第40話奴隷ゴンザレス⑩

 生きのびた私たちはとにかく近くの街を目指した。


 奴隷解放などないことは分かっていたが、共に戦った仲間を裏切ることはどうしても出来なかった。


「ルカ姫様だけでも……」

 エイブラハムと騎士たちはそう言ってくれたが、私は静かに首を横に振った。


 今更、私一人で逃げたところでどうにもならないだろうし、ジャックと呼ばれていた彼の戦いをけがしたくはなかった。


 エイブラハムだけでなく、ユーロ王国の騎士ならば誰もが理解出来た感情だろう。

 武に生き、忠義に生き、志に生きる。


 ただそれだけで弱々しい力無き姫を守り抜いた騎士たち。


 そんな騎士たちすら認める英雄の戦いの後に逃亡などする訳にはいかない。


 私は胸を張り皆と共に進んだ。

 その道が希望なき奴隷生活であったとしても。


 その私たちを帝国軍人と共に出迎えた人はとても美しい人だった。


 私はその名を知っていた。

 ナンバーズを除けば、帝国最強にして元レイド皇国皇女メリッサ・レイド。


 そのメリッサは最初、準男爵コード氏の言い訳を冷たい目で聞いていた。


 それをもう少し続けていれば、コード氏は切り捨てられていたのではないか、とすら思う。


 ただその話の中でカストロ公爵アレスの名が出た途端、彼女は自身の額を抑えた。


 さらにコード氏に詳しい話を促し他の人にも、私たちにも話を確認する。


 そして最後には自分の頭を両手で抱え、遂にはしゃがみ込んだ。


 その奇行に私たちのみならず、周りの帝国軍人たちも困惑する。


 それにも構わずメリッサは独り言を言う。

「あの方はほんと……。生きているのはイリスさんに聞いていたけど、なんで今度は奴隷に?

 しかもなんで帝国の?

 貴方、帝国の貴族で救国の英雄よ!?

 もう訳わかんない。いつも通り訳分かんないけどあの人はそう言う人よ。慣れるのよメリッサ。

 あー、でも、そこの娘、元ユーロ王国の姫のルカ姫じゃないの?

 あの亡国姫ホイホイ男、また新しい女引っ掛けてるじゃない……。

 あー、もう、しょうがないか……」


 は〜っと大きくため息を吐くと、メリッサは立ち上がり私たちに言う。


「分かりました。カストロ公爵アレス様のご指示により、あなた方に恩赦が出されます。

 手続きがありますので奥の庁舎に一緒に来てください」


 何も知らない一般の奴隷たちはその言葉に大喜びするが、私たちはあまりの急展開に暫し呆然としてしまう。


 だがある事に考えがいったので、私たちは頷き合い堂々とメリッサに伝える。

「私たちは覚悟は出来ています。そのようなことをなさらずとも逃げるようなことは致しません」


 そう、帝国側が恩赦を許すはずがない。

 私たちを油断させておいてそのまま捕縛するためだろう。


 そう判断出来た。


 だがメリッサは困ったような顔をして苦笑した。


「本当に指示があったのよ。

 正確には、貴女たちの前で彼が宣言した、かしら?」


 それは信じられない事だった。


 ……信じられない事だったが彼ならあり得ると、私たちは同時に思った。


「そうです。

 貴女方を救った、そのジャックと名乗った男。

 彼こそがカストロ公爵アレス様であり帝国の救国の英雄です」


 そしてメリッサは私に耳打ちする。


「そして世界最強世界ランクNo.0よ? 秘密ね?」


 私はコクコクと頷いた。


 そうして他の奴隷たちも含め私たちは、形式上解放奴隷となる代わりに国外追放となり、何故か帝国ではなくエストリア国にあるカストロ公爵領に移送され、その領でお世話になることとなった。


 そこでイリスさんに会い彼女もまた両手で頭を抱え。

「あー、あるじ様また亡国の姫拾って来たよー!

 なんなの!? あるじ様は亡国姫ホイホイなの!?」

 と叫ぶのであった。





 この日エストリア国カストロ公爵領に、武の国として恐れられた元ユーロ王国の残党の一団が加わった。


 これによりカストロ公爵領は武においてもさらなる精強を極める。


 それらを仕掛けた人物もまたNo.0であったと噂されるが、真実は分からないまま。


 世界ランクを示す世界の叡智の塔。

 そこには未だNo.0という番号は、ない。

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