第4章 7

7.


「……そんな」


 佐保子の小さな小屋は、殆ど燃え尽き下火になりかけていた。

 魂が、抜け落ちた。

 へなへなと崩れ落ちるように、雪の上へ膝をつく。

 熱風に乗って、小さな紙片が幾片か雪に混じり、目の前に舞い落ちた。

 以前佐保子にあげた、一緒に燃えてしまった本の紙片だった。


 ――たいせつによみます

 ――ありがたうね


 そう言ってにっこりと微笑んだ佐保子の顔が浮かんだ。


 燃え縮れていく紙片に、辛うじて小さな活字が読み取れた。

「大」

 忘れもしない。

 大せつなものなのでせう


 ──大切なものなのでしょう?


 一度も聞いたことのない佐保子の声が聞こえた。


 ――すきだから


 そう言って私の胸に顔を埋めた佐保子の温もりが蘇った。



 炎の熱で溶けかけた雪の上は、大勢の足跡で踏みにじられていた。

 呆然としたまま、その蹂躙の痕跡を眺めていた。


 それらの無数の足跡の他に、未だ僅かに炎を上げ続ける小屋の裏手から、一組の小さな足跡が伸びていた。

 その、必死に走り抜けるような逃走の痕跡は、真っ直ぐ北東の方角へ続いていた。


 ふらつく身体を起こし、立ち上がる。


 その先には、未だ血を流し続ける、あの山が聳えていた。

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