第39話奴隷ゴンザレス⑨

 それは昔、乳母に寝物語として聞かされた英雄譚のようだった。


 ぼろぼろの奴隷服の上に何故か看守服を着るあべこべな格好で、だけど、最初に見た時と同じようにこんな状況でも目に希望の色を燃やしながら。


 彼は隣の看守と共に奴隷たちを奮起させた。

 その話は、実際の貴族を知っている私たちには実に胡散臭い話だった。


 準男爵がそのカストロ公爵と親密ならば、最初から鉱山なんて場所に飛ばされるわけなどないし見捨てられる訳もないのだから。


 だけど、それはこの場の者たちにとって生きる希望でもあった。


 口実はなんでも良い。

 生きたいと。


 その思いこそが彼の狙いだったのだろう。

 私たちも含め全員が一致団結してこの苦難を乗り越えようとした。


 もちろん、一致団結したからなんとかなるという訳ではない。

 皆で意見を出し合うもなかなか良案は出ない。


 そもそもこの段階で詰んでいるのだ。

 だけど、またもやこれを覆したのが彼だった。


「鉱山の穴の中に魔獣を誘導し魔獣ごと爆破させる」


 与えられた環境全てを使って状況を打破する。

 伝説に聞くある人物のようだった。


 その彼に、

「その子は俺が連れて行く。良いか?」

 と言われた時、彼が私を求めてくれたのかと一瞬期待したが、すぐにそれは彼自身に否定された。


 彼により保護されただけだった。


 彼は初めから気付いていたのだろう。

 私が何者でなぜ男装しているのかも。


 それは後に彼がエイブラハムに告げた『死中に活アリ』の言葉。


 ユーロ王国の騎士の中の騎士に指揮官から贈られる言葉。

 意味は『必ず生きて帰って来い』


 あのギリギリの中でエイブラハムに死ぬな、と。

 誰よりもエイブラハムの心に響いたのが分かる。

 エイブラハムは指揮官に対する最上級の礼で返した。


 彼の指示に従い皆が動いた。

 ただの奴隷でしかない彼の指示で看守たちすらも。


 これが英雄という存在。

 彼と共にあれば勝てる。


 例え絶望の鐘を鳴らす数百の魔獣が相手でも。

 この時、誰もがそう思った。


 ……そして。


 川に飛び込むのを躊躇う私の背を文字通り彼は押した。


 川に落ち浮上した直後、彼が吹き飛ばされるのが見えた。


 爆発から私を救うために私の背を押し、逃したのだと気付いた。


 次々と飛び込む皆。

 エイブラハムは最後に坑道に仕掛けた火の宝珠を起動して、川に飛び込む。


 そして……私たちはまとめて川の岸辺に生きて辿り着いた。


 ……彼を除いて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る