第4章 3

3.

 

家に戻ると、戸口の前に幾人もの村の者が詰めかけているのが見えた。

 あまり穏やかな様子には見えず、こっそり近づいてみると、父と村人たちとの間でかなり強い口調で言い争っているのが聞こえた。

「そンたな理屈の通らねえ話、聞けると思うか!」

 怒りに満ちた声で父が怒鳴る。

「オメエみてえな賊の侍崩れが、通す通さねえ言えた義理か!」

「オメエ達が無駄な食い扶持になったお蔭で、御一新以来まともに冬を越せた例がねえ。理屈語るんだばオメエ達がまず俺ラ達さ筋通すのが理屈だべや!」

 詰めかけた者達が怒鳴り返す。

「俺達は皆大事な子供たちをこの村の為に差し出した。残った子供たちも御国の為に兵隊さ差し出した。堰の水も一番川下から引いてる。俺ラ家でも最早粟粒一つも残ってねえ。この上何をお前達に差し出せつうんだ!」

 食って掛かるように詰め寄る父を突き飛ばして村人の一人が叫ぶ。

「その山さ投げた童を匿って都会さ逃がしたオメエが何を偉そうに語るがァっ!」


「――え?」


 皆が一斉にこちらを振り向く。

 突如向けられた殺気立った視線にゾッと血の気が引いた。

「倅に手を出すな、叩っ斬るぞ!」

 父が飛び出し、皆の前に立ちはだかった。

「倅は都会で子供たちサ教鞭を執ってきた。支那との戦では立派に生きて帰ってきた。村サ帰ってからは寡の源三の田んぼを助けてやっている。川に溺れた平太の命を救ってやった。山から帰ってきて、これだけ人の為に尽くしているでねえか! それでも不服があるというなら、これでも俺は戊辰で矢弾潜ってきた会津藩士だ、オメエ達ここから生かして帰さねえ!」

 今まで見たこともない凄まじい剣幕の父の迫力に怯んだか、村人たちは舌打ちをしながら引き上げていった。

 その背中を睨みつけていた父が長い息を吐きながらその場にへたり込んだ。

「父さん、今の人たちは?」

「ああやって、他所から入ってきた家を一軒一軒回って食い物たかって歩いてる破落戸共だ。余所者だけじゃねえ。娘所帯の家に押しかけて食い物無えんなら娘貸せってな。弱い者脅かして泣かせてる連中さ。皆、食い物無くて破れかぶれンなっちまってんだ」

 顔を上げ、父が力なく笑う。

「嫌なもの見せちまったな。お前は佐保子のことだけ心配してやればいい。俺もあの娘には随分冷たく当たっちまったからな」

 そう言って父は足を引きずりながら立ち上がり、家の中へと入っていった。

(……「山から帰ってきた」って、何のことだ?)

 その疑問を、何故か口に出して問うことが躊躇われ、私はただ黙って父の後に続き家に入った。

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