第119話ゴンザレスとエストリア⑦

 だが、そこでベック伯爵には思い掛けない情報が入ってくる。


 散り散りになった王族に忠誠を誓うエストリア兵が王女の元に馳せ参じているとか。

 その数およそ500。


 ここから1日の距離にあるメエルナの森に隠れていると。

 さらにその兵のために街に食事に使う油や濃度の高い酒を買いつけに来たらしい。


 そして、高貴な人が食べる食事に服を買い、さらに馬車の手配と馬を買って行ったそうだ。


 ベック伯爵は偶然、手に入ったその情報を疑うことはなかった。


 何故なら、他からもそれらしき兵が動く姿を見ただとか、旅の商人がメエルナの森で多数の人が集まっているのを見たと情報が入って来たのだ。


 詐欺とは、自らが得たと思い込むほど引っ掛かりやすいものである。

 日常では特に気を付けましょう。


 ケーリー侯爵の居る地まで6日。

 ケーリー侯爵軍も出迎えに来た場合、2〜3日移動するだけで、保護されてしまう可能性がある。


 急ぐべきだ。

 はやる気持ちを抑え、それでも期待に胸を躍らせベック伯爵は馬を走らせた。


 森の前に辿り着くと、少し離れた場所に小高い山、そこから下った先に森が広がっている。

 森の入り口は大きな岩がいくつか転がり、地面は沼地になっているのか馬の足を取られつつも、その森の入り口を封鎖。


 その後、調査隊を2中隊500ほど森の中へ突入させる。


 ……が、帰って来ない。


 さらに様子を見に100の兵を。


 半数以上が帰らず残った兵30ほどが血まみれになりながら、森の中で突然襲いかかる何者かへの恐怖を語る。


 ベック伯爵は悩みつつもさらに750の兵を森に送り込む。

 その750の兵も半分が惨殺され、帰って来た半数が恐怖で使い物にならなくなった。


 事ここに至り、ベック伯爵はこの森の異常さに気付く。

 ちょっと遅いけど。


 残っている兵は2000ほど。

 500の兵相手ならまだ問題はない、が。

 森の中には幾つもの罠と仕掛けがあったという。

 さらに異常なほど強い兵が居るという。


 森の中では分が悪いということで、周りを囲み火をつけて追い出すことになった。

 油を撒き、いざ火を付けようとすると……。


 待機していた自分たちの居る森入り口に一斉に火が拡がった。

 沼地と思われたその場所は、あらかじめ油を撒かれて油の沼となっていたのだ。

 馬に乗っているせいで気付けなかったのだ。


 スピードを重視した騎馬隊が中心なのがアダとなる。

 同時にそれもこれも計算されたことであることは、誰1人気付くことはなかった。


 燃え盛る炎に巻き込まれ大混乱となるベック伯爵とその配下たち。


 そこに背後の小高い山から騎馬が500ほど突っ込んでくる。

 さらには森を出て来たと思われる敵兵が、横合いから火矢を射掛けてくる。


 混乱する部隊が背後から騎馬に突っ込まれてはもうなす術もない。


 あっさりとベック伯爵は捕らえられ、部隊も逃げるか捕虜となった。


 ベック伯爵と捕虜は、伝令を聞いて迎えに来ていたケーリー侯爵からの部隊に引き渡された。


 まさかの3000の兵の文字通りの全滅により、ケーリー侯爵を牽制するはずのモリド伯爵は、5000の兵と共に撤退を余儀なくされた。





 帝国兵に指示するメリッサを見つけたエルフィーナは彼女のそばに行く。


「アレスは?」

「王女様と共に先に逃げました。護衛には、ツバメが付いて行ってます」

 あー、とエルフィーナは頭をかく。


「良かったの? ホイホイでしょ?」

「仕方ないでしょう。ホイホイですから。遅いか早いかですよ」


 諦めの境地のメリッサにはため息も出ない。

 執着して独占したくとも、そもそもあの男は誰1人のすら捕まらない。


 メリッサ1人では永遠に逃げられてしまうことだろう。

 S級美女とかおだてておいて、実にひどい男だ。

 所詮、詐欺師。


 まあ、そうだよね。と笑いながら、エルフィーナも同意する。


「私、あいつがまだ、ただの詐欺師だと思ってる部分あったみたい。

 反省してるわ」


 それから周りのボコボコにされたベック伯爵の兵を眺め、遠い目でもう一度。


「そういや、あいつにアタシらボコボコにされたんだったわね……」


「あのお方は、ご自身では認めようとしないですが、世界で誰にも出来ないことをさらりとされる方です。

 ただの詐欺師など思うなどと、おこがましいですよ。

 ご本人はそう思われたいということ自体が、詐欺みたいなものです」


 まったくだ、とエルフィーナも笑う。





 その日、グローリー宰相派は予想外の出来事によりエストリア王女を取り逃すという失態を犯す。


 だが、グローリー宰相派は分かっていなかった。


 これが予想外の出来事と思う時点で、致命的な間違いをしていることに。


 これがどういう結果を導き出すのか、彼らはまだ気づいていなかった。


 それを行った1人の自称詐欺師。

 世界最強No.0。


 彼の名が世界の叡智の塔に刻まれることは、ない。

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