第3話 共生

目を覚ましてまず驚いたのは腹に開いていた穴が痕も残さず消えていたことだ。母さんに聞いてみても、詳しくはエザフォスという、あの時いた冒険者に聞いてと言われるだけだった。どうやらここに運んで精霊と契約をさせてくれたのは彼らしい。


母さんと父さんは少しやつれていた。二人にどれだけ心配をかけたか。それにアムも目を覚ました次の日にやって来て、私の顔を見るなり大泣きした。「もうこんなことしないで」と三人ともに言われてしまって、私は自分の軽率な行動を反省した。


それから更に二日後、村の外れの共同墓地に私は来ていた。

例の事件は母さんと父さん、アム、そして私を助けてくれたエザフォスというエルフ以外には知られていない。

フードをかぶったその人は小さな土の山に花を添えていた。


「私に話があるって聞いて来ました」

「あぁ。そう伝えるようルージュに頼んだ。そういえば自己紹介がまだだったな。エザフォス・ハロウシェク。君の母親と同じ、エルフだ」


エザフォスの手がフードを取り、その顔が露わになる。

そこにあったのはシルバーブロンドの髪に金色の瞳。尖った耳と、透けるような白い肌。


(うっっっわ!超美人だ!男の人にこういうのはどうかと思うけど、超美人だ!母さんである程度慣れていたと思ったけど全然そんなことなかったわ。そりゃフードかぶるよ。こんなのが往来を歩いてたら海を割ったモーゼのようになってしまう。まぁ、モーゼが何かは知らんけど)


「それで、今日君を呼んだ理由だが」

「あっ、はい」


現実に引き戻され、私とエザフォスさんは墓地を出て適当な木の下に座った。


「今回の君の傷は、正直言って治癒を施しても助かる見込みはなかった」

「でしょうね」

「だが、助かる方法が一つだけあった。遥か昔の術で、知っている者はエルフ族の精術師だけだろう。術の名を共生シンビオシスという」

共生シンビオシス?」

「そうだ。本来精術師は精霊と契約し、意識を繋ぐ。そうすることでどこにいても精霊を呼び出し、術を使うことが出来るようになる。だが共生シンビオシスは違う。この術は精霊そのものを器、つまり自分の体に取り込む」

「その効果は?」

「普通の契約の倍以上の力を使える。重傷を負ってもすぐに治る。それに寿命も延びる。まあ、君はエルフの血が混じってるから元から普通の人間より寿命は長いがな」

「エルフの平均寿命ってどれぐらいなんですか?」

「だいたい千歳だな。オレが知ってる一番の年寄りは二千歳近い」


二千歳。

その数字に驚く。母さんは確か五百歳近いと前言っていた。ということはまだエルフの平均寿命の半分しか生きていないということになる。何だか時間間隔がおかしくなりそうだ。


「続きを話しても?」

「あぁ、はい。どうぞ」

「強力な力には代償が付き物だ。この力にもそれがある」

「代償、ですか」


私の言葉に頷くエザフォスさん。


「精霊は力の塊だ。そんなものを体に入れたらどうなるか。分かるか?」

「もたないでしょうね。だから術を使う人がいないんですか?」

「そうだ。この世で一番頑丈な体を持つという龍族の間でも禁術に指定され、いつしか忘れ去られた」


エザフォスさんの言葉に目を見張る。いくらエルフの血を継いでいると言っても半分は人間である私の体は限りなく人に近い。転べば血が出るし熱湯を触れば火傷する。そして腹に穴を開けられれば死ぬ(実際には死んでないけど)

そんな私が龍族すら禁止した術にどうして耐えられたんだ?

疑問が顔に出ていたのかエザフォスさんは申し訳なさそうに口を開いた。


「悪いがオレは共生シンビオシスの力の扱い方についてはあまり知らない。さっき言った二千歳近いエルフが唯一共生シンビオシスについて知っている。名前はジシク。リェス国のどこかにいるはずだから、機会があれば訪ねてみてくれ」

「分かりました。あの、私からも一ついいですか?」


再びフードを被って立ち上がったエザフォスさんを呼び止める。


「何だ?」

「アロスティア、って人は何者ですか?」


その名を聞いた瞬間、エザフォスさんは悲しいような寂しいような泣きそうな、そんな顔で呟くように答えた。


「アロスティアは龍族で元はオレ達の仲間だ。だが裏切った」

「……」


エザフォスさんの顔を見るとそれ以上は訊けなくて、私も立ち上がって木の影から出た。


「行くんですか?」

「長居はしていられないからな。あぁ、そうだ。最後に」


村の出口へと着いたエザフォスさんは振り返って、手を一振りした。ふわっと風が髪を揺らしていく。


「君が共生シンビオシスだってことは誰にも言わないほうがいい。それじゃ、またどこかで」


ひときわ強い風が吹いて、私は思わず目を瞑った。

もうそこには誰もいなかった。

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