第58話ゴンザレス、連れていかれる?④

 その日、里は滅びの時を迎えていた。


 昨日まではダムの完成を祝い、機嫌良く酒を飲んでいたというのに。


 第10代目忍びの棟梁として俺はラーゼッヒの名を継ぎ、この里を引き継いだ。


 そうは言っても、3代ほど前にいくさで与した国が大敗し、ラーゼッヒたちの祖父母はこの隠れ里に逃げ込んで世に出ることはなかった。


 忍びの技こそ残ってはいるが使い所はない。


 くすぶった思いがない訳ではないが、俺はこの隠れ里を守るので手いっぱいだった。


 時々、山に入る者を警告の意味も込めて、山賊のフリをして身包み剥いで追い返していた。


 そんな日々の中、奇妙な男に出会った。

 実に変な男であった。

 妙に小綺麗な格好だが、チンケな詐欺師と言われた方が納得するような雰囲気の男。


 もちろん最初は警戒して監視をつけたが、男は実に人の心に取り入るのが上手かった。


 瞬く間に排他的なはずの里の住人の心を掴んだ。


 そして男は非常に博識でもあった。

 ダムの作り方を知っていたのだ。


 治水事業というのは国の一大プロジェクトだ。

 その技術はおいそれとは流出しない。


 何にせよ、雨季と乾季、両方に悩まされ続けたこの里には必要な知識だった。


 そして、この奇妙な男ゴンザレスはさらに不思議なほど人を扱うのが上手かった。

 上手にサボるのだ。


 そして、それが誰からも不満が出ない。

 上手に采配するのだ。


 とてもサボり慣れているのがよく分かった。


 そうして雨季が始まった頃、なんとか木造ダムは完成した。




 ……その矢先だった。


 魔獣の大群が里を襲ったのだ。


「急げ! 1番高いこの屋敷に逃げ込むのだ!」

 俺は声を荒げ里の者を誘導する。


「棟梁駄目だ! あの数は防げそうにない!」


 油断があった。

 ここ最近は魔獣の被害が減っていた。

 そのため無理をして討伐をしなかった。

 その分、ダムの建設に力を注いでいたのだ。


 それは逆に言えば、魔獣を間引き出来ていなかったということ。


 それがこのような津波のような魔獣の襲撃に繋がってしまったのだ。


 直前までなんの気配もなかった。


 恐らく魔王の件で、この地域にある大要塞サルビア崩壊の時にあぶれて残っていた魔獣が、この里周辺にさらに集まって来ていたのだろう。


 それが言わば飽和状態となり突然溢れた。


 そして、それらは真っ直ぐに電光石火、本能の赴くままに明け方に里に一斉に突っ込んで来たのだ。


 高台は孤立するように魔獣に囲まれ、もう……脱出は出来そうになかった。


「……不甲斐ない棟梁ですまなかった。

 皆、覚悟を」


 里の者は一様に涙した。

 こんな終わり方しか出来なかったのだろうか?


 もっと早く、ゴンの言う通り里を捨てカストロ公爵領に行っていればこんなことには……。


「……そういえば、ゴンは?」

「……明け方前にダムの様子を見に」

「そうか……」


 せめて、ゴンだけでも生き残ってくれれば、我らが居た証も残るというもの。

 村1番の器量良しの娘の肩を叩く。


 娘は涙を浮かべ、それでも気丈に頷く。

 娘はゴンに懸想けそうしていた。


 ゴンが受け入れてくれるなら、この娘と夫婦になってこの里で暮らして貰いたかった。


 いずれにせよ、それはもう叶わない。

 ……これで良かったのだ。


 あの男はきっと何か大きな物を背負っている、そんな気がしてならない。


 その時、ドドドドドと大きな音が外から聞こえてくる。


「と、棟梁!!」

 外を見張っていた男が呼びに来る。


 急いで屋敷の外に出ると。


 高台の下、魔獣の群れに大量の水が流れ込み、激しい音と共にその全てを飲み込んだ。


 水は高台の直ぐ下まで来たが、幸い屋敷のある高さまでは到達しなかった。


 その光景を里の者全員で呆然と眺めた。


 そしてどれだけ経ったか、水がゆっくりと下がり始める。


 そこにはもう魔獣の姿は、ない。


 誰かがポツリと。

「ゴンザレスだ……。ゴンザレスがやったんだ……」


 俺はこの時初めて両目から涙が溢れた。


「ゴンが……ダムを壊して、俺たちを助けてくれたんだな……」


 里の全員で涙を流して喜びゴンを探した。

 だが、何処にもゴンは居なかった。


 見つかるまで探したかったが里は壊滅しており、なんとか生き残った幸運を絶やさぬように俺は皆に告げる。


 里を捨て、カストロ公爵領へ行こう、と。

 いずれにせよ、生き残るにはそれしかなかった。


 少ない食料を分け合い山を降りた。


 あのゴンと出会った場所を振り切るような気持ちで通り過ぎた。


 そして……山を降りて直ぐに、カストロ公爵領の馬車の集団が居た。


 保護を願い出ようと代表の者と話をする。


 代表として出て来た女は、天女と見紛うほどに美しかった。

 その女と話をしている中、ふとゴンのことを尋ねてみた。


 ゴンはカストロ公爵領で本当はどんな立場だったのか、里の誰もがゴンのことを知りたがった。


 女はゴンの話を聞くと、深いため息を吐き、あるじ様らしいことで、と一言。


「カストロ公爵領はあなた方を歓迎致します。我があるじ様がお世話になりました」


 そうして女は……カストロ公爵領の領主代理にして、世界ランクNo.8イリス・ウラハラはそう言って我々に、高貴な者がそうするように優雅な礼をする。


 ゴンは、ゴンザレスは、俺たちの想像を遥かに超えたとんでもない男だった。


「あるじ様のことです。まず問題ないでしょう。それより皆に食事を」

 そうして俺たちはカストロ公爵領の一員となった。


 そしてイリス・ウラハラは俺に言った。

 あるじ様のため、あなた方のお力を貸して下さい、と。


 ゴンはカストロ公爵アレスであり世界最強ランクNo.0である。

 しかしながら、彼はそれを公表されることは望まない。


 カストロ公爵アレスはNo.0ではないとする噂の流布るふと世界の情報を集める手助けを、と。


 図らずも、いや、あの男により俺たち一族は終生仕えるあるじを得た。




 この日、人知れず歴史の中に消えたはずの忍びの一族が、カストロ公爵領の一員となった。


 それ以後、世界でNo.0とカストロ公爵アレスは別人、と噂が流れた。


 これにより、世界はまたしてもNo.0の正体を見失う。


 No.0、その正体は果たして?


 世界ランクを示す世界の叡智の塔。

 そこには未だNo.0という番号は、ない。

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