第3話

 池田屋の旦那様と半田屋の旦那様は、その後もお店に来ては私を同席させてくれてたくさんの外国の話や商談の話をしてくれた。


 どうやら日本という国は狭くかた苦しいとの事。半田屋の旦那様は、「また商談で一旗上げたい」、と意欲的だが、池田屋の旦那様は「もうよい」、と隠居の身を望んでいる。

 こないだは半田屋の旦那様が「ピストル」という綺麗な形と模様の武器を見せてくれた。鉛玉を入れて使うそうで、あんなに小さくて、でもずっしりと重みがあり、これで人を殺せるなんて信じられなかった。

 この見た目とは裏腹の重さは、人の命の重さなのか?いえ、人の命はもっと重くて尊いもののはず。

 私の命だって、吉原に売られて、生きているかはわからないけれども、少しは家族の生活の足しになったか、せめて一人分のお金が浮いたんだ。無駄では無かったはず。

 いつも思う。生きているけれども、吉原にいて女郎でも雑用でもない。そして姉さんだけの特別な私。窮屈さや息苦しさは感じない。むしろ常に頭を使いっぱなしで、姉さんとの“勘定の話”と“線香一本分”の時間が愛おしくて、その時間こそ「生きている」、と実感する。


 しかし幾ら商談相手とはいえ、実は姉さんと池田屋の旦那様は「商談相手」な関係だけのはずはなかった。最初はもちろん女郎として買われ、そこから頭もキレる事から、池田屋の旦那様の妾となり、池田屋の旦那様の正妻が亡くなられてからも尚、密にこの関係は続いておられた。

 何よりも実は、この池田屋の旦那様と半田屋の旦那様こそが、うちの店の大繁盛の手掛けをしてくれた、と言っても過言ではない。

 外国人の殿方を連れてきてくれたお陰で、ふたりの旦那様と店に大きなお金が舞い込んだ。


 私は、本音を言えば姉さんには、私だけを見て欲しい。

 でも姉さんは女郎だ。殿方の相手も大切なお仕事。私との時間は、私の堪えきれず溢れてしまった声しか部屋に響かない。

 でも姉さんの殿方との営みの声は、もちろん上質客室なので、店でも奥の方にあるのだが、たまにその前を通ると廊下から聴こえる事もある。

 姉さんの切なそうで美しいその声にいつも胸が切なくなるのに、ずっと聞いていたくなる私もいて、でも姉さんとの時間はいつも私だけ愛されている。それでもいい。むしろ、それがいいのかもしれない。


ーーーーーー


 そんなある日だった。

 姉さんが「店の金のかなりの高額を秘密で使い込みたい。」と私に打ち明けてきた。どうやらまた半田屋と池田屋の旦那様が外国へ商談をするための前資金が必要なのだそうだ。しかし、それは公に話せる内容のものではないそうで、表沙汰にできるものではないらしい。しかし、その商談が上手くいけばお金は何倍にもなり、むしろ余生にまでもかなりの高額が続いていく、というものなのだそうだ。

 なにやら恐ろしい事に関わっているのではないか、と不安になったが、私は姉さんの頼みを受け入れて、店の高額の貯蓄を姉さんに渡し、そのお金は帳簿から隠蔽した。


 しかし、その後池田屋の旦那様がご自害なさられた。

 理由は不明。姉さんは来る日も来る日も泣いていた。私は、姉さんが本当に池田屋の旦那様の事を「女として愛していた」と言う事を痛感させられた。

 その後、半田屋の旦那様が店に顔を出す事はなかった。

 隠蔽したかなりの高額のお金。しかし店が繁盛していたので赤字となる事はなかった。

 

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