第75話ゴンザレスと帝国④

 男爵家だけど、それなりに裕福な家らしい。


 そう言えば、中年女にあんた家帰らなくていいの?

 そう聞くと、暴力男と結婚したけど正教団に巡り合って無事離婚することが出来たそうな。


 要するに邪教にハマって離婚させられたけど、相手が暴力男で最低だったので良かった良かったということだな。


 あ、元旦那は商業連合国からの出稼ぎ商人で、商業連合国が併合された折に商売に失敗して破産したって?


 どっかで聞いたような話だなぁ。

 商業連合国が併合されるとは思わなかったとか言ってたやつが居たけど、あそこの党首……代表だっけ、そいつが帝国の誰かに騙されたからだとか言ってたな。


 帝国怖い、帝国怖い。


 やっぱ悪いことすると自分に返ってくるのかなぁ〜、俺以外。


 ……俺も悪いことしたから、偉い公爵様の女を寝取ったという、根も葉もないがどでかい木の幹だけがある、そんな冤罪で怖い目に遭ってるんだろうか?


 ぶるぶる、僕悪い詐欺師じゃないよ?

 悪くない詐欺師ってなんぞや?


 まあ、現在スッキリした顔しているなら、良かった良かった。

 邪教集団にハマったままだけど。


 会合の段取りが〜どうのこうの、集会の〜どうのこうの、とか顎髭男爵が時々言ってくるけど、時を待てと言う。


 旅の疲れが癒えたら、出て行くからそれまで大人しくしててね?


 カストロ公爵領とかより贅沢は出来ないけど、食事は出るし、前教祖の集めた本もあるし、悪くない。


 読み終わったら古本屋で売ろう。

 あ、発禁本か。

 売ったら足が付くが……どうせ帝国からは逃げるし、まあいいか。


 しかし、そうした日々を過ごしていると、思い掛けない……いいや、ある種必然とも言える情報が上がってきた。


「俺の張り紙が帝都各内に、か」

「はい、コレです」


 髭面男爵は俺に剥がした張り紙を見せてくれる。


 ヒャッッホーーイ!!

 賞金首だ!!!!!

 ついにその日が来ちまった!!


 チックショーーー!!!!!

 S級美女にハメられたぁぁあああ!!


 尋ね人:アライブオンリー(生存のみ)、か。


 即座に始末する気は無いのが救いか。

 だがこうして手配書を見ると、No.8がこの帝都に誘導したこと自体が罠だったのだろう。


 自分で手を出しておいて始末しようとするとはNo.8もやはりというか、なかなかのヤンデレ気質だ。


「本を読み時を待とう」


 おーれーがー旅立つまで待て〜。

 逃げる方法考えてるから待ってね?


「本を?

 ハッ、つまり経典をさらに読み深めよと!

 ……はい。

 教祖様の言葉、皆にしかと。

 しかし……実は」


 顎髭男爵が言うには、こうだ。

 前教祖は2つの顔があったと言う。

 正しき聖者の顔と間違った世界の破壊と再生を司る使者の顔。


 えー?

 それって表向き良い顔して、裏では好きなように暴れ回ってただけじゃねぇの?

 俺が見た時、変な祈り捧げながら好き勝手言ってたけど〜?


 それで聖者としての教祖を慕う側が顎髭男爵派で苛烈な破壊と再生の使者の教祖を慕うのが、マルーオ伯爵一派という。


 どっちも代表は貴族。

 貴族は暇なんだね。


 マルーオ伯爵一派は帝国の大襲撃の際、その勢力をかなり削られて一時期は大人しくしていたが、最近になって再び活発化しだしたのだ。


 本来ならば正教団は大襲撃の直後に徹底的に叩き潰され、万の信徒を含め消滅していてもおかしくなかった。


 そこを顎髭男爵は前教祖が蓄えた資金をばら撒き帝国に恭順を示した。


 それでも許されるのは難しいところだったが、ここでも魔王の件が大きく影響した。


 正教団は表向きの教義に基づき、森が焼けた国難の際に帝国国民に対して積極的に救済を行なった。


 そうして事情もあり一時期は激減していた信徒が一気に回復し、帝国としても帝国民を大変な状況下で支えた正教団を、苛烈な方法で潰すわけにはいかなくなったという背景がある。


 まあ、そんなこと知ったこっちゃ無いが。


 だいたい論文を読んでも、この前教祖の本質がよく分からない。


 初めは敬虔な小さな宗教の分派の司教で、真面目に世界の叡智の塔を研究していたようだ。


 やがて論文も支離滅裂になり世界の叡智の塔の偉大さをアピールしたり、反対に破壊する方が良いと主張したり、非常に矛盾しており、この頃から読むに耐えない。


 最後は学会に復習してやると走り書きが書いてある。

 復習してどうする、復讐だろうが。

 あと学会ってなんぞや?


 まあ、顎髭男爵に聞く限り、正教団が膨らみ出した時期から論文もそうなっている。

 教祖が贅沢を覚え、欲まみれになったのだろう。

 気持ちはよく分かる。

 欲望万歳!



 それはつまり欲望の結果、人の目につきやすい教義やお題目ばかりを優先し、アピールするようになったからだろう。


 手に取るように分かる。

 俺も教祖やるなら、そうするだろうし!


「マルーオ伯爵か」

「はい」

「どんな人物かなぁ」

「お会いした事はないので?」

「そうだな」


 会いたくはないね、そんなヤバそうな過激派。

「では、すぐに手配します」

 顎髭男爵はすぐに走り去った。


 おーい。

 会いたくないっちゅうねん。






「新教祖様におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 次の日には、目の前で目付きのヤバ目のガリヒョロ男に挨拶された。


 この男がマルーオ伯爵らしい。


「作戦を行う前に新教祖様にお目通りが叶うとはまさに神の思し召し。

 新教祖様は是非、我が屋敷へと足をお運び下さい」


 嫌よ!

 わたくしはここで帝国からのほとぼりが冷めるまで本を読んでゴロゴロするのよ!!


 そんなステキな毎日は女神が許しても、天上におわす別の神々が許さんとばかりに運命は俺を追い立てる。


 そんなわけで伯爵様のお家に移動することになりました。


 身分差があるので正教団としての立場は同格でも、顎髭男爵は伯爵に逆らえないそうだ。


 伯爵邸は顎髭男爵の屋敷の数倍。

 やっぱり悪いことしてると屋敷がでかい!

 ただの偏見だけど。


 で、通されたのは狭くて暗い部屋に10人ほどの男ども。

 狭いし暗いしなんで広い部屋にしないんだ?


 中央のテーブルの上に蝋燭が一本立てられている。


 部屋も含めて正教団の教義か何かなの?

 まあ、邪神信仰だしなぁ。


 説明もないまま作戦会議とやらに混ぜられました。


「では本作戦実行前に、新たな教祖様のご誕生はまさに僥倖ぎょうこうと言って良いだろう。

 これより、にっくき皇帝の居る居城ガイアパレス襲撃作戦の最終協議に入る!」


 へー、襲撃……?


 ナンバーズと強者が揃ったあの城を?


 し、死ぬ気か!!!!!!




 部屋の中の人物を紹介される。

 ワンフー、ツーバイ、サンリュー、スーチ、ウーパー、ロクロウ、ナナゲン、ハッパ、キューロウ、トーア、そしてマルーオ。


 マルーオ伯爵を除く10人は自分たちを正教団の10賢者と呼んでいるらしい。

 名前も1〜10だね、マルーオは0って言った方がいい?


 君ら名前だけで集まってない?

 集まってない?

 たまたま?

 嘘でしょ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る