第10話 魔王様についてのエトセトラ
「私達バトルシスターは、純粋なシスターとは教育内容が異なるのです。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。人間、魔族、魔物、亜人など、それはもうたくさんの種族について学びます」
「へえ……」
「勿論魔王様についてもその教育の一つです。勇者の歴史と魔王様の歴史は、切っても切れない関係にありますからね。敵対するかどうかはその時々になりますが、それは置いても蓄えた知識は武器になります」
「……ええと、ってことは……その」
バトルシスターたちにとってはフィルがひっくり返りそうになるほど驚いた世界が続いていくための儀式のような、魔王と勇者の戦いについても知識の一つなのだろうか。
だが巧く尋ねられる気がせず、何となく言いよどんだフィルに、首を傾げてシスターは不思議そうな顔をする。
何となく尋ねるべきではないような気がして、フィルは何でもないです、と言葉を切った。
フィルは所詮、物語的には村人Aである。だから魔王が何でもないように語った世界のルールも知ったところで胃が重くなっただけで世界に何も影響は及ぼさないが、元有名冒険者が相手では、どうなるかしれない。
そう思ったのだが、微笑んだ魔王が引き取るように続けた。
「確かに、私達魔王はそれぞれに特徴がありますから、知っておくと便利かもしれませんね。魔王討伐の際に弱点を知っておくのは大切なことです。腐っても魔王、それなりに皆強いですから、確実に倒すためには弱点を突くのは有効でしょう」
「魔王様的にその発言はありなんですか」
「それは勿論、勇者に倒されるのが魔王の役割ですから」
「え、いや、その、だから」
その発想自体どうなんだ。
何とも言えない顔をするフィルに、魔王はくすくすと喉を鳴らすようにして笑う。
「ちなみに、十三番目の魔王であるところの私は勇者に倒されたことが二回ほどあります」
「はい!?」
「とても方向音痴の勇者が一回、とても臆病な勇者が一回ですね。方向音痴の勇者は何をどう間違ったのか、一番目の魔王の大陸に生まれたというのに四番目の魔王の大陸に迷いついてしまったそうで。臆病な勇者は、怖がりすぎて生まれた村から出られなくなってしまったようで、たまたまその近くにその時居を構えていた私が代わりに」
「何ていうか、その……」
がっかり勇者が過ぎる。しかしこのもやもやした気持ちは何なのだろうか。
勇者ががっかりだったこと、なのか、勇者ががっかりだとしてもその勇者に倒されなくてはならない魔王を考えて、なのか。
「……フィルさん」
「!!」
そんなことを考えているフィルの腕にそっと手を置いて、魔王は柔らかく微笑んだ。
「フィルさんが生きている間は、私が勇者に倒されることはありませんよ。もう勇者と三番目の魔王が縁を結んでいますし、別の大陸ですから。心配してくださって、ありがとうございます」
「……はい」
その気持ちが心配だったのかは、フィルにもよくわからない。けれど、その魔王の微笑みに何となく胸に凝ったもやもやとした気持ちが薄くなったような気がして、フィルもぎこちなく笑い返した。
……そうだ、まだ友人といえるほどの関係ではないかもしれないが縁のできた村長同士、勇者に倒されることなど考えたくもない。
冷静に考えれば人間としては勇者を応援するべきなのかもしれないが、見たこともない別大陸の勇者よりも目の前の村長仲間の魔王様である。
……ただ、フィルが生きている間は、という言葉から、魔王と人間との違いを新たに思い知らされて、落ち着かない思いもあるのだけれども。
「とはいえ、私達バトルシスターが知る魔王様は、あくまで人間目線の知識でしかありませんから、実態に即しているかまでは存じませんが」
「そうなんですか?」
「ええ、私達が知る魔王様の知識というと……」
頬に手を当てたシスターは、つらつらと説明をしてくれた。
曰く、4大陸のそれぞれには魔王城があり、それぞれの魔王が治めている。魔王たちは基本的には人間には無関心だが、時折戯れに人間の里を侵略する。
その際に光の神より加護を受けて生まれるのが勇者であり、勇者は侵略を始めた魔王を倒し、大陸には光が取り戻される。
魔王たちはそれぞれ各地方、各魔族を治め、支配しており、四番目まで以外にも十三番目までの魔王がいる。
魔王たちは気まぐれであり、人にとっては敵にも味方にもなりえる……など。
「概ねその通りですね」
「……戯れに侵略、っていうところが間違っているじゃないですか」
「まあ、人間にとってはそう見えるでしょうから、仕方ないかと思いますよ」
何故先程から魔王のことでフィルが眉間にしわを寄せ、魔王が人間側の立場でフィルをなだめているのか。
とことん、変わった魔王である。
「とはいえ、四番目までの魔王様方については子供向けの絵本にもなっていますが……それ以外の魔王様については謎が多いのです」
「特に隠しているわけではありませんが……確かに、魔王として有名なのは四番目の魔王までですね」
そう聞くと、気にはなってくる。平和かつ平穏な暮らしに魔王図鑑は必要ないとはわかっているのだが、変わっているのがこの目の前の魔王だけなのかも含めて、気になってしまう。
何となくそわそわとするフィルに気付いたのか、またくすりと笑った魔王は首を傾げた。
