第96話ゴンザレスと魔王③

 失敗した。

 暫定リーダーのハムウェイは、そう後悔せずにはいられなかった。


 崖をなんとか登り、魔王城のそばまで来たが都合良く扉がある訳ではない。


 城と言っても人が住む城ではなく、怪しげな岩山の、言うなればダンジョンの方が近い。


 外に居ても飛行型の魔物に襲われるだけなので、様子を伺いつつも中に入る。


 崖を登ったばかりだが長い下り坂の後、広いフロアに出た。

 大きな鍾乳洞の空間。

 部屋という訳ではなく、中央と右側に道がありその先は見通せない。

 光苔があるらしくほんのり明るい。


 不思議と魔獣は出てこない。


 そこでドリームチームはようやく息をつく事が出来たが、一様に暗い雰囲気が漂う。

 いっそ絶望的と言えるほど。




 初めてドリームチームから犠牲者が出た。


 生死を確認出来る状況ではなかったが、この高さから落ちて無事とは考えづらい。


 もしも、幸運にも水の中へ入ったとしても、跳ね飛ばされた時点で彼女は意識を失っていた。


 こんな場所でもなければ、通りかかった誰かに救出される奇跡もあり得たかもしれないが……。


 魔王城に生きている人間は自分たちしか存在していない。

 ならば、結論は一つしかない。


 誰もがその結論に至った。


 確かに戦力としては、彼女は1番下だったかもしれない。

 しかし、No.9との連携は1番だったし、彼女の存在は場の空気を柔らかくした。


 そういうことよりも致命的だったのは、彼らドリームチームは誰一人脱落者を出したことがなかった。


 つまり喪失に慣れていない。


 全員が座り込み項垂れている。

 特にNo.9ツバメの様子は見ていられない。


 暴れる訳でもなく表情を動かさず、ずっと涙を流したまま。


 同じ村からの出身で昔からの親友だという。


 カレン姫が、ポツリと。

「No.0なら……防げたでしょうか?」


 彼をご主人様と慕うメリッサ・レイドがそれに答える。

「恐らくは。

 あの方ならば、まずあの崖のルートを通る事を考えなかったのではないかと」


 No.1ハムウェイはそれを悔しいとは思わなかった。

 あの男はいつも奇想天外な方法で状況を塗り替える。


 単純な力など使わずに。

 そして、全員の心を掴むのだ。


「アレスなら、そうだね。

 絶対嫌だと言って、意地でも違う道を選んだだろうね……。

 人が考えもつかない方法で」


 そう言ったエルフィーナも疲れ切っていたのだ。


 普段の彼女なら気付いただろう。

 そもそもアレスなら魔王城に行かないことに。


 そんなエルフィーナにキョウ・クジョウは掛ける言葉が見当たらず、結局、項垂れた。


「それでも今更退く訳にはいきませんわ」

 そう力を込めてソーニャ・タイロンは気丈に言ったが、彼女自身に限らず周りも彼女が強がっているだけなのは分かっていた。


 この魔王城を登りきる力が全員に残っているのか?

 それぞれの心の中にその答えはあった。


 おそらく無理だろう。


 魔王城の内部が外よりも魔獣が少ないなどという事はないだろう。

 そこから考えると、せいぜいが最期の1人が魔王に辿り着きスイッチを発動させる、彼らに出来るのはそれぐらいだ。


 撤退すればどうか?

 退くのは進むよりも困難だ。


 崖を魔獣の襲撃を掻い潜りながら、上るではなく下る。

 半数は犠牲になるのは間違いない。


 そうして半減した戦力では、魔王城に挑戦する機会すら失われるだろう。

 そして人類は勝機を永遠に喪うのだ。


 今回しかないのだ。

 ……例え全滅することになろうとも。


「アレス様は何処に行ってしまわれたのでしょうか」

 No.8イリスは誰かに問うでもなく、そう言った。


 それに答えられる者は居ない。





 突然、巨大な魔力の気配を感じて全員が身構える。


「この魔力の大きさ、魔王?」

 カレン姫がエルフィーナに問う。


 エルフィーナは、近づく気配を睨みつけながら、首を横に振る。

「……分からないわ。でも、禍々まがまがしさは感じない。どちらかと言えば……」


「聖剣の気配に近いですね、師匠」

 エルフィーナは頷く。

 神聖さすら感じる力の波動を全員が感じている。


 そして、それは姿を現す。









 あわわ……!?


 なんでこうなった!?

 カバ魔獣!!


 なんで俺をここに連れて来た!

 あれか! 時間をかけた嫌がらせか!!


 ドリームチーム全員が武器を構えこちらを睨んでいる。


 ひーーえーーーー!!!


 カバ魔獣の頭の上で手を振る。

 誰かー気付いてくれー!


 ほら! チェイミーも一緒に!!


 最初に気付いたのは、No.8。

 驚いたように口を開け、カランっとショートソードを落とす。


 あら? 武器を落とさず助けて?


 カバ魔獣はそこで歩みを止めて突然、座り込む。


 ちょっと地面が近くなったけど随分高いから降りれませんね〜。


「行きましょう」


 チェイミーが俺の腕を掴む。

 ま、待て!

 それを世間では飛び降り心中というのだ。

 やめろ!


 飛び降りるなら1人で行け!

 俺を巻き込むな。


 俺は首を横に振り逃げようとする。

 チェイミーは不思議そうな顔をする。


 ダメだ! コイツ分かってない!

 コイツらクラスならこの高さでも平気だろうが、一般人には自殺と変わらんということが!!!


 助けを求める。

 エルフ女ならわかる筈だ!!


 おい! こら! ぼうっと見てるな!

 助けろーーーーー!!!


 と言うか、口に出して止めればいいんだ。


「この高さから落ちたら死ぬから」


 チェイミーは不思議そうに首を傾げる。

「このぐらいなら死にませんよ? じゃ、行きましょう!」


 死ぬから!!

 君らの感覚で考えないで!!

 行きましょう! じゃねぇぇええええええええええ!!!


 そして、俺はチェイミーに引っ張られ、カバ魔獣から飛び降りさせられた。



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