第27話船の上のイリス①

「それであるじ様は?」


 私、イリス・ウラハラが船に戻った時には、私のあるじNo.0は既に船に居なかった。


 船長からその経緯を聞いたイリスが思ったのは、ただ一つ。


 彼らしい、と。


 まるで役目は済んだとばかりに、事が終わるとすぐにその姿を消すのだ。


『俺もう行くわ。またな』


 そこに私は付いて行くことは許されていない。


 せめて直接別れの言葉を聞きたかった。


 届かない想いに、胸が締め付けられる。

 彼のためならなんでも出来るのに、彼は私に手を出そうともしない。


 私に出来るのは彼の領地を守ることだけ。


 彼の領地は、今、世界でも最高の領地と呼ばれている。

 元シースルー国の天才執政官スラハリと騎士団長セボン、大政治家セリーヌ。


 娼婦に落ちていた数多の有能な女性が登用され、領主邸には有能な人材で溢れた。


 この時、彼が命じた清掃清潔衛生の3つの言葉は3Sは領地全土に広まり、世界で1番健康的で健全な領地でもある。


 またその先駆者となった公営娼館は、国1番の娼館として領地に潤いと娼婦たちの希望の地となった。


 これら全て彼が僅かな期間に行ったことだ。


 そして、また……。

「魔獣すらもあるじ様の前では、家畜扱いですか……」

 私はため息を吐く。


 あるじ様は偉大過ぎる。


 私がまだ小国ウラハラ国の王女だった頃、そんなことは何一つ出来なかった。

 ちょっと剣と魔力が強いぐらい。


 世界ランクのナンバーズになったぐらいで満足していたら、あっさり帝国に国を奪われた。


 生きる意味を失った。


 味方してくれる仲間は居ないまま、帝国の追っ手からただ逃げ続ける毎日。


 No.0の伝説にすがったのも、惨めな自分から目を逸らしたかったから。


 No.0を探している間は生きる意味がある気がしたから。

 国が戻らないことなんて最初っから分かってた。


 だって私にはただの1人も守るべき国民は居なかったのだから。

 心は折れてすっかり荒んでいた。


 そんな時、彼に出会った。

 彼は最初どう見ても胡散臭かった。

 田舎出の私に話しかけNo.0の居場所の代わりにお金を要求した。


 まるで詐欺だ。


 言われるままに最後まで残していた王家の秘宝を渡した。

 いざとなれば切って取り返せば良いし、何より……もうどうでも良かった。


 彼はスラムを抜け、入り組んだ道を迷いもなく進む。


 彼は私を引き剥がすこともなく、一定の一般人が進むスピードで進んだので、はぐれることなく私は付いて行けた。


 辿り着いたのは……後で気付いたけれど帝国の隠れアジト。

 そこで彼をNo.0だと見破った。


 彼は私に切りつけられても……もちろん、あっさり避けられたが、怒りもしなかった。


 私は彼に縋り付くように土下座をしてお願いした。


 国を救って欲しいと。

 ……今更救うべき国なんて私にはないのに。

 だってそれだけを生きる希望にして彼の元に来たのだから。


 私にはもう何も無いから。


 彼は私に問う、貴様に覚悟はあるのか、と覚悟を示せと。


 その言葉を受け、当時の帝国No.8と戦い勝利した。


 ランク二つの差は圧倒的なものなのに、それを覆す事が出来たのだ。

 彼の側に居たい、ただそれだけの気持ちで。

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