「では特別に、八番目の魔王のことなどを」
「え」
「八番目の魔王は、とても怠惰で引きこもりです。おまけに人見知りで内弁慶なので、ほとんど自分の住処の黒の塔から出ません。その分魔導具研究に熱心で、よく面白いものを作っていますよ」
「たいだでひきこもりでひとみしりでうちべんけい……」
それは果たして魔王として成立するのか。間違いなく、変わっている。
そもそも魔王であるというのならばイレギュラーが発生した時、メイン四人以外の魔王も勇者の前に立ちはだかるわけで、そんな状態の魔王がどうやって勇者と接点を持って勇者に倒されるというのか。
黒の塔というのが何処にあるのかもフィルは知らないし、どんな場所かもわからないが、塔から出てこない魔王と、外から呼びかける勇者などになったとしたら、それは別ジャンルの物語である。
セレナーデやら愛の花束やらが出てくるたぐいの、そういうアレだ。
……八番目の魔王の外見が、無性に気になるシチュエーションである。
「人前に出るときにはそれらしい仮面をしていますよ。表情が見えない分、かえってそれらしく見えるかもしれませんね。比較的私とは親しいので、時折話をしますが……そう、周囲のことにほとんど関心がないので、私が眠っていたことを知らなかったようで。どうも、返事をしない私に見捨てられたと思って百年ほど泣き暮らし、百年ほどふて寝していたとか」
「う」
重すぎる。なんだその交友関係は。というか、交友関係なのか、それは。
「魔王としての役割はどの魔王もきちんとこなせるように備わっているのですよ。ですから、方法は違ってもそれなりに魔王ができます」
「ま、魔王ができるっていうのもすごい表現ですね」
「ふふ、そうかもしれませんが……大体どの魔王も、何かしら変わっていますよ」
「そ、そうみたいですね……」
これは十三人分聴いたら、魔王の概念が蒸発するタイプの話題だと悟る。
聞こえないふりをしているシスターは賢い。人間の身として、深すぎる魔王の淵を覗くには今のフィルでは覚悟が全く足りていない。
「……さて、シスター」
「はい」
「教会はそうですね、向こう百年ほどは傷まないと思いますので、安心して皆さんを迎えて差し上げてくださいね。これだけ建物の記憶が残るほど大切にされていたあなたと、過去のシスターたちに、敬意を」
「……ありがとうございます、魔王様」
ふわり、と微笑んだシスターが、両手を組んで軽く膝を折る。
ひっくり返りそうなほど慌てていた姿はすでになく、彼女自身が宣言したように、まるで信仰を捧げるような敬虔さだ。
行きましょう、とまた魔王に軽く腕に手を置かれ、フィルも頷く。
「それでは、お邪魔しました、シスター」
「失礼します」
「魔王様、フィルさん、お二人に神のご加護を。またいつでもいらしてくださいね」
シスターに見送られ、フィルは魔王とともに教会を出た。外から見てもはっきりわかるほど修復された教会に、思わずため息をつく。魔力というのは、本当にでたらめだ。魔力など全くないフィルからしたら、ほぼ奇跡のようなものだ。
「……すごいですね」
「はい?」
「魔力って、なんでもできるんだなあ……」
思わずの呟きに、けれど魔王はことのほか真剣な顔をした。
「何でも、はできません」
「え?」
「以前にお話ししたとおり、亡くなった方を蘇らせることはできませんし、そもそも魔王は生命を作り出すことに関与することができません。魔族や魔物を生み出せるのは、魔族や魔物は生命ではなく魔素で生きているからです。建物を直すことにも生は関係しませんし、教会にあった魔素のない自然の植物の蔦は、蘇らせられませんでした」
「あ……」
隣村の復興の話の時に聞いた。亡くなった村人たちを蘇らせることはできない、それができるのは神だけだろう、と。
「あ、あの、俺、いや私、無神経なこと」
「ですから……生を育むあなたたち人間を、私はとても貴く思います」
無神経にすごい、などと言ってはいけなかった、と焦るフィルに、魔王は緩く首を横に振ってそう続けた。瞳は柔らかな慈愛の光をたたえて、愛しそうに村を見る。
「私達魔王は一つの魂を繰り返します。記憶も継ぎますし、見た目も同じにすることができます。一つの、その時だけの命や姿を持ちません。そのことが悲しいわけではないのです。魔王として生まれるというのは、そういうことですから。ですが……そう、私がこの巡りでは人間の生活にかかわろうと思ったのも、人間の生き方が眩しかったからなのかもしれません」
何となく、しっくりと来たような気がした。この魔王が変わっている理由。穏やかで、優しい理由。
……この魔王は、きっと人間が好きなのだ。
二百年か、それよりも前の生でか。何か、人間を好きになるような出来事があったのか、それとも十三番目の魔王、というのがそうなのか。
それはフィルにはわからないが、この魔王の村を見る瞳は好きなもの、愛しいものを見るそれで、何故かフィルにとって、それがとてもくすぐったいものだった。
いつか、この魔王が何故人間を好きになったのか、聴いてみたいものである。
そんなことを考えていると、二人の斜め前の方から不意にぷかり、と嗅ぎなれた煙の香りがした。
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