第24話 お祭りDE魔王村
それからまた、一週間ほど後のこと。
クラリッサは、思いの外うまくやっているようだった。
それこそ魔族魔物オタクにとっては垂涎の環境であるところの魔王村で暴走するかと思いきや、焦らなくても好きなように見聞きできるという環境が功を奏したのか、毎日鈍器のごとき分厚い本を抱えて村のあちこちをうろついては悦に入っているという。
魔族である村人たちには若干気味悪がられているらしいが、疎まれてはいないそうだ。魔族に気味悪がられる人間というのもすごいな、とフィルなどは思う。
……そう、フィルは魔王以外だとエキドナとリッチくらいしかまともに会ったことはないが、村には魔族が住み始めているらしい。
ちらりと遠目には何人か見かけているが、フィルが知っているものも見たこともないものも混ざっている。フィルには魔族と魔物の境というものがよくわからないが、うっかりクラリッサに尋ねようものならばひどい目にあうだろうことはわかっていたので、いつものようにマンドラゴラニンジンを届けてくれた魔王に聞くことにしたのだが。
「魔物と魔族の違い……ですか」
魔王は首を傾げてしまった。
「あれ? えっと、魔王様にもわからないことだったりしますか?」
「いえ、あまり考えたことがなかったので。魔素を宿し、魔力を持つという意味なら共通ですし、姿かたちが人間とは違うという意味でも共通です。やや人型が魔族、と言えないこともないのですが……人に似た形をしていても魔物、というものもいますし、意思疎通ができる魔物もいますから、それも違いますね。厳密な違いというと……そうですね……」
「ふぅむ。確かに厳密な違いを説明しようとするとなかなか難しいですな」
顎に手をやったお供の骨姿のリッチも首をひねるものだから、何となく悪いことを聞いてしまったのかと慌ててしまう。
ハーピーは、だのラミアは、だのケンタウロスは、だのとあれこれ相談する魔王とリッチは真剣だが、そんなにややこしい質問だとは思わずに気軽に聞いてしまって悪いことをしただろうか。
「厳密には異なりますが、ひとくくりに説明するのは難しいですな」
「魔力は魔族の方が多いですが、幾つ、と数値にできるものでもありませんし、そもそも見えるものではありませんしね」
「ああ、でしたら魔王様。我らの宴に村長殿をお招きしてはいかがですかな」
「えっ」
また物騒なワードが飛び出してきたような。
我らの宴。魔族の、もっと言うなれば魔王の宴。……魔王の宴?
「えっそれはちょっと敷居が高すぎるような!?」
「そんなことはありませんよ、ごく普通です」
「いやその普通の定義がですね?」
魔王様とフィルの間の普通の定義は、それこそ天と地ほどの差がある可能性が高い。その普通を真に受けてのこのこと訪問したら、心臓に多大なる負荷がかかる可能性がある。
そこでふとあることに気付き、フィルは瞬いた。
魔族の宴というものが何なのかはよくわからないが、宴や祭りといえば食事が伴われるだろう。
魔王様はフィルの村のお茶やババ様の飴を喜んだが、魔族と人間の食事は違うのだろうか。
「……魔王様、普段何を食べてます?」
「はい?」
「あ、いや、ええと」
「ほほ、成程、村長殿は蝙蝠だのカエルだの魔物の目玉だの、そういったものを宴で出されるのではと危惧されておいでですな?」
首を傾げた魔王とは対照的に喉の奥(骨だが)を鳴らすようにして笑ったリッチがおかし気に言う。思い切り図星ではあるが、その辺りの物品がつらつら出てくる辺り、まったくフィルの考えすぎではないと思う。
「我々魔族に人間のような意味での食事の必要性はありませんが、嗜好として好むことはありますぞ。マイマスターは特にその傾向がおありですな」
「そうですね、食べずとも生きていけますが、人間の食事は美味しいものが多いので。それに、レニとノエと共に食事をするのが親代わりとして私がしてあげられることでしょう?」
美貌の魔王様は相変わらず子煩悩であるらしい。
にっこりと笑みを深める様子は、子供との食事を喜ぶ親そのものだ。
「そうです、よろしければ村の皆さんもいかがですか? まだ遊びに来ていただけたことがありませんでしたし、これを機に村祭りの名目で」
「ああ、それがようございましょうな。顔合わせもできますし、一石二鳥かと思いますぞ。このリッチ、魔王様の家令として万全のおもてなしをお約束いたしましょうとも」
とん、とリッチが胸を叩けばぽきん、と軽い音がする。よもや折れたのではあるまいな、と心配になるが、リッチはけろりとしている。いや、しゃれこうべなので表情などわかりようもないのだが。
「村祭り、ですか……」
「ええ。村にはお祭りがあるものなのでしょう?」
「あー……そうですね……」
フィルの村でも収穫祭や年越しのお祭り、大物が狩れた時の祝いの宴などは存在する。辺境の村は娯楽も少なく、祭りは数少ないその娯楽である。
祭祀的な意味合いもないではないが、概ね歌って騒いで美味しいものを食べる日、という程度の認識で間違いない。
「魔族のお祭りって、どんなことをするんですか?」
「種族や階級によりますね。基本的に魔族というのは享楽的な性質を持つものが多いので、お祭り騒ぎは好きですよ」
「享楽的……」
思わずまじまじと魔王様を見つめる。上品で穏やかに振る舞うし、面差しもその物腰にたがわぬものであるこの美しい魔王から享楽的、という言葉が出るのは、何とも不似合いなように思う。
