

 仕事をしているだけだ。

 仕事だから街を出ても仕方ないんだ。


 決して美女に囲まれて王侯貴族のような生活をしているあり得ない事態に、怖くなったからじゃない。


 ち、違うからね!

 おいおい、このままじゃあ、戦争の最前線に総大将として駆り出されるんじゃね、とか。


 そうなったら、もうどこでも完全に顔バレじゃねぇか!

 冗談じゃねぇ!

 ……とか思った訳じゃないからな!!


 まあ、そういうことなんだけど。


 大体さぁ〜、チンケな小悪党に王侯貴族の真似事なんて無理に決まってんじゃん?


 かと言って色々、手出してしまったから、今更許して?

 なぁんて言っても許してくれねぇだろうし……。


 王侯貴族になる覚悟が無いなら、良くて詐欺師として宦官にされて永久に牢獄か、もしくは縛り首だ。


 良くてそれよ?

 逃げるしかないじゃんよ〜。


 おっと、とりあえず今を生きねば。


「そいつはとあるお方に渡してくれ、と頼まれた品だ。

 そこで物は相談なんだが……一緒にコレを売り払うのに協力しねぇかってことよ」


「なんだと……?」

 3人は戸惑いを隠せない。


「おっと俺を殺してそれを盗んでも、兄さん方の身がヤバくなるだけで売れもしねぇ。

 そんなのはお互い損なだけ。

 そう思わないか?」


 3人はまた顔を見合わせて俺に尋ねる。


「幾らで売るつもりだ?」

「金貨で10000……いや20000は下らないだろうな。

 取り分は……四等分で良い。

 俺たちは一蓮托生。

 どうだ?

 乗ってみないか?」


 金額は現実を超えた、あり得ないのものであればあるほど信じやすい。

 人の不思議な心理だ。


 金20000の言葉にゴクッとオッサンどもの喉が動く。

 かかった!

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