第26話 空間魔法と魔力系統の話
「いっそ両方の村の近くにゲートでも作ってもらったらどうだ?」
「ゲート?」
「空間魔法のひとつで、空間を捻じ曲げて離れたところも繋げられるって魔法だ。空間に開いた穴をくぐると、繋いだ先に出られる」
「バルバルさん、通ったことがあるんですか?」
「二度だけな。そうそうあるもんじゃない。理屈はワープと同じなんだろうが……昔そう言ったら魔術師仲間にすごい剣幕で怒られたから、厳密には違うものらしい。説明を受けたが俺にはさっぱりわからん。知りたきゃ魔王様かあのリッチにでも聞け」
「はあ……それをくぐるとどういう感じなんですか?」
空間、という概念がフィルにはよくわからないが、両方の村の近くにゲートを、ということは距離的な何かなのだろう。
そのゲート、というものをつないで二つの村の行き来をつなぐ、というものなのだろうとはおぼろげに理解できる。
そこまでは理解できるのだが、捻じ曲げた空間を通る、という感じがよくわからない。
「別にどうということもなかったな。何となく背中がざわっとした気がした次の瞬間には、向こうに出ていたから」
「何か、想像できないです」
「そうだな……フィルの家のドアを開けたら魔王様の家に出た、みたいな感じを想像しろ。ドアをくぐる瞬間、背中がざわついた程度、ってところだ。とは言っても、感じ方には個人差があるらしい。パーティの中には酔った奴もいたしな」
酔う。
その感覚もよくわからない。何とも言えない顔をしているフィルに、バルバザールはフィルを見直し、何故か軽く頷いた。
「フィルなら平気かもしれないな」
「え?」
「魔力がある奴ほど異常を感知して酔うらしい。魔術師連中は俺たち剣士より影響が出ていたからな。フィルは魔力がないだろう」
「はい」
「だから、空間魔法の影響は受けにくいんじゃないか」
成程。
別段魔力がないことに不便を感じたことはないし、そもそも持っていないからその利便性もいまいち想像ができないが、ないことに対してメリットが発生するというのは初めて知った。
勿論高名な冒険者であったバルバザールですら二度しか使ったことがないというゲートなど一生くぐることはないだろうから、使えないメリットではあるのだが。
「便利そうですけど、まあ、歩いて一時間くらい大した距離じゃありませんからねえ……」
「連絡だけならレコードバードがやれるしな。まあ、今後必要になったら魔王様に頼めるように、覚えておけ」
もっともと言えばもっともだ。例えば何かあった時、一時間が致命的な距離になる可能性だってないではないし、互いの村の交流が盛んになった後、子供やジジババ連中が安全に行き来するためにはあった方がいいのかもしれない。
そんなときのために「そういうものがあること」は覚えておいて損はないだろう。
「……って、魔王様がそれを作れること前提に話していますけど、作れるんでしょうか」
「逆に聞くが、作れないと思うのか」
「えーっと……」
あふれる魔力の魔王様であり、勇者以外には倒せない魔王様である。
彼にできないことの方が想像しにくいところはある。
「十三番目の魔王についてはともかく、魔王についての記録ならそれなりに残っているが……魔王ってのは全属性の魔法を使いこなすらしいからな」
「え?」
「人間は一系統から三系統がせいぜいだ」
「そういえば、この間リッチさんがバルバルさんが炎の属性だって……」
「あー……」
少々迷ったように視線を泳がせ、それからバルバザールは浅く頷いた。
「俺は炎がメイン、風がサブの二系統だ。相性はいいが、つぶしは利かない。炎と水のように対照的な魔力系統なら隙も少なかったんだがな」
「そういうものなんですか?」
「とはいえ、そう悪いもんじゃない。そうだな、例えば相手が植物系の魔物だったとするだろ。炎と水の使い手なら基本有効属性は1、炎と風なら2だ。わかるか?」
何となくわかるような気がする。相手が植物ならば炎と、それを後押しする風が強いだろう。水は植物属性の魔物にはむしろ喜ばれそうだ。有効なのは炎の方だけになってしまう。
「だが、相手が炎属性に強い魔物の場合は、風だけで対応しなきゃならなくなる。炎属性に強い魔物は大概風にも多少の耐性を持っていたりするからな、そこは水属性の魔力系統を持っていた方がいい。例えばそうだな、サラマンダーなんか、俺には最悪の相手だ」
「さらまんだー」
図鑑で昔見たことがある、燃え盛る炎のオオトカゲだ。体全体に火をまとい、同時に炎のブレスも吐くらしい。聞いただけで恐ろしい。
「火は全く効かないし、風もむしろ煽っちまう。かまいたちにすりゃ効果があるが、燃費が恐ろしく悪い。俺の魔力系統的にはサラマンダーは最悪パターンだ」
「っていうことは、倒せないんですか」
この村にそんな魔物が来たら大災害だ。バルバザールでも対応できないとなるとシスターだが、幾ら強いとは聞いていてもフィル自身がその姿を見たことはないし、どうしてもたおやかな女性を前線に放り出すことには抵抗がある。
流石にそんな天災クラスの魔物が来るなど想像したくはないが、可能性がゼロではない以上、一応は警戒して対応を練っておいてしかるべきだろう。
そんなフィルに、バルバザールは肩をすくめた。
「サラマンダーも倒せなくて名の知れた冒険者になれるか」
「え」
