第2章 7

7.


 とある昼下がり。その日は今夏初めての実に夏らしい真夏日だった。

 山間の盆地故、こんな猛暑日には極端に気温が上がる。あまりに蒸し暑過ぎて表には殆ど野良仕事の人影は見られない。それでも采女取山から時折微かにそよぐ涼しい東風にいくらか救われる。蝉時雨と村道から立ち上る陽炎が幻のように里の風景を目に滲ませる。

 この前平太たちが溺れた渕の辺りでは、また懲りずに子供らが水遊びをしていた。そのすぐ傍に生えた合歓の木陰で、川に浸した瓜の番をしている佐保子の後姿を見つけた。

 声を掛けて近寄ると、佐保子は立ち上がってぺこりと頭を下げた。

「これ、よろしければ差し上げます」

 差し出したのは、この里に持ち帰った本の内の一冊。内容はもとより挿絵の美しさに惹かれ買い求めたものだが、きっと気に入ってくれるだろう。

「この前は、大切な本を救ってくれてありがとう」

 本を受け取ると、しばらくその表紙、背表紙を撫でながらじっと眼を落した後、この前のように私の掌を取ると、

――おれいは わたしのほう

「え?」

――あなたのおかげで いきやすくなつた

 平太の一件以来、平太の父親は勿論、それまで佐保子から距離を置いていた村の者たちからの風当たりが大分穏やかになった様子には、私も気づいていた。そういえば、父もあれ以来彼女に冷たい目を向けることはなくなったように思う。皆内心こんなことはもう終わりにしたかったのかもしれない。

 ――たいせつによみます

 そう私の掌に書くと、佐保子はにっこりと笑った。


 ――ありがたうね


 この日から、佐保子と私は友達になった。

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