第97話ゴンザレスと魔王④

 チェイミーの飛び降り心中事件により、オレことゴンザレス、ではなくアレスはその後どうなったかと言うと。


 何事もなくカバ魔獣が器用に前足を差し出し、その上にぽすんと。


 おお……、カバ魔獣……。

 俺の味方はお前だけだ……。


 カバ魔獣は俺を下ろすと、クルッと来た方向を向きゆっくり去っていった。


 ありがとう、カバ魔獣。

 二度と会いたくないぜ……!


 あんな巨体なのに、地響きすら立てず。

 結局、あのカバ魔獣なんだったんだろう?

 何故か、俺には永遠に分からない気がした。


 カバ魔獣が緩やかに去っていき、余韻を感じていた俺は背後から猛烈なタックルで地面に押し倒された。


 おう!! ナイスタックル!!

 これが世に言う押し倒されるというやつかぁぁあああ!?


 だが、なんだというのだ!

 ほのかに香る脳髄をやられそうな甘美な匂いは!?


 まるでS級美女に組み敷かれたような、そんなあり得ない香り。

 視界の端で亜麻色の髪が、俺にグリグリしてくるのが見える。


 やはり貴様か、No.8!

 ついに俺を捕食しようと突っ込んで来たか!?


 全員が走り寄って来る。

 だ、誰かこの猛獣を俺から離してくれ!

 ところが俺の心の願いは叶わず、逆に次から次へと俺に乗って来る。


 おう! すくらーむ!!

 潰されるーーーーー!!!


「どうでもいいからどけー!!」


 最後はひとしきり、亜麻色の髪やら茶色の髪やらがグリグリしてようやく離れた。


 猛獣に食べられた草食動物ってこんな気持ちね、きっと。

 S級美女に抱きつかれて嬉しいはずなのに嬉しくない。


「あんた、やっぱり無事だったのね……。

 それにチェイミーまで連れて」

「なんか流れて来たから」


 偶然、どんぶらこっこと川上から、とっても美味しい桃(チェイミー)が流れて来たから拾ったの。


 チェイミーは女Aツバメと再会を喜び抱きしめ合っている。


 ぼうっと、ああいう美女の百合百合しいのも悪くないよなぁ……と考える。


「あんた今、ろくなこと考えてないでしょ?」

「それは誤解だ。酷い風評被害だ!

 ベッドで罪を償ってもらうぞ!」


 ガシッと亜麻色と茶色の髪にダブルで掴まれた。

「その役目は私たちが先約ですので」

 あっら〜、貴女方はほら……、捕食者だから?


 わたくしが罪滅ぼしさせられている気がしてしまうわよ?


「やっぱり君は魔王城に現れたね」

 出たな! クソイケメン!

 お前は死んでろ!

 パーミットちゃんよこせ!


 言ったら始末されそうだから、言わないけれど。


「あんたって……やっぱりタダもんじゃないわね……」


 あら? ソーニャちゃん。

 今日はファンクラブを連れて来てないのね?

 その悪役令嬢風巻き髪ってどうなってんの? やっぱりドリル?


「No.0! よく来た魔王城へ! 魔王退治行くぞ!」

「うるさいキョウちゃん! キスで口塞がさせろ!

 ……ってか、ここ魔王城なの?」

 キョウちゃんは二の腕を擦りながら、怯えながらエルフ女の後ろに下がる。

 随分、エルフ女に懐いてるわね?


 その俺の隙を逃さぬと言わんばかりに、亜麻色髪がキスで俺の口を塞ぐ。


「むぐー!」


 許してー!!

 ただのコミュニケーションだから!!


「ははは……、アレスさん。

 貴方いつもこんな感じなんですか?

 さっきまで、あんなに私たち……」


 帝国皇女様は驚きの表情を隠さずに、呆然と俺の顔を見ている。


 帝国皇女様、何言うてますのん?

 こんな感じかどうかで言われても知らんがな。

 俺がイケメン過ぎたか?


 ……そんな訳はない。

 流石に皇女様を顔だけで引っ掛けられると思うほど、俺は自分を見失っていない。


 チンケな詐欺師にそんな奇跡が起こるわけがない、ないったらない!

 ハムウェイが裸踊りでもしてた?


 帝国皇女様は勝手に何かに納得したように、実に可愛く魅力的な笑顔を浮かべる。


 あら、可愛い。

 手を出してしまったら処刑まっしぐらの皇女様だけど、やっぱり魅力的だな。


「これかぁ〜。

 これにメリッサやられたんだぁ〜。

 これはヤバいわぁー。

 うん、ヤバい。

 私もいつまで保つかなぁ〜」


 ヤバいヤバいと繰り返す帝国皇女様。


 その状態が既にヤバいですよ?

 少し正気に戻ったら?


 亜麻色と茶色に押し倒されたままの俺のそばに、チェイミーとツバメが手を繋ぎやって来る。


 お!! 良いね! 百合っぽい。


「アレスさん。チェイミーを助けてくれてありがとうございます。

 また返せない恩が増えちゃいましたね」


 それどういう意味?

 ゲッヘッヘ、前回、川に落とされた恨みは永遠に忘れねぇぜ?

 今回も川繋がりだなってこと!?


 誤解だぞ!

 今回はチェイミーが川に流れて来たのは、

 俺のせいじゃないぞ!


「俺は何もしていない」

 その後したけど!


「いいえ、してくれたんです。それを忘れません!」


 したのもバレてるー!?

 チェイミーちゃん! もう伝えちゃったの!?


 咄嗟にチェイミーの方を見てしまう!

 チェイミーは赤い顔で顔をそらす。

 その様子に気付いた亜麻色の髪と茶色の髪。


 し、しまったァァアアアアア!!

 亜麻色と茶色の罠だったか!


「これはお仕置き、ですね……?」

「さあ、ご主人様。お仕置きタイムです。しっかり絞らせて頂きます」


 お願い! 時と場所を選んで!?

 ここ、魔王城らしいから!!


 アーーーー!!!





 ……とりあえず口の中は許されなかったですが、今はそれ以上は許されましたのよ。


 貴女方と違って、わたくし、公開プレイの趣味は無いのですわ。

 ベッドの中だったらバッチこいだけど。


 え? 貴女方もない?


 今がその状態だけど?

 え? 今は仕方ない?

 俺が悪いの?

 え? なんで全員頷くの!?


「なあ、エルフ女。俺の常識の守護者。

 俺、悪くないよね?」

「いいえ、今回はあんたが全面的に悪いわよ?」


 ついに俺の常識の守護者が崩壊したー!!!


 おのれ! 貴様もか、エルフ女!!


「はーい、じゃあ、落ち着いたところで、魔王退治の説明するわよ〜」


 無視するなエルフ女!!


 ……あれ? 魔王退治って何?

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