第4話
私には、姉さんが居ればそれでいい。
むしろ、殿方なんて知りたくもない。
そう頑なな気持ちになったのは、姉さんの本当に愛している人物が、私だけでなく殿方である池田屋の旦那様だったというの事に気がついてしまったから。
「嘘つき……。」
思わず心の声が溢れ出す。
別に姉さんは嘘なんて付いていない。
私が勝手にそう思っていただけ。
ーーーーーー
その半年後、姉さんも落ち着きを取り戻し、またいつもの日常に戻り始めた頃に、久々に半田屋の旦那様が店に来られた。そこには、半田屋の旦那様の息子様もいらしてきた。
「俺が来たら女将さん、池田屋の旦那の事を思い出しちまって辛くさせると思ってな。本当にお前さん達は、それこそ言葉や表に出さずとも、信頼し合っていたからな。
なあ、池谷の旦那と叶えられなかった商談をもう一度やらないか?」と、話を持ちかけていた。しかし、姉さんは、その商材に乗る事はなく、
「お引き取りをお願い申し付けます。」
と、そして姉さんは、
「私は、池田屋の旦那様がもう一旗上げるのを 見てみたかった。しかし池田屋の旦那様は隠居を望まれていた。だからたまに私が、池田屋の旦那様を苦しませて追い詰めてしまっていたのかもしれない、とさえ思っております。」
そう、答えていた。
私は疑問だった。あの隠蔽した金はどこへ消えたのか。
ーーーーー
そんなある日だった。 私は休みをもらい町に出ていた。いつもきらびやかな着物を着ているけれども、たまに町に出る時に着る安い着物と、それに身あった髪飾りを見るのも私の息抜きだった。
池田屋の旦那様が亡くなられてから、姉さんが私を愛してくれることはなくなり、私自身もまた、それに寂しさを覚えることはなく、 むしろ裏切られてるような気持ちにもなっていた。
そんな時に半田屋の息子様と町で出会った。
「見違えたよ。いつも綺羅びやかな姿で女将さんの隣に居るから。いつもと違うアンタもいいじゃねぇか。」と、息子様は私に笑った。
「アンタでも店の外に出ることがあるんだね。 安心した。 髪飾りが好きなのかい。 じゃあこの髪飾りを買ってやるよ。」と、息子様は私に髪飾りを買ってくれた。 生まれて初めてもらう殿方からの贈り物。 私は。 胸が高鳴った。
そしていつからか半田屋の息子様と二人で密会をするようになっていた。密会と言えども一緒に歩く程度で、特に何か話すわけでもなかった。 でも私はいつから半田屋の息子に 姉様へと抱いていたものと同じ「恋心」を抱くようになっていた。
「半田屋の息子様は、姉さんと同じように私の身体を愛してくれるだろうか。 殿方の体とはどの様なものなのだろうか。 」そう想うようになっていた。
そしてあの夏の日。いつも密会していた町はずれの草原にある神社のほとりの中で、私たちは、一線を越えた。
姉さんとは違う体の厚み息づかい、汗や体の匂い。私は初めて女になった。
そして私はその後も、何回も身体を重ねた。最初は、痛みを感じていたのに、その痛みが、快楽に感じられる様になり、姉さんの細くて綺麗な指ではなく、殿方の大きな手と、そして身体がより繋がる度に快楽と愛おしさは募っていった。
店に女郎として出なくても私は女としての悦びや価値を見いだせている。
そんなある日、私は勘定の仕事をしていると目眩と吐き気に襲われた。
私は、悟った。半田屋の息子様との子供を身籠れたのだ、と。私は直ぐに半田屋の息子様にその事を伝えた。すると息子様は、
「……すまねぇ。堕ろしてくれ。」
「え?」
「アンタと俺は身分が違いすぎるんだよ。俺にはもう別の家の娘さんを嫁にもらうってなってんだ。」
「そんな……。じゃあ、貴方の子供だって誰にも言わないからせめて産ませて下さい!」
「駄目だ!煙のねぇ所に火は立たねえ。商談相手の吉原の……ましてや女郎でもねぇ女と関わっていたなんざ知られたら、半田屋の名を汚しちまう。」
……汚れる?
「それは……私が、女郎でないからですか?!もし、この……この染みがなくて、もし私が女郎だったらせめてこのお腹の子を許してもらえたのですか?私は……汚れているのですか?!」
私は、女としての全てを否定と拒絶をされている様な気持ちになっていた。
息子様は、
「染みだけじゃねえよ!
確かにアンタには染みがある。でもそんな染みさえ綺麗に見える程、本当に……お染、アンタは綺麗だよ。
正直最初は興味本位だった。そして……女将さんが動かねぇから、勘定方であるアンタに近付いて、商談と金をどうにか出来ねぇかな、て心境でアンタと逢っていたさ。
でもいつからか……むしろ俺は、アンタのその染みが愛おしくてなっていた。
お染……間違いなくアンタは誰よりも上質な女だ。もし女郎になって店に出ていたなら女将さんよりも高値の女になっていたと思う。これはな、俺がアンタに惚れてるからじゃねぇ。アンタの知らない所で……アンタの事は噂になってたんだ。」
「……噂?」
「やっぱり……知らなかったのか。アンタはな“吉原の金魚のお染”って呼ばれてんだ。」
「“吉原の金魚のお染”?」
……私のこと?
「誰よりも美しく華のある、顔の染みさえも美しい女子がいるってな。まさかその女子が、本当にいるなんざ思いもしなかった。しかも本当に男を知らなかっ。そしてその染みがある以上、誰もアンタに触れられない。」
息子様が私に近付き、私の頬の染みに触れた。
「もう……逢わねぇ。店には商談があるから出向くが、この事は誰にも言わないでくれ……頼む。」
息子様はそう言うと、力なく私の膝下に崩れ落ちた。
私は、涙は出なかった。無言のまま息子様を置いて神社を出た。
そして、そのまま河に身を投げた。
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