「俺の魔力はあくまで補佐的なもんだ。そもそもは剣士、双剣使いだって言っただろうが」
「え」
「魔法が使えなきゃ物理で殴れ。簡単な話だろ」
それは決して簡単な話ではない。そんな燃え盛る魔物、近付くのだって大変ではないか。
「魔術師に防炎魔法をかけてもらって近づいて殴る、でもサラマンダーは倒せる。タフはタフだが、不死身じゃないからな」
改めて目の前にいる男が腕利きの冒険者だったことを思い知らされながら、フィルは思わず引きつった笑いを漏らす。そして、そんな男が初対面で絶対の死を感じたという魔王様のとんでもなさも同時に。
「……とはいってもだ、この村にサラマンダーは来られないだろ」
「生息地とか、そういうのが遠いんですか?」
それなら少しは安心だ。そう思って尋ねたフィルに、バルバザールは大変生温い視線を注いだ。少し顎を上げて、フィルの腰回りを示して見せる。
「魔王様の気配をまとった村長がいる村を襲う魔物なんざ、狂ってるさ」
「……」
言われてみればそうだった。フィルは最強の護符をまとっているに等しい。この気配に勝てるとしたら勇者だけで、その勇者は一辺境村の村長Aであるフィルを害する必要はない。
「あれ、でも魔王様のアミュレットを持っているって、俺も本来は勇者にとってはアウト案件……?」
人類を裏切って魔王についた人間、などという扱いになりはしないだろうか。
新たな可能性に気付いて青ざめたフィルに、バルバザールは首をひねった。
「当代の魔王はあの魔王様じゃないわけだからな。別にいいんじゃないか。今回の討伐対象の魔王様と誼を通じりゃ別だろうが」
「ああ……」
人類の敵として認識されているのは、別大陸の今回の当番の魔王様である。
どんな魔王なのかは知らないが、確かに人類の敵という意味での魔王様は、今代はそっちだろう。十三番目の魔王様については見た目が人間離れして美しく、とんでもない量と濃さの魔力を持っている魔族に過ぎない、はず。
「プリンスオブ魔族に好かれた村人、ってだけなら勇者からはスルーされるだろうさ。いや、珍しがられるかもしれないが」
「プリンスオブ魔族……」
魔王様なのだから魔族の王なのだろうが、王子様も似合いそうだ。麗しさ的な意味で。綺麗なお姫様とダンスでも踊れば、村の女子たちが喜ぶ恋物語でも生まれそうである。
何やらおかしな方向に考えが飛んで行ってしまった気がして、フィルはぷるぷると首を振った。絵画的な美しさについてはそれはそれは素晴らしいものになるであろうが、フィルの想像力では限界がある。
そもそもお姫様など見たこともない。
「バルバルさんは見たことあります?」
「なにを」
思わず脳内のおかしな想像の先を思わず口に出してしまっていた。訝し気なバルバザールに「あ、お姫様とか」と言い直すと、バルバザールはひょいと肩をすくめた。
「一冒険者が会うような相手じゃないだろ。たまたまタイミングが合って王都の祭典なんかで遠目に見ることはあるが、王族と直接拝謁するのなんか勇者くらいだ。でなきゃ英雄とかな」
「勇者と英雄って別物ですか」
「ああ。勇者ってのはまあ魔王様の言う通り相当特殊だが、英雄ってのはもう少し多いな。要はデカい魔物を討伐したとか、街を救ったとか、そういう功績があればナントカの英雄、って呼ばれる。こっちは場合によっては令嬢くらいには会うし、規模がデカきゃ王族に会うこともあるだろ」
成程、と頷く。あいにくというのか幸いというのかフィルはそのいずれにも会ったことはないが、一般人などそんなものだろう。よくよく目の前で欠伸などしている門番が実は特殊な存在だったのだなと思い知るばかりである。
「そっちには会ったことがありますか?」
「そっちってのは英雄か? まあ、あるにはあるが……ろくなもんじゃないな」
不意に苦々しげな顔をして、答えたバルバザールは口を閉ざした。これ以上は言いたくない、というように首を横に振る。
以前英雄に会った時に嫌なことでもあったのだろうか。
不愉快そうにしているのを重ねて尋ねる気にはならず、フィルはそうなんですか、と当たり障りのない相槌を打った。
「……まあ、どっちも不穏の象徴みたいなもんだ。こんな村じゃ縁はないだろうよ」
「平和じゃなくて、不穏の象徴なんですか?」
おかしなことを言う。平和をもたらしてくれるはずの勇者や英雄を不穏の象徴などと呼ぶのはそぐわない気がして、フィルは首をひねった。皮肉に唇をゆがめたバルバザールが頷く。
「そいつらが必要される世界ってことだろう。十分不穏さ」
「……成程……?」
考え方によってはそうかもしれない。だが本来ならばもっとてきめんに不穏の象徴である隣人を抱えているため、天に唾吐く発言になるような気がして、フィルは曖昧に笑った。
「……ま、空間魔法も魔力系統も勇者も英雄も、こんな森の奥じゃおとぎ話みたいなもんだ。話半分に聞いとけ」
「うわっ!!」
ばしん、と思い切り背中を叩かれてよろめく。
身長はフィルの方が幾分高いが、元冒険者のバルバザールの方が当然力は強い。手加減はしてくれたのだろうが、じんと背中が痛い。
ひらひらと手を振って去って行ってしまったバルバザールを見送り、フィルはため息をついていまだ目の前にいたレコードバードと見つめ合うことになったのだった。
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