第93話ゴンザレスとゲシュタルト⑥

 その夜、シュナ第三王女はふと予感がして、目を覚ました。


 隣に眠っていた筈の男は、そこには居なかった。

 彼はやはり自分には手を出してこなかったのか、とガッカリする。


 手を出してしまえば簡単に王位が手に入ることが分かりながら。


 それほど自分に魅力が無いのか、とショックでもあるが、これでも人より優れた容姿であることは自覚がある。


 ならば、やはり彼は王位や人の容姿だけで、手を出すかどうかを考えたりはしないのだろう。

 シュナは上着を羽織り、窓の外を眺める。


 彼は伝説の英雄のような人だ。


 滅亡寸前の連邦王国に突然現れ、いくつもの奇跡を起こした。

 魔獣の資源化、毒の治療、そして圧倒的な数の魔獣討伐。


 前任司令官のケーロット伯爵とその部下のゴリ押しで決まったゲフタル侵攻も、彼ただ1人の力で食い止められた。


 世界最強チームと呼ばれた魔王討伐軍のナンバーズたちを叩きのめして。

 彼女ら全員が彼を自分たちの頂点であると宣言した。


 まごう事なき世界最強。




 世界最強と呼ばれる存在がいる。


 曰く、全てを見通す千里眼を持つ大軍師。

 曰く、万の敵すらも打ちのめす大将軍。

 曰く、病の悉くを治療して人を救う聖者

 曰く、最強にして無敗、世界の叡智の塔に刻まれるランクNo.1も超えた最強ランクNo.0


 だが、その正体は一切不明。

 男か女かオカマか、年齢も不詳なら、生まれも公爵家の捨て子だとか転生者とか生まれながらの救世主だとか、数え上げたらキリがない。

 それら全てを合わせて、誰も見たことがないという。


 それが、世界最強ランクNo.0。

 その伝説に偽りなし。





「あら?」


 その時、夜空に一つの星が瞬き流れた。

 それと同時に誰かが走ってシュナの居る部屋にやって来る。

 おそらくなんらかの報告だろう。


「シュナ様!!!」


 シュナはふと予感がした。

 その予感とは……。







 その夜、久方ぶりの大勝利に沸き、そして、疲れ切っていたゲシュタルトの王都は静かな眠りにあった。


 だが、その静かな夜は突然破られた。


 昼間を超える魔獣の大群の襲来。

 その報がもたらされた時、ゲシュタルト王都にはもうそれを弾き返す力はない。

 絶望がゲシュタルト王都の全ての人々に訪れる。


 ……筈であった。


 王都を襲う進路を取っていた魔獣たちは、突然、前触れもなく何かを追うようにその進路を変えた。


 その僅か数時間前、1人の男が正門から王都を出た。

 その男はゲシュタルトの総司令官と呼ばれていた。


 シュナが、総司令官を見送った衛兵が、誰かがまず気付いた。

 その人物が何かをしたのだ、と。


 そして……。


 多くの者が遠くの方から響く激しい地響きと激しい揺れを感じた。


 すぐに調査団がその地点を捜索。


 もたらされた報告は驚くべきものだった。

 魔王城にほど近い場所に大きな空洞が深く空いており、大量の魔獣の死骸がそこにあった、と。


 今度こそ誰もが気付いた。

 誰が自分たちを救ってくれたのか。


 その人は魔獣の大群を誘い出し、魔獣を討伐したのだ。

 たった1人で。


 そして知る。

 世界最強No.0が存在する事を。


 世界ランクを刻む世界の叡智の塔。

 そこには未だNo.0という番号は、ない。








 船着場に無事、メリッサたちドリームチームが到着するのをシュナが出迎え、彼が大量の魔獣と共に姿を消した事を告げた。


「あー、またですかー。ご主人様めー」

 そう言ってメリッサは自らのこめかみを揉む。


 彼女らの誰もが、彼が死んでいはいない事を疑わなかった。


「どうせアイツのことだから、また城から逃げ出そうとしたんじゃない?

 ま、どっかに居るわよ」

 剣聖の担い手と呼ばれるエルフの女性は、そう言って肩をすくめる。


 他のメンバーも似たり寄ったりの反応だ。


「アレス様ー! どうして置いていくんですか〜!!!」

 世界ランクNo.8イリス・ウラハラはそう言って、泣きながら剣を振り回す。


 そこにシュナはポツリと。


「あのお方はゴンザレスという名前のはずですよ?」


 ……爆弾を投入した。


 睨み合う王女と元王女の2人。

 震え上がるエルフと勇者。

 我関せずの他のメンバー。


 メリッサはついに頭を抱える。

「あんの王女様ホイホイがーー!!!!」


 カレン姫などは楽しそうに笑い、

「私もいつかゲットされちゃうかなぁ?

 ふふふ、楽しみねぇ〜、ね? メリッサ」


「お願いします、カレン姫様。もう勘弁して……」


 こうして、ゲシュタルトはNo.0の残した数々の策とゲフタルからの援軍の到着により、魔獣の押し返しに成功した。


 その後すぐに、ついに魔王討伐軍は魔王城への進攻を開始することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る