第62話ゴンザレス、コルランに入る④

 僕、ハムウェイは何故、コルラン国の夜会にNo.0が潜入しているのか理解出来なかった。


 確かにNo.0は神出鬼没。

 前回遭遇した時も、エストリア国の首都にいるはずが、何故かコルラン国の首都に居た。


 しかも、当時は戦争直後、明らかな重犯罪人が白昼堂々と、世界の叡智の塔の下に居たのだ。


 それから比べれば、夜会の方がまだ自然と言えるかもしれない。


 No.0は何かを隠すように、僕に握手を求めた。

 何を隠しているのか、その疑問はすぐに解けた。


 あろうことか、No.0はパーミット嬢を手なづけようとしていたのだ!


 その罪、万死に値する。


「そう言えば、今度、カストロ公爵領になった地方の一部が、ウチに貸出されることになったらしいね?」


 殺気を込めつつ、カストロ公爵がコルラン国に対して仕掛けて来た策について、探りを入れる。


 この男は、わざとらしく誤魔化そうとする。


 この男が何も理由なく、コルラン国に利するような真似をするはずがない。


 油断すると、噂に聞いた商業連合国のように、盤上全てをひっくり返していることすら有り得る。


 前大戦でも、僕はそれにしてやられた。


 それはともかくパーミット嬢は渡さない。


 ゴゴゴと音が出そうなほどの、威圧をNo.0にだけ向ける。


「あ、あの〜、ハムウェイさん? それって話してはいけない内容では……?」


 パーミット嬢が可愛らしく上目遣いで僕を見るので、自然と笑顔になる。

 黙っててね? と伝えると、パーミット嬢は何故かNo.0に訴える。


「この方、いつもそうなんです! ヒョコッと研究室に現れては、私に国家機密話しては、秘密にしてね? って、もうお腹いっぱいです! 勘弁して下さいよう。世界ランクNo.1だから忙しいんじゃないんですか!? なんでいつも私にちょっかいかけるんですか!」


 オーーノーーレーー!!! No.0!!!


 今なら怒りで人が殺せそうだ。


 No.0はしきりに首を横に振り、トイレに行くからパーミット嬢を任せると言って、パーミット嬢の背を押す。


 ぽすんっと僕の腕の中に、可愛いパーミット嬢が収まる。


 No.0は親指を立てる。

 僕もそれに応える。


「え? えっ?」とパーミット嬢は赤い顔。


 なんだ、No.0良い奴じゃないか。


 その日は、近寄る羽虫もおらず、パーミット嬢をずっと独占する事が出来た。




 後日、バグ博士の研究所でパーミット嬢を愛でてから、No.0を拉致する。


 カストロ公爵が領地に一部を貸出た件の真意が分からないので、コルラン国の外相と話し合い、No.0を外交の場に放り投げる事にしたのだ。

 当事者でもある訳だし。




 僕自身は外交や政治的なものは、あまり得意とは言えない。


 だから、ほぼ黙って聞いていた訳だが……。


 コイツ正気か?


 初めはどうも、なんの話か理解してなかったのか、惚けているだけなのか、僕に状況を確認していた。


だが、その直後に放った言葉は、この場に居る全員を混乱に陥れた。


「勝手に土地を貸し出されるのが気に入らないなら、カストロ公爵領、エストリア国に全部返却してもらったら?」


 この男はあろうことか、こう言ったのだ。


 ゴタゴタ抜かすなら、今すぐ領地全てを放り出すぞ、と。

 さらには今、この時から自分はカストロ公爵などでは無いと言い放った。


 それはエストリア国だけではない。

 コルラン国にとっても大問題だった。


 カストロ公爵領は、現在、世界最高の領と言われている。

 魔獣討伐に対しても最先端の技術・強さを誇り、魔獣素材についてもコルラン国に安定して供給されている。

 故に経済面でも大きな影響力を持っている。


 その取引相手が突然、消える。

 巨万の金が一瞬で消滅する。


 巨大な空白は埋める事が出来ずに、両国の経済をとことん破壊するだろう。


 今までカストロ公爵領で討伐されていた魔獣も、各地に被害を及ぼすだろう。


 やられた!

 この場に居るNo.0以外の全ての人の顔が、蒼白になる。


 この男はバグ博士の元で、魔獣素材の開発に携わり、新素材における有効活用の論文を書き上げた。


 それは既に有効性が実証され、『カストロ公爵領から』大量の魔獣素材を入手し、コルラン国全土で使用され始めている。


 経済的にも生活的にも、カストロ公爵領は切り離せない段階に来ていた。


 ここに至りこの男は両国を『脅し』に来たのだ。


「それでは……爵位など不要、と?」


 コルラン国外相ターマハル。

 幾多の交渉をまとめてきたベテランのエリートだ。


 その男ですらNo.0は上を行った。

 そりゃ、そうでしょ? と。


 そこには躊躇ためらいも迷いも一切ない。

 この男は、やる。


 なんの躊躇ちゅうちょもなく公爵の地位を、土地を、即座に捨てるだろう。


 この場の誰もが確信した。


 この男がそう決断した段階で、カストロ公爵領の者もそれに続くだろう。

 この男はそれだけの忠誠を領の者全てから得ていた。


 全員に絶望の沈黙が訪れた。


 そこからのNo.0からの提案。

 誰がそれに抗えようか。


 そして、エストリア国外交官はNo.0に尋ねた。

 最初からこれが狙いだったのか? と

 No.0は肩をすくめた。


 つまり、そうだ、と。


 僕はもう笑うしかなかった。

 最初からこの男は人同士の争いに興味などなかったのだ。


 これが世界最強か。

 ベテランの外交官たちを手玉に取る智謀。

 経済やそれらの流れを捉え仕掛ける策謀。

 そして、カストロ公爵領の全ての者が彼の決断に従うであろう統率力。


 ただの武力だけではない。

 全てを併せ持ってこその最強。


 遥か先を行く男を見て、僕は憧れを抱かずにはいられなかった。





 この日、カストロ公爵を交えた外交官たちにより、カストロ公爵領の一部貸出に関する条約が結ばれた。


 その後コルラン国より、亡国の兵や残党、奴隷たちがカストロ公爵領に移動させられたという噂が流れた。


 この時、会談の席で何が起こったのか、語る者は居なかった。


 だが、後日、世界ランクNo.1閃光のハムウェイはポツリとこうもらしたと言う。


 世界最強、その名はランクNo.0、と。





 世界ランクを示す世界の叡智の塔。

 そこには未だNo.0という番号は、ない。

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