第2章 3

3.


 庵主の曰く「破れ寺」は意外なほど生家のすぐ裏手にあった。

 父の使いで初めて訪れると、丁度境内で庵主が子供たちとお遊戯の真っ最中だった。

「坊さん、坊さん、どこ行くの♪」

「アタシは田んぼへ草刈りに♪」

 負ぶった子に目隠しをされた庵主の後ろを子供らがついていきグルグル輪を描いて回っている。

 懐かしい童歌だ。この後変調が加わって「後ろの正面」と続くから多分「かごめかごめ」の派生だと思うが、小さい頃近所の悪童らと歌った記憶が朧げに残っている。

「あたしも一緒に連れしゃんせ♪」

「一緒に行こか二人手引いて――おっとっと」

 足元にじゃれつく子供につんのめりそうになり、慌てて目隠しの子供を下ろした庵主がふうと溜息をついた。

「はい、今日はこれで終いだよ。――と、これは深芦さんトコの」

「お邪魔します。父から先日のお礼とのことで、どうかお納めください」

 預かってきた竹籠を六つ差し出す。托鉢に是非使ってほしいと、あの後父は裏で別に乾かしていた竹を使ってあっという間に籠を編んでしまった。膠を塗って乾かすのに十日ほど掛ったが、満足のいくものを選んで私に使いを頼んだのだ。

「なんだ、あれはアタシが勝手にやったンだから気を遣わなくていいのにサ。でも助かるよ。ホレ平太」

「ぐえ」

 庵主の傍でウロチョロとじゃれつく五つか六つくらいの子供の頭にぽんと籠を被せる。ぽんぽんぽんと六つ全部被せられた男の子は重い重いヨとふらふらとよろける。

 しかし、今日の庵主は黒い厳かな袈裟を着て、尼削ぎにした振り分け髪の下に切れ長の双眸は凛として見えて、それが子供たちと戯れる様はまるで良寛和尚のようだ。本当に庵主様だったのですね。とは、流石に失礼な感想か。

「日中はお勤めの合間を見てね、村の子供らに字やら修身やらを教えてるのさ。ほら、近頃学制がどうとか煩いだろう? 子供たちが勉強する機会があることは良いことなンだけどさ、この里には尋常なんかないからね。アタシがここに来る前からこの寺で子供たちの勉強を見ることになってる」

 道理で昼間家の裏から子供たちの好ましい喧騒が聞こえてくると思った。

「私は武蔵野の尋常で教師をしておりました。何かお力になれることがあれば言ってください」

「本当? そりゃ助かるよ。アタシも経は読めるけど教養のほうはからっきしだからねェ」

 と自分の駄洒落にアハハと笑う庵主。

「そんな畏まらなくて、蓮華で良いよ。お互いそんなに歳は変わらないだろう?」

 その時、本堂の裏手からスッと人影が現れるのが見えた。

(あれは……)

 佐保子という例の娘だった。途端にワッと子供らがサホコ、サホコと叫びながら駆け寄る。

「あ、佐保ちゃん。もう片付いたの?」

 コクリと頷く。

「早いね。じゃあ、典座に使う分の他は君の取り分。後で好きなだけ持って行って良いからね。いつも悪いねェ」

 ぺこりと私たちに頭を下げて立ち去ろうとする。ふと、顔を上げて、私の方をちらと見つめて、それから境内を後にした。

「?」

「今日は洋服じゃないんですね。とでも言いたかったんンじゃないかねェ」

 怪訝な表情を浮かべる私を何やらおかしそうに蓮華は笑った。


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