「魔族というのは基本的にシンプルですからな」
「シンプル、というと」
「強いもの、愉しいことが好きで、弱いもの、つまらないことが嫌い、といえばわかりやすいでしょうか」
「そ、それはまた……」
「そうそう、例えばマイマスターに懲りもせず求婚を繰り返す魔族などもおりますぞ」
「はい!?」
楽し気なリッチの言葉に思わず声がひっくり返る。いや、この美しい魔王であればそれは引く手あまたかもしれないが、魔王であるがゆえに易々と求婚をできる相手だとは思えないのだが。
「そ、それは何て言うか、すごい女性がいるんですね……」
「女性? ああいえ、あちらも男性ですよ」
「はああああ!?」
「とにかく強いものが好きな子なのです。そういう意味では魔王は魔族としては随一ですから。私には性別という概念がそもそもありませんし」
「え、あ、いや、それならいい、んでしょうか?」
おそらくよくはないが、もはや正解の反応がわからない。戸惑うフィルに、魔王様はおっとりと笑う。
「私に勝てたなら話くらいは聞くと約束していますよ」
「……その魔族の人、魔王様に勝てるんですか?」
「無理ですな。可能性としては、ゼロよりはるかに下回るくらい、無理ですな」
にべもない。きわめてすがすがしくばっさりである。ふふ、と魔王は柔らかく笑っているが、内容的におっとり笑っていていいのだろうか。
「挑まれては返り討ち、瞬きの間も不要ですぞ。まかり間違って天地がひっくり返っても、あのものが魔王様に勝てるはずがございません」
「ええ……ああそうか、魔王様に勝てるとしたら」
「ええ、勇者だけですね。……おや、では同じ条件で私が求婚を受けられるのは勇者だけなのですね。まあ、まず求婚されませんが」
どんな世界観の話だ。いやしかし、勇者と魔王が手に手を取り合ったとしたらそれはそれで世界が平和に……。
(ならないか。……魔王様が勇者に倒されることで、世界が巡るって言うなら)
考えるだに、苦い。
一瞬唇をかんで、それからフィルは努めて明るい声を上げた。
「成程、それで楽しいことが好きなのはわかりました。じゃあ魔族の皆さんにとってもお祭りは馴染み深いものなんですね」
「ええ。とはいっても、私はあまり定住することがなかったので、他の魔族に比べればあまり祭りには縁がなかったので……」
「はい?」
「……楽しみです」
おっとりとしていた笑みに、何処か無邪気な色が乗る。優しいまなざしは村の中を眺めていて。
ああ、この魔王様は本当に村長なのだなあとどこかしみじみとした気持ちで、そう思った。
もし魔王様が本気で村祭りを開催するつもりで、隣村のフィルたちを招待してくれるつもりならば、お礼の品を用意して是非参加するべきだろう。
最近娯楽らしい娯楽もなかったから、子供たちも喜ぶに違いない。
とはいえ、フィルは村長として村人の安全を守る義務がある。お祭りがどんなものなのか、よくよく聞いておかなければなるまい。
「具体的にはどういうことをするお祭りなんですか?」
「先程申し上げたように、種族や階級によって異なりますが……十三番目の魔王である私に限って言うなら、そう変わったことはしませんよ。魔族の村人の歌や踊り、御馳走……といったところでしょうか」
「おお……」
まともである。そのコンテンツを聞くだけならば、フィルの村ともそう変わるところはない。
警戒しすぎるのも失礼か、と思い直しかけたところで、魔族の歌や踊り、というところに引っかかった。
……それは、普通なのか?
「えーと、その歌や踊りに何かこう、人間と違う効果があったりは……」
見た目や声が違う、というのは、まあいい。魔族なのだから、そこは違っていい。珍しい歌が聞けるかもしれないし、踊りが見られるかもしれない。
そこについてはまあ問題ないのだが、フィルが問題視しているのは魔族には問題のないが人間には何か影響のある作用がうっかりとその歌や踊りに含まれていないかという点だ。
魅了されて聞きほれるだとかその程度ならばまあ良いにしても、フィルには想像もつかないようなトンデモ効果が出てしまうようならちょっとまずい。
そう思って尋ねると、きょとんとした魔王様は効果、と呟いてからリッチを見た。
「リッチ、どうでしょう」
「ふむ、そうですな。村長殿のご懸念通り、魔族の歌や踊りの中には人間に対して何らかの効果を及ぼすものもありますな。ですが、すべてがすべてそうというものではありませんから、問題となりそうなものさえ避けておけば問題はないと考えますぞ」
「問題というと……」
「気分の高揚や魅了というものですな。元より踊りや歌というものにはそういった効果が高いので、その意図をもって行わずともある程度効果が出てしまうところはあるのですが……宴の特性上、それはおかしなものではございませんし、それほど影響はないと思いますぞ」
確かに宴と言えば酒の酔いもあって気分が高まったり陽気になったりする。それが魔族の踊りや歌のせいかどうかは判断がつかないだろう。
ならば、村の交流として……ある程度何をやるのか聞きつつ参加するのが良いだろう。
それに、何となくの恐ろしさはあるにはあるが、興味もあるのだ。
魔族の宴など、当然ながら今まで見たことも参加したことがない。楽しみに思っても、仕方がないだろう。そう考えていたフィルを見た魔王は、楽し気ににっこりと笑った。
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