第16話冒険者ゴンザレス③


(なんで……! なんで!!)

 笑顔で私たちをあの人。


 私たちに付いていたを、川の水が覆い隠す。

 暗黒の暴龍は匂いを追っている。暗黒の暴龍を知る者なら当然知っていること。


 これで、暗黒の暴龍はあの人以外を狙わない……。

 ただ一夜だけの女を逃すためだけに、その命を掛けたのだ。


 川に沈み、浮上する僅かな時間に私はこれまでのことを思い出す。


 私はあの日、親友と逃げた。

 役目から。


 それは逃れられない暗黒の暴龍への貢物の運命。

 幼い頃より修行して力を溜め込み姫巫女として、その身を暗黒の暴龍に捧げる。

 それだけの人生の役目。


 村の人たちは良くしてくれた。

 例えそれが貢物としての私の役目故でも。


 生贄の儀式の少し前、私は親友と逃げた。

 親友は私に死んで欲しくない、と言って。


 だけど私たち2人共、本当は分かっていた。

 暗黒の暴龍からは逃れられないことを。


 暗黒の暴龍は生贄として、マーキングした匂いをどこまでも追っていく。

 それから逃げられる者はいない。



 ……だから一度だけでいいから恋をしてみたかった。

 ただ、それだけの時間を逃げただけだった。


 そして、あの人に出会った。

 幸せだった。

 僅か数日。


 親友チェイミーときゃいきゃい言いながら、恋をして……あの人の腕に抱かれ。


 その時が来てしまった。

 予測されていた時間よりもずっと早かった。


 本当なら、その日の朝にはあの人の元から立ち去るつもりだった。

 自らの役目を果たしに。


 あの人と一緒に村を出た。

 私さえ村を出れば、暗黒の暴龍は村を通らず、真っ直ぐにこちらに来るだろう。


 そして、どこか途中で……お別れをするのだ。


 なのに、あの人は……。







 どわーーーー!!!

 なんであの黒いの俺を追いかけて来るんだ!


 姫巫女を追いかけてたんじゃないのか、黒いの!

 諦めるな! お前の情熱はその程度だったのか、黒いの!


 どれぐらい走ったかは分からない。

 随分長い間か、もっとかなり長い間か。


 気づけば、気付かなかくてもすぐ真後ろにヤツがいる!


 目の前に大きな岩が立ち塞がるようにデデーンと俺の邪魔をする。


 諦めてたまるかー!

 俺は! 

 俺は生きるんだーーーーーーーーー!!!



 目の前の岩を駆け登り、頂点まで到達したら迷いなく飛び降りる。


 大口を開けた暗黒の暴龍は岩ごとゴンザレス、もといアレス、ではなくアストを飲み込もうとする。


 アストの背後でバゴンと強烈な音で口が閉じる。

 それは誰にとっての幸運か。

 確実に長い時を経た暗黒の暴龍にとっては不運以外の何者でもない。


 この時、暗黒の暴龍が常になく空腹でさえなければ、こんなことは起きなかったであろう。

 今代の生贄はあまりに暗黒の暴龍の嗅覚を刺激した。


 ゆっくりゆっくりと力を蓄え熟成されていく姫巫女の力。

 ああ、もうすぐだ、もうすぐ存分にその力を腹のなかに収めることが出来る。


 そう暗黒の暴龍が思った最中、姫巫女は逃げ出した。

 逃してなるものか!

 姫巫女の匂いを追った。


 ただただ己の空腹を満たすため。


 暗黒の暴龍はその身に合った巨大な闇の魔力を有している。それは長い刻、生贄の姫巫女の力を身体いっぱいに蓄え更に巨大になった。


 つまりその体内に強烈なエネルギーの奔流があるのと同じであった。

 全ては偶然というどうしようもない産物でしかなかった。


 よりによってこの大岩は光の魔石の塊であった。


 それが、暗黒の暴龍の身体の中の闇のエネルギーと激しく反発し合ったのだ。


 大爆発を起こした力の奔流は、辺り一面真っ白に染まる。








 姫巫女ツバメは、親友チェイミーと一緒に辿り着いた川の岸辺でその光を見上げていた。


 それは幻想的で解放の祈りが込められた光。

「とんでもない人に恋しちゃったね……」

 チェイミーは苦笑する。


「ほんとだね……」

 たった一夜の、たった一度の恋だった。

 それで全てが終わるはずだった。


「ねえ? ツバメ。あの人は本当は誰だったのかな?」

 ちょっと駆け出しから抜け出したぐらいの冒険者。

 彼は自分でそう言った。


 でもそんな訳がない。

 そんな人が死と同義の暗黒の暴龍を倒せるはずがないのだ。


 そして世界ランクナンバーズにアストという人は居ない。


「きっと……」

 ツバメはそこで言葉を止めた。

 2人共、ただ1人の存在に思い至ったから。




 その日100年以上に渡り、姫巫女という若き力のある女性を犠牲にし続けた暗黒の暴龍が消えた。


 100年よりも更に前から、周辺の人々の恐怖の代名詞である暗黒の暴龍が消えたことで人々は歓喜した。


 だが何者がそれを成したのか、誰も分からなかった。

 世界ランクのナンバーズですら、苦戦するであろう暗黒の暴龍を。


 だから自然と人々はある存在を思い浮かべざるを得ない。


 世界最強No.0。


 世界ランクを刻む世界の叡智の塔。

 そこには未だNo.0という番号は、ない。

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