第2話
本当の姉さんを知っていて、誰よりも姉さんに愛されているのは、私だけ。
そう信じていたのに……。
ーーーーーー
姉さんは、女将になったと言っても歳は十日八。まだまだ女としての寿命や華がある。
姉さんは、若女将として更成上質な殿方のお相手だけでなく、頭がキレたから殿方の商業の相手なんかもする様になっていた。
私には難しくてわからなかったが、世の中は政府が荒れだし、外国とのやり取りも多く、事実、外国の殿方も何回かいらっしゃった。
実際に外国の殿方を相手した女郎達が、「奴ら、アソコは大きいけど、よくわからない言葉を話しながら固くもなってないのにフニャフニャした日本人より大きいブツをブチ込んできやがった!」と大笑いしていた。
たまに思う。私は、姉さんしか知らない。男女の営みなんて、姉さんの始めての日に覗かさせてもらったとき以来ちゃんと見た事はない。
いつも廊下を歩いていて、聴こえてくる女郎達の声。本当に「営み」とは良いものなのだろうか?
姉さんの初めての「営み」は、辛そうだったし、実際、血が出ていた。
姉さんの初めての「営み」の日の、布団に付いた染みを見た時、私はその染みを洗う前に何故か嗅いで頬擦りした。
姉さんは、どんな気持ちだったのだろうか?
いつも私を守って側に置いてくれる姉さん。
他の女郎達の悦ぶ声を聴いていると、殿方を知ってみたいと思う私と……でも姉さんの殿方を相手している時の声や表情をたまに覗くと、やはり「上質な女郎」なのだと感じる。とても妖らんで、抱かれている時も、その一瞬一瞬に華がある。
私も、姉さんに抱かれている時、同じ様に華が咲いているのだろうか。
姉さんしか知らない身体。
殿方に抱かれたいとは思えない。
姉さんしか知りたくない。
「お染。ちょいと……。」
店の入口でいつも通り受付と勘定の仕事をしていたら、姉さんが私に声を掛けてきた。
「お得意の池田屋の旦那様達が、うち店の売り上げのやりくりはお染がしてる、と話したら酒での商談の席にお染めに同席してほしいって言うんだ。私の目の光る内に居ればいくら上質のお得意様にだって絶対にお染めには指一本……いや爪の甘皮や、着物の袖すら触れさせない。でも商談の話なんかはお染めの為になるはず。だから、ずーっと私の隣にいてお得意様から盗めるものは盗んでおやり。」
姉さんが私の目を見つめ、スルリと私の手首に触れた。それだけでそこから身体中に何かが通るのを感じる。
「わかりました。」
「……商談まで線香一本分の時間があるね。」
“線香一本分”。吉原では女郎との時間を線香で買う。そして……姉さんからのその言葉は、姉さんと私の“勘定の話”の時間以外での、“たったふたりだけの時間”の合言葉となっていた。
別部屋で、姉さんに可愛がってもらっている時、私は声を押し殺している。それでも思わず声は溢れ出てしまう。姉さんは、「本当はもっとお染めの声を聞きたい」と言う。
姉さんが今触れてくれている私の割れ目に、本来なら殿方のモノが入れらるのか……と、そんな事を考えていたら姉さんが「今、私以外の事を考えたね?」と言って私の割れ目に顔を埋めてきた。初めての感覚に私は気が狂いそうになっていた。
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何事もなかったかの様に、いつも通り雑用の女達に着物と化粧と髪型を整えてもらう私達。まだ姉さんに触れられた部分全てに熱が籠もっているのを感じた。
ふ、と姉さんの方を見ると姉さんがこちらに流し目をして、直ぐに鏡に映る自分に目線を戻した。
姉さんの流し目を見てどれだけの人が心を奪われているのだろう。目が合えば胸が高鳴るのにすぐさま流れるその目線に胸が切なくて締め付けられるような気持ちになる。
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商談の席に付いていくと、既にお得意様の池田屋の旦那様と、その親友であり、かつては戦友でもあったという半田屋の旦那様がいらしていた。ふたりともかなりのご高齢で歳は五十を過ぎていると聞いた。四十というだけでもかなり長寿だと感じるのに、やはり敏腕な人間は神経や身体まで図太く上質なものなのだろうか?
「はじめまして。お染めさん。やっぱりあんたは美人だね。その染みさえなければ、女将さんと同等かそれ以上の上質な美しさがある。」
「ありがとうございます。」
「池田屋の旦那様。そうですやろ?お染めは本当は実はこの店で一番の美しさ、そして頭を持つ。お染めには意地悪に聞こえてしまうけれども、私はお染めのこの染みさえなければ私なんぞより上質な女郎になっていたと心の底から恐れておりますのえ。」
これは姉さんの冗談かもしれない。でもそんな事言われた事も、考えた事もなかった。嬉しいよりも、何故か背筋なにか冷たいものが走るのを感じた。
「だろうな。染みさえ美しく感じる。まるで錦鯉の様な女子よ。いや、可細くて可憐さがあるから金魚かな?この吉原という籠ではなく、女将の手の中にいる。籠なら鳥のように何かがあれば飛んで逃げ出せるかもしれない。しかし、金魚は違う。空気がなくて息苦しい金魚鉢の中だ。水がないと生きていけないし、水の中でしか生きていけない。まるで女将の金魚鉢の中に閉じ込められている様だね。」
「もったいなきお言葉です。私は、姉さんと店の為に生きてゆく所存です。それが私のしあわせ。私の人生なのです。ならばその金魚鉢。その金魚鉢は私のしあわせです。」
「お染めさん!ますますそそるねぇ。」
「半田屋の旦那様。謹しんで頂けます?」
「女将さん!こりゃ失敬!」
皆で笑っていると、ふと姉さんを見たら目が笑っていなかった。むしろ氷のような冷たい目線で煙管を吸っていた。
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