第2話詐欺師ゴンザレス②

 突然だが、俺はケチな詐欺師だ。

 年は20を越えたところで数えるのを辞めた。

 どうせ、生まれて物心着くまでも、自分が本当はいくつかも数えちゃいない。


 チョット頭を働かせて、小銭を巻き上げる。

 そんな詐欺師。


 大それた騙しなんて出来ないし、そんな度胸もない。

 腕っ節も大したことなければ、ガタイもいい訳じゃない。


 一体全体何でこんな目に遭っちまったんだ?


 その日は、朝から付いてなかった。

 初めて来た街だ。

 チョイと気合いを入れて、小銭でも巻き上げて、カジノや娼館でゆるりと過ごしてぇ。


 そう思ってただけだ。


 街のやばいシマに入り込んだら、俺みたいな奴は上手くいかねぇ。


 市場が立ち並ぶ大通りの中で、おのぼりみたいな丁度いい〜カモを探して、口車で小銭をせびるのが、俺のやり方よ。


 早速、どう見てもおのぼりっぽい女が、通りを物珍しそうに見渡している。


 年の功は10代後半といったところ。

 亜麻色の髪を肩まで伸ばし、田舎っぽさを感じる綺麗より可愛い系の女だ。

 ソフトレザーにショートソードらしき剣を腰につけている。


 村から出たての駆け出しってところだな。


 上手く口車に乗せて、一晩のお相手も良いが、やはりここはいつものように小銭を巻き上げて、都会の厳しさってやつを教えてあげるのが、優しさってもんさ。


 ワザと身体を当てに行く。

 タイミングが悪かったらしく、サッと避けられる。


 いけねぇいけねぇ、当たるタイミングをミスっちまったか。

 でも、それならそれでやり様はある。


「おっとっと!」

 女の目の前でワザとコケてみせる。


「イテテ……」

「……あの、大丈夫ですか?」

 案の定、女は手を差し伸べてくる。


 その優しさは都会では、カモですよ?


「いやいや、失礼失礼。


 あー、これは実に美しいお方だ。


 この街には、どのようなご用で?」


 詐欺師もナンパ師も出会い方は一緒。

 つまり、声をかけねぇと始まらない。


「……ええ。ここには今日来たばかりで。

 ……貴方はランクNo.0をご存知ですか?」


 俺は内心で口笛を吹きたくなった。


 おいおい、何処の天然ボケのお嬢さんだ!?

 いきなり知らない人間に用を聞かれて、アッサリ答える奴がいるか?


 ここに居るな、あざっす。


「……ランクNo.0、ですか。


 知っていると言ったらどうしますか?」


 若干声を潜ませる。

 溜めってやつさ。


 ランクNo.0といえば、今、巷で噂の伝説中の伝説!

 曰く、全てを見通す千里眼を持つ大軍師。

 曰く、万の敵すらも打ちのめす大将軍。

 曰く、病の悉くを治療して人を救う聖者

 曰く、最強にして無敗、ランクNo.1も超えた最強ランクNo.0


 だが、その正体は一切不明。

 男か女かオカマか、年齢も不詳なら、生まれも公爵家の捨て子だとか転生者とか生まれながらの救世主だとか、数え上げたらキリがない。

 それら全てを合わせて、誰も見たことがないという。


 誰も見たことなかったら、居ないんじゃないの?

 俺なんかはそう思うが、噂は絶えることがない。


 ま、居ないとは思うが、俺みたいな小悪党には最適な存在だ。

 こうやって、そいつを探し求める中には沢山のカモさんがいるって訳で。



 目の前のカモは、俺の意味深発言に簡単に引っかかる。


「知ってるんですか!?

 教えて下さい!お礼はしますから!」


 あざーっす!


 詐欺師に声を掛けられたら、まともに答えてはいけませんよ?

 詐欺られるから。


「そうですか。

 簡単に逢える存在ではありませんが、逢える方法ならあります。


 ついて来てください。


 そうだ、貴女お金はお持ちですか?

