第51話ゴンザレスとケーリー侯爵④

 ケーリー侯爵は握り拳を作り、ぐぬぬ、と震える。


 勇者召喚は禁忌である。


 よって、キョウ・クジョウは偶然、迷い込んだ移転者である……とされている。

 それがエストリア国の公式発表。


 事実は違う。

 コルラン国はNo.1、帝国はNo.2、今はもう居ないが、No.3、No.4も他国だ。


 大国エストリア国が他の国に遅れをとるような事があってはならない。

 そう提唱し、禁忌の勇者召喚を王に意見したのは、他ならぬケーリー侯爵だ。


 かくして、王家500年の秘宝を使い勇者召喚は成された。


 勇者は10代ぐらいの実に扱いやすい少年であった。

 線も細く少女にも見えなくはないほど。

 この時、ケーリー侯爵に欲望が湧いた。


 それがあの時のTS細胞の件に繋がる。


 その件は別にしてもエストリア国はキョウ少年、今は少女だが、を実に良いように使った。


 彼女もそれに疑問を持たず活躍し、今では世界を代表する勇者の一人として活躍している。


 彼女は自分がエストリア国に拉致され、使役されているということを知らない。


 だがNo.0は勇者キョウを解放しろとそう要求してきたのだ。


「……貴殿は、どこまで知っている」


「いえ、何も?」


 白々しい!!


 何もかも知っているという訳か!

 魔王討伐後、即ち用済み後は勇者の末路は決まっている。

 従順ならば貴族の末席として飼い殺し。

 少しでも危険だと『想定』すれば処分。


 今回、勇者が女になってしまったことで、その『用途』は様々。

 王族の嫁でも良いし貴族へ下賜しても良い。


 それを無しにしろ、と。


 もしかするとNo.0は元の世界へ還せと言いたいのかもしれない。


 偶然での転移ならば不可能だが、禁忌召喚には送還召喚はセットになっている。

 喚んだ者は還せるのだ。


 無論、そのためには最後となる王家の秘宝を使用しなければならないのだが。



「分かった……。国には私から働き掛ける。だが、今、確約は出来ない」

「あー、はい。じゃあ、せめて勇者をこのエルフ女に会わせる事は出来ますか?」


 始めから即答など期待していなかったのだろう。

 No.0はそう答えた。


 そこで初めてケーリー侯爵はNo.0の隣に居た女をまじまじと見た。


「え? アレスも一緒じゃないと嫌だよ?」

「いや、もう金無いし」

「えー?」


 イチャイチャとしているようにしか見えないが、その女を見てケーリー侯爵は目を開く。


 ……迂闊だった。

 No.0はただの一度も普通の女を連れていた事はない。


「そのお方は……?」

 ケーリー侯爵の記憶違いでなければ伝説のエルフ。

 そして、エルフと言えば剣聖の担い手!


 世界の危機が訪れる時、勇者を導く者。


 ケーリー侯爵は、前回同様戦慄する。

 このタイミングで勇者のこと、そして剣聖の担い手を連れていること。


 No.0は魔王を討伐する気だ。


 エストリア国の要人としてではなく、この世界で生きる一人の人間としてそれを邪魔する訳にはいかない。


 邪魔するという事は自らの滅びを意味するのだから。


 であるならば勇者解放の件、国としては断る事は出来ないであろう。


 No.0の邪魔をするという事は、エストリア国は勇者惜しさに魔王に与したと言われかねないからだ。


 だが……ケーリー侯爵も内務大臣としての自負がある。ただでは転ばないと意思を固める。


「カストロ公爵殿の言いたい事は分かった。だが、それとは別に報酬を貰って頂きたい。


 貴殿にコルラン国との大戦での功績に報いねば、エストリア国がケチと思われても困りますからな」


 大要塞サルビアのあった地域一帯を、カストロ公爵領とすると。


 大要塞サルビアを含む地域は、国の要衝であり重要地点であり、肥沃な大地の広がる広大な土地であった。

 魔王の件より前は。


 魔獣大量発生の時、大要塞サルビアは多数の兵とNo.5とNo.6ごと潰され、周辺は廃墟となり魔獣が彷徨うろつく危険地帯となった。


 しかもコルラン国とも領地を接している。

 復興には巨万の金と年数を必要とする事だろう。

 つまり現状は、エストリア国にとって大きなお荷物なのだ。


 土地の広さと肥沃さだけ見れば破格の報酬と見えるが、実際は現在のカストロ公爵領の土地の数倍以上のお荷物を背負わせたのだ。


 No.0も予想外の一手だったのであろう、女共々驚いた顔を見せる。


 そうして、言い返されないうちにケーリー侯爵はこの会談を締め括る。


「ではカストロ公爵領にまでお送りする手配をさせて頂きます。

 部下の方々には直接ご報告していただけたらさぞかし喜んで頂けるかと。

 ……勇者キョウにも後日カストロ公爵領に赴くように手配します。

 では、これにて」


 そう言ってケーリー侯爵は席を立った。



 去り際、そのケーリー侯爵の反撃が効いたのか、初めてNo.0はほんの一瞬だけ嫌そうな顔をした。


 僅かではあるが、ケーリー侯爵もそれに溜飲りゅういんを下げた。





 この日、カストロ公爵が大要塞サルビアのあった地域一帯を拝領した事で、カストロ公爵領は現在の数倍の所領となった。

 それはかつての小国ウラハラ国の倍。


 同時に秘密裏にではあるが、勇者解放の打診が為され王がそれを認めた。


 これにより勇者キョウ・クジョウ本人は知らぬことではあるが、魔王討伐の折には勇者の元の世界への帰還が認められた。


 勇者と剣聖の担い手、それにNo.0が会合する時、如何なることが起きるのか、世界はまだ知らない。


 世界ランクを示す世界の叡智の塔。

 そこには未だNo.0という番号は、ない。






 ガタゴトと揺れる馬車でエルフ女が俺に聞く。

「ねえ? あのケーリーって侯爵。

 なんで急にあんたに土地渡したりしたの?

 なんかやたら震えてたし、太り過ぎて病気?」


 俺はため息をつきながら。

「俺が知る訳ねぇよ!

 あ〜、ほんと、カストロ公爵とかカストロ公爵領とかってなんだよ……。

 なんで、いつもこうなるんだ」


 それを聞いてエルフ女はキョトンとして、

「日頃の行いじゃない?」と言いやがった。


 うるせー!!

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