第5話 助けてください

「助けてください。」


 目の前で芸術的な土下座をした和馬を見て、隆一は困惑を隠せずにいた。


 時刻は和馬が告白を受けた日の夜19時。部活が終わったら家に来てほしいと和馬からチャットアプリのCONNECTで連絡が来ていたため、部活帰りにそのまま和馬の家に向かい、玄関の扉を開けた瞬間、この光景が広がっていたのだ。


「いったいどうしたんだよ。」

「助けてください。」

「いや、だから…。」

「不本意ながら隆一に頭を下げているんです。助けてください。」

「だから、理由を教えろっての!あと不本意なのかよ!」

「何も聞かずに協力してください!俺を助けると思って!」

「お前、詐欺にでも引っかかったの?北条ユリアの告白断りに行ってなんで面倒ごとに巻き込まれてんだよ…。」

「いや、そうじゃなくて自ら面倒を背負いこんだというか…。」


 体を起こしつつ和馬がそう言うと、隆一が白い目で見つめてきた。


「何?お前また、進んで面倒ごと抱えにいったのか。みたいに。」

「あはは…。でも、今回は違うよ。相手に非はないわけだからさ。」

「お前なあ…。」


 隆一は深いため息を吐き出しつつ、続けた。


「とりあえず事情は聞かせてもらうぞ。今日何があったのか分からないことには協力のしようもないからな。」

「う…、分かったよ…。じゃあ、俺の部屋で待っていてよ。飲み物持っていくから。」

「あいよー。」




 和馬は、1LDKの1戸建てに父と二人で暮らしている。和馬が生まれる少し前に建てたものだが、和馬が幼いころに両親が離婚して母親が出て行ってしまったため、二人で暮らすには大きすぎる家が残されてしまった。そのため、玄関、リビング、各々の部屋以外は掃除が行き届いておらず、持て余しているのが現状である。


 ちなみに和馬の部屋はこの家の2階にある。漫画やゲームがたくさん置かれ、壁には好きなアニメのポスターが貼ってあり、世間一般の見方ではオタク部屋に該当する。


「お前の部屋久しぶりに入ったけど、相変わらず混沌としているな。」

「うるさいな。自分の部屋くらい好きにさせてよ。」

「悪い悪い、貶したわけじゃなくてうらやましくてさ。うちは母親が漫画とかゲームにあまり理解のない人だから、部屋にこういうもの堂々と置きづらくてさ。また、漫画貸してくれよ。」

「いいよ。その辺の棚に置いてあるのが隆一の好きそうなスポーツ系漫画まとめてあるから、今日持って帰りなよ。」


 そういうと和馬は、袋に何冊かの漫画を入れて隆一に手渡してくる。


「いくつかのタイトルを3巻まで入れてあるから、気に入ったのがあったら後日続きも貸すよ。」

「サンキュー。帰って楽しみに読ませてもらうぜ。」

「うん、それじゃ、また明日。」

「おう。それじゃあな。」


 隆一はホクホク顔で部屋を出ていき、やがて玄関のドアが閉まった音がした。





 5分後、玄関の扉があわただしく開き、ドタドタ足音を響かせながら階段を上り、ノックもせず和馬の部屋に隆一が再び入ってきた。


「いや、そうじゃねえよ。マンガ借りに来たんじゃなくて、今日の詳細聞くために部屋まで来たんだよ。」

「誤魔化されなかったか。愚者のくせにするどいじゃないか。」

「お前、本ッ当に失礼な奴だな。協力してやらねえぞ!」


 隆一は怒鳴りながら、ドカッとその場に座った。


「じゃあ、詳細聞かせてもらうぞ。」

「はあ…。分かったよ。」


 和馬はため息を一つついて、話を始めた。


「放課後、約束の場所に北条ユリアさんがいました。」

「はいはい。」

「彼女は、やっぱり俺の事を”カズくん”だと勘違いして告白してきました。」

「ほうほう。」

「俺は、自分が”カズくん”だと嘘をついて告白をOKしました。」

「待て。」


 隆一は、右手の手のひらを前に出し、すかさずツッコミを入れた。


「何でだよ!昼に話したときは断る予定だっただろうが!どうしてOKしてるんだよ!しかも嘘までついて!」

「い、いやあ、それはですね…。」


 隆一から目をそらしながら、和馬は歯切れの悪い回答をした。


「今からでもいい。自分は”カズくん”じゃないんです、ごめんなさいって連絡して断れよ。」

「それは…できない。」

「何でだよ!北条に一目ぼれでもしたのか。」

「そうじゃなくて!」


 和馬は視点を下に向けつつ、呟くように言った。


「あの子の瞳、とても寂しそうだったんだ。」

「瞳?」

「多分だけど、あの子友達がいないと思うんだ。隆一さ、あの子がいつも人に囲まれているとか、ファンクラブができているとか言っていたでしょ?」

「ああ。」

「多分、お近づきになりたい人間はたくさんいるんだろうけれど、彼女自身が心を許している人はいないんじゃないかな。そういう連中って、何かしらの下心ありきで話しかけていると思うし。」

「まあ、確かに。」

「あと、あれだけ可愛ければ嫉妬からいじめられる可能性もあるよね。北条さん本人だけじゃなくて、彼女と仲良くなった人も。告白の時に、いじめられていたことも聞いているから、おそらく間違いない。」

「…。」

「だから、北条さんの告白はSOSでもあったと思うんだ。昔、自分を助けてくれた“カズくん”なら、また自分を助けてくれるんじゃないかって。だから、何とか力になってあげたいと思ったんだ。」

「だからって、なんでお前が“カズくん”のふりをするんだよ。」

「本当のことを打ち明けたら、俺も他の人と同じように距離を置かれるでしょ。さっきも言った通り、彼女には誰かしら心を許せる存在が必要なんだ。だから、北条さんが勘違いしているこの状況は好都合なんだよ。」

「でも、お前がわざわざ大して知りもしない他人のために動く必要はないだろ。今日まで存在すら知らなかった相手だぞ。」

「そうだね…。でも…。」




“どうかもう一度お友達になっていただけませんか。”


 不安に押しつぶされそうな中、何とか勇気を出して言ったであろうこの言葉がどうしても和馬の耳から離れてくれなかった。




「――あんな縋るような目で、せめて友達になってほしいなんて言ってきた人を無下には出来ないよ。どうにかできるのも俺だけなんだから。」

「…はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。」


 隆一は頭に手を当て、深くため息をついた。


「お人好しのバカ。」

「うるさいな。」

「また、中学の時みたいにお前が傷つくことになるぞ。」

「別にいいよ。俺が望んでやっていることだから。」

「頑固者め。」


 再び、隆一はため息をついた。


「分かった、協力する。」

「本当か!助かる。」

「その代わり、何か奢れ。定期的に。」

「ぐ…。考えておく。」

「ひとまず協力するとして、俺は何をすればいい。」

「明日、俺が隆一を北条さんに紹介するから、しばらくは3人で行動をしようと思う。折を見て女子で友達になってくれそうな人を紹介してあげたいから、隆一には候補になりそうな子に声をかけてほしいんだ。僕と違って交友関係広いし。」

「候補になりそうなのってどんな子だ。」

「北条さんを他の人と平等に接してくれる、仲良くすることで嫌がらせを受けてもうまく立ち回れる、この辺りが条件かな。」

「だとしたらファンクラブの連中は弾かれるし、うまく立ち回れる人間って言うとそれだけでも条件厳しそうだな。まあ、探してみるよ。」

「ありがとう。恩に着る。」



 そんな話をしていると、不意に和馬のスマホにCONNECTのメッセージが届いたことを告げる着信音が鳴った。送信者は「リア」と表示されていた。告白の後、ユリアに連絡先を知りたいと言われ、IDを交換していた。


「北条さんからメッセージだ。何だろ?」


『ママと一緒に、カズくんが好きだった肉じゃがを作ってみました。明日のお昼、お弁当に入れていくので一緒に食べましょうね!』


 というメッセージと肉じゃがの写真が、ナイフとフォークを持ったよだれを垂らしたアニメ調の猫のスタンプとともに送られてきた。


「うお、めちゃくちゃ美味そうな肉じゃがだな。」


 横から隆一が覗き込んで感心したように言った。


「一応仮とはいえカップルだもんな。北条さんみたいな美少女の手料理を食べられるなんて羨まし…どうした?顔色悪いぞ。」


 隆一は、スマホを凝視したまま青ざめた顔をしている和馬にそう話しかけた。


「し、」

「し?」

「しいたけはダメなんだよ…。」

「は?」

「だから!俺はしいたけが食べられないんだよ!」


 和馬は、肉じゃがに入っているしいたけを親の仇でも見るかのような憎しみのこもった目で凝視していた。


「なんだよ、その弱点!折角お前のために作ってきてくれたんだから、我慢して食えよ!」

「俺は基本的に好き嫌いないけど、しいたけだけはダメなんだよ!あの食感といい味といいヴィジュアルといいどうにも受け入れられない!蕁麻疹が出るくらいだから、我慢してどうこうなるものでもないんだよ。」

「そこまでダメなのかよ。どうするんだ、明日お前が食べることは確定事項だぞ。」

「隆一。」

「あん?」

「助けてください。」


 和馬は、本日2度目の芸術的な土下座を披露した。

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間違い告白から始まる、嘘だらけの恋人関係 焼野原ひろし @tkdtkdtkd

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