 彼に逢うために、ある人にお金が必要なのです。


 金貨1枚ほどですが」


 お金が必要なある人は俺ですけどね!


「お金……ですか?


 すみません、今、手持ちがなくて……代わりにこの宝石なら」


 女は宝石を俺の手に渡す。


 ぷーくっくっく、こんな美味しいカモ見たことない。

 こんなに簡単に見ず知らずの人に宝石渡すか?

 よく今まで、生きてこられたな?


 普通なら、ここからあの手この手で雰囲気出しながら、罠にかけてお金を引き出すんだが、もう目的達成だ。


 あとはコイツを撒いて、宝石を金に換えて楽しい一夜の始まりだ。

 しっかし、でっかい宝石だな。

 コレ金貨1枚じゃなくて10枚、上手くすりゃ100枚もあり得るな!


「分かりました。

 付いて来なさい」


 街について、最初にするのは街の配置を確認しておくことだ。

 そうしておかないと、逃げる時に困るからな!


 よって、女を撒くためのルートは頭の中に出来上がっている。


 通りを人の多い方に走り、まずは人混みに紛れる。

 ここで逸れて再会出来なかったというのが1番楽で良い。

 だが、女は俺と同じペースでしっかりついてくる。


 新人冒険者のクセに動きはいいな?


 裏路地に入り、角をいくつも曲がり、時に壁さえ乗り越える。

 後ろは振り返らないが、気配は付いてくる。


 おいおい? お嬢さんいつ迄付いてくるんだい?

 俺の用は終わったんだよ。

 あんたから金を巻き上げてな。


 ……仕方ない。

 ここまで付いてくるアンタが悪いんだぜ?

 世間の厳しさをその身で感じてもらうことにするか。


 俺は、あえて避けていた路地の中に入る。

 何処の街にだって、カタギが入らない場所がある。


 スラムってやつだ。


 そこに入れば、こんな若くて可愛いらしい娘は、一発でアウトだ。

 悪く思うなよ?


 スラムに俺が足を踏み入れると、住人が警戒するのが分かる。

 この感覚が無ければ、詐欺師などやっていけない。即お陀仏だ。


 俺から少し遅れて女がスラムに足を踏み入れた。


 距離にして1通り……。

 女にスラムの奴らが群がる。


 俺は素知らぬ顔で角を曲がる。


「ぎゃー!」

「な、なな、アーーーー!」

「このアマ、ぎゃー!」

「ゆ、許し、がっは」


 さっき曲がった角から声にして4っつ。

 全て野太い声。


 何が起こったのか考えるより、ゾッとするのが先に来た。

 女の足音らしきコツコツと聞こえる音が、作り物のように感じられる。


 俺は考える間もなく、逃げ出した。

 また、通りをいくつも曲がった。


 いつのまにかスラムも抜けていて、走り続けてついに路地の行き止まり。

 目の前に廃墟になった建物が1つ……。


 バクバクと激しく鳴る心臓が、俺の生を実感させる。


 ふー、助かった。


 コツコツ……。


 振り返りたくはなかった。

 それでも、振り返らないと恐怖に負けて発狂してしまいそうだった。


 そこには。


 全身を返り血に塗れて、血塗られたショートソードを持ち、ニッコリと可愛らしく笑う女。


 ヒーーーーーー!!!!


 もしも、そんな叫び声を上げていれば、どんなに楽だったろう。だが、もしこの時、俺が情け無くもそんな悲鳴を上げていれば、俺はこの女に切られ、この世に居なかっただろうと思う。

 そんな幻覚すら感じた。


「ここに、彼がいらっしゃるのですか?」

「……ああ、だが留守のようだ」

 女の質問に、噛まずに答えられた俺は名優の素質がある。

 もっとも役者になろうとは思わないが。


 知ってるか? ヤツら毎日何時間も演技の稽古とかしてるんだぜ?

 俺には無理! 絶対無理!

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