第27話 魔王様ランキング
「なーなーまおうさまー」
「はい?」
フィルがいまだ魔王様の村への差し入れについて頭を悩ませている、あれから数日後。
レニとノエを連れて遊びに来ていた魔王に、村一番のガキ大将が声をかけたことに幾分嫌な予感はしたのだ。
だが子供というのはすばしっこいもので、フィルの制止が間に合わぬうちに、その少年は元気よく尋ねてしまった。
「まおうさまって、いちばんよわいのか?」
「うわあああああああああああああ!!!!」
何ということを尋ねるのか。
世界の終わりに遭遇したような悲鳴を上げたフィルとは対照的にきょとんと瞬いた魔王は、「私ですか?」と優雅に首を傾げた。
「なんっ……しっ、失礼なことを言い出すんじゃない!! すみません、魔王様!!」
魔族というものは強さに対して誇りを持つものだと以前バルバザールから聞いたことがある。リッチも極めてシンプルだ、という話のついでに強いもの、楽しいことが好きなのだと言っていた。
ゆえにその能力を軽んじたり侮ったりすれば、怒りを買うのだと。
基本的に誇り高い種族が多いのだと聞いている、その中でトップクラスの力を持つはずの魔王に対して口にしていいことでは絶対にない。
既に遅いとはいえ慌てて少年の口をふさぎにかかったフィルに、魔王は軽く手を上げておかし気に唇をほころばせた。
「ふふ、フィルさん、落ち着いてください。気にしていませんから」
「で、でも……ほんっとすみません!!」
いずれにせよ失礼は失礼である。無礼で非礼で失礼だ。直角を超える勢いで頭を下げたフィルに、首を横に振ってもう一度気にしていない、と告げてから、魔王は顎に手をやった。
「一番、というのは、魔王の中で、ということでしょうか」
「うん。だって、まおうさまって十三人いて、まおうさまがさいごなんだろ?」
「成程」
フィルがこんなにも慌てているというのに、子供の方はけろりとしたものだ。堂々と重ねられる言葉に、フィルの胃が恐ろしい勢いで絞まっていく。それはもう、ぎりぎりと。
真面目な顔で頷いた魔王は、それから少年に視線を合わせた。
「賢い子ですね、一番最後の数だから私が一番弱いのか、と考えたのですね?」
「うん」
「そういった判断ができるのは知恵ですね。よく考えました。……ですが、答えとしては不正解です」
「ちがうの?」
「ええ」
にこやかに頷き、魔王は軽く手を広げた。
「私達魔王に振られた順番は、強弱でのナンバリングではないのですよ。生じた順でもありませんから、年齢順、というわけでもありません」
「じゃあなに?」
「役割です。魔王、という種族には十三の役割があり、その役割が振られているのです。ですから私は十三番目の役割を振られた魔王、ということになりますね。ああ、その役割が何か、というのは秘密です」
冗談めかして微笑んで、魔王様は人差し指を唇の前で立ててみせる。常識はずれに美しい魔王様でもそんな仕草をしてみせると茶目っ気が出るもので、ようやくフィルは動揺から立ち直った。
まったくもって、心臓に悪い。
「えー、じゃあまおうさまはなんばんめにつよいの?」
そしてどうしてこの年頃の少年というのは強弱をやたらと知りたがるのか。重ねられた質問に、けれど魔王はさらに真面目な顔で考え込んだ。
「競ったことはありませんね……私たちが迂闊に競えば、最悪世界が滅ぶでしょうし。一番軽いものでも、国の一つや二つや三つや四つ、うっかりと壊してしまうかもしれません」
怖い。さらりと世界滅亡のフラグが建っている。
それから、国家もあっさりと壊されてしまうらしい。しかも相当な広範囲で。うっかりと。
「そもそも私達に勝てるのは勇者だけとすると、私たち同士で争っても決着はつかないかもしれません。考えたことはありませんでしたが、決着のつかない争いを数百年単位で行うというのは……疲れそうですね?」
「そ、ソウデスネ」
「得意分野も違いますし……フィルさんは先日話した八番目の魔王を覚えていますか?」
勿論覚えている。魔導具などを作るのが得意で寂しがり屋で引きこもりの魔王様だ。
頷くフィルに、魔王はにっこりと微笑んだ。
「八番目の魔王は腕力が全くと言っていいほどありません。ですからそこで勝負をしようとすれば、それこそ子供にも負けてしまうかもしれません。ですが物づくりの天才である八番目の魔王の分野を活かせば、とても強くなります」
「あ、ああ、成程……」
「罠を作るのも上手ですから、概ね八番目の魔王のもとに辿り着く前に撃退されるでしょう」
「戦わなくても勝てるなら、強いですよね」
それなら腕力など関係がない。繰り返し頷くフィルに、それから、と魔王は指を立てた。
「逆に腕力にものを言わせる魔王もいますね。筋骨隆々、というのか、大柄で物理的な意味で力が強い魔王です」
魔族や魔物としてはありな気がするが、フィルの前にいる魔王様が細身であり、例として挙げられた八番目の魔王様がどうやらか弱いらしいという情報のせいで、いまいちマッスルな魔王というのが想像できない。
「例えば拳で王城を割るくらいでしょうか」
もっと想像ができない例えばが出てきてしまった。
「じゃあまおうさまはー?」
「私はどちらかといえば魔力中心、でしょうか。ですが力もそれなりにはありますよ」
「どのくらい?」
「そうですねえ……」
頼むから実践はしないでほしい。はらはらと見守るフィルに、魔王は微笑む。
「ブラックドラゴンは知っていますか」
「うん、えほんでみた!!」
ブラックドラゴンと言えば、丘ほどもある大きな竜のことである。全長何十メートルにもなるそれが、どの程度の体積なのか、実物など当然見たことのないフィルには想像もつかない。
「あれくらいなら、持ち上げられる程度でしょうか」
「!?!?!?!?!?」
それで「それなり」。
流石魔王様、規格外である。あと、どうやってだ。どこを掴んで持ち上げるのだ。
違う、そういうことではない。衝撃のあまり、思考が斜め上を走ってしまった。
「……ともかく、そういう意味で比べるのが難しいのですよ、魔王の力というものは。ですから何番目、とは言えないのですが……そうですね、安心してください」
「え?」
今の何処に安心する余地があったのだろうか。
何とも言えないフィルの声に、魔王は非常に優雅に……そして、気高く微笑んだ。
「万が一にでも、他の魔王たちがこの村と私の村に手を出したとするなら……私は、最強の魔王になって見せましょう。どの魔王にも、負けるつもりはありませんよ」
……とんでもない。
発言内容は恐ろしくとんでもないのだが、何故かフィルにはきっとこの魔王がそうするに違いないことがわかってしまった。
そして、今までの中で一番、魔王らしい、とも。
「……まあ、そうあっては二つの村はともかく大陸が大変なことになってしまいますので、その前に創造神から阻止されるでしょうが」
それからあっさりと言う。魔王と創造神の関係性はよくわからないが、そんな日が来ないことをフィルは全身全霊をかけて祈るべきだ。
もっとも、他の魔王というものがこんな小さな村に用があるとは思えないので、杞憂に過ぎないのだろうが。いや、是非ともそうであってほしい。
「ふうん……?」
わかったようなわからないような調子で相槌を打った少年は、まだ好奇心が抑えきれないのか「じゃあ」と続けて口を開いた。
「まおうさまたちでケンカしたことはないの?」
「魔王様の喧嘩……」
微笑ましいのか恐ろしいのかわからない。国家が滅びていないのでなかったのだろうとは思うが、あったとしてどんな理由でだ。
「そうですね、小さなものなら何度かありましたよ。私は喧嘩側に加わったことはありませんが」
「……あったんですか」
「いつも仲裁側なので、壊す側に回ったことはありませんよ?」
珍しく少しきまり悪げというか、慌てているようにも見える。
喧嘩はよくないことです、というのは一般論であるから、そこを気にしているのだろうか。微妙に可愛げが出ている気がする。気のせいか目の錯覚か、いずれかだろう。
「どういうケンカ?」
「そうですね……ああ、そういえば、どちらの方が強いか、はありました」
「え」
根底から覆された。
力比べで争っているでないか。
「本気で強弱を決めようとしていた、というわけではないのですよ。売り言葉に買い言葉、と言いますか、たまたまその時はそういった流れになってしまって。決着がつかないことは、私達魔王は皆本能的に知っていますから、不毛と言う他ないと思うのですが……」
「そ、それでも喧嘩になっちゃったんですか」
「お恥ずかしい話です。魔族の本能として、やはり強さは価値がありますし、魔王としての矜持もあって……収めるにも何か一つ、きっかけが必要になってしまったのだと思います」
魔族が力に対して誇り高いというのはやはり本当のようだ。
そして魔王と言えば、魔族の中ではトップクラスの実力者、それは易々と引き下がれはしないだろう。言い過ぎたよごめんね、うんいいよ、で終わるようならば、子供の喧嘩のようで微笑ましいがそうもいくまい。
となれば、ぶつかり合って白黒をつけるべしという判断になることもわからなくはない。周囲に与える被害を考えれば楽観視はできないが、それでも。
とはいえである。
そんな度合もわからぬ魔王同士の喧嘩が勃発し、さらにそれをこの目の前にいる十三番目の魔王が仲裁しているということは。
「そういったものはより大きな力や方法で抑え込むのが一番早いですね。そう、確か……そうです、こういったものは喧嘩両成敗、というのでしたか。そう多くはないのですが、魔王の存在ができてからは時代そのものが長いので、何度かはあって……そういうときには、私ともう一人、六番目の魔王で収めることが多いでしょうか」
にこやかに言うことでもない。穏やかな口調と態度に反して、意外な好戦性である。
そして、魔王同士の力の激突などという恐ろしいものを止める、それができるということは、である。
「……じゅうさんばんめのまおうさまって、つよいんだな」
少年の呟きに、フィルは深く深く頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます