悪役令嬢の幸せ……

にのまえ

 つくづく自分は悪役令嬢なんだと、この運命を呪うしかなかった。

 三日後に迫る王城での舞踏会。その衣装合わせと、書庫に行った帰り道。


(ほんと、いやになっちゃう)


 男爵令嬢のあの子もあの子だ。ゲームと同じ流行遅れの衣装を着て、私に罵られるイベントをそわそわ待っている。

 しかしながら、あれはゲームだけのイベントですわよ、ヒロインさん。

 どこからでも見渡せる、庭園のど真ん中で、目立ちたくありませんわ。

 素通りしようとしたのだけど、自然と足が止まる。これはイベント。それとも好きだった殿下の笑顔を久しぶりに見たせい。

 でも、不思議なの。あの子と過ごす殿下を見ても、心はちっとも痛まない。

 一年前の私なら文句の一つも言いに行っていた。いまとなってはその文句すら出てこないし、近付きたいとも思わない。

 殿下の心が離れて一年以上も経つのですもの、百年の恋も冷めてしまったみたい。


 だから「婚約を破棄してください」と殿下に伝えた。しかし、カシム殿下は渋い顔をして、首を縦には振らない。ゲームの設定で卒業式まで言えないのかしら、残念。


(あの子もいることだし、午後のダンスレッスンは中止ね)


 予定もなく王城に残っていても仕方ない、専属メイドに帰りの馬車を呼んでもらわないと。借りた本も帰って読もうと振り向き何かにぶつかった。

 

(あっ)


 驚いた拍子に本が手元から床に落ち、バランスを崩し後ろへと倒れる所を手を掴まれて転倒は免れた。


「驚かせてすまない、カタリーナ嬢」


 ふわりと鼻をくすぐる爽やかな香り、凛とした声に見上げるとやはり隣国の王子アーサー殿下。

 整ったシルバーの髪は光に反射してキラキラと眩しく。切れ長で澄んだ青い瞳は私を見つめていた。


 この時間は部屋に篭り書類整理のはずの彼が何故ここに。

 私をキリム殿下の婚約者だと言って一定の距離を開ける彼。


 視線は庭園の方を見てらっしゃる。

 あぁ、あの子を見ていてたまたま近くに来てしまったのね。貴方も攻略対象の一人ですもの。

 でも、ゲームとは違い約半年も遅れて学園に入学。他の攻略者より頑張らなくてはね。


 彼はもう一度謝り、足下に落ちてしまった本を拾い渡してくれた。


「ありがとうございます、アーサー殿下。あちらに混ざりたいのでしたら行ってください」


 そう伝えて目線の先を庭園にいる彼らに向けた。

 しかし、彼は予想を反し眉をひそめた。


「いいや、私は遠慮する。部屋で書類の整理をしていたのだが気分転換にと庭園に出て来たがあれではな。婚約者を持つ身のくせにキリム王子は信じられない」


 彼のいつもより低いトーンに鋭い青い瞳。

 もしや私の言葉で、アーサー殿下の気分を害してしまった私は慌てて深々と頭を下げた。


「失礼いたしました、アーサー殿下」

「いや……そうだな、私はあなたの言葉に少々傷付いた、その償いをしてもらうかな」

「償いですか?」


 いつもとは違うアーサー殿下の態度にどうしたのかと見上げれば、彼の口元は楽しそうに口角が上がっていた。


 戸惑いを見せる私に「くくっ」と含み笑いをしたあと「カタリーナ嬢行くか」と本を抱えた私の腕を掴んだ。

 どういうこと、極力、私に触れようとはしなかったアーサー殿下がなぜ。


「あ、あの……」

「私に黙って、ついて来なさい」


 そう言われて連れてこられたのはダンスホール。


「償いに、私とダンスを願おうか」

「アーサー殿下とダンスですか?」


驚く私の腕から本を取り上げて、彼はホールの中に入って行ってしまう。


「お待ちください、アーサー殿下!」


 彼の名呼び後を追い掛けた。

 端に本を置くと彼はホールの真ん中まで進み、こちらを振り返った。


「この、ダンスの間だけでも私のことをアーサーと呼んでくれないか。カタリーナ嬢にそう呼ばれたい」


 今日のアーサー殿下は変だわ。いつもの強気な彼とも、どこか違う感じがした。


「カタリーナ嬢、呼んで」

「ア、アーサー様」


 いけないことだけど、口にすると胸が高鳴った。

 彼を見れば極上の笑みを浮かべている。その笑みを蓄えたまま胸に手を当た。

 私もそれに応えるようにスカートを掴みお辞儀を返す。


 惹かれ合うようにホールドを組み、二人だけのダンスホールでのダンスが始る。

 華麗なステップ、優しく、私をリードしてくれるアーサー様。

 カシム王子の強引なダンスとは違い、つねに女性を労るダンス。


「カタリーナ嬢は、ダンスが上手いな」

「いいえ、アーサー様こそ」


 貴方の青い瞳に見つめられるだけで勘違いしそうになる。

 

(貴方が私の婚約者ならよかったのに、と……)

 

 その直後、ゴクリと喉の鳴る音。


「くっ、なんて瞳だ。貴方のその瞳で見られると私は我慢ができぬ」

「えっ?」


 絞り出された彼の声。ダンスの途中で手を引かれて、アーサー様の香りが一段と濃くなった。


「アーサー様、ダメです。こんなことをしては……」


 口ではダメと言いながらも心は喜び、体も離れたくない。

 私はいつの間に、こんなにも貴方に惹かれていたの。


「いいんだ、自分の気持ちに正直になるんだ」

「自分の気持ちに、いいのですか?」


 そう呟いた私に「そうだ」と彼の抱きしめる腕に力が入る。彼の腕の中で、ひとときの幸せを感じていた。


「……ふうっ、邪魔者が来たか」


 彼は深くため息を吐き、ホールの入り口に目をやった。

 直後に金属の擦れる音、複数の足音がダンスホールに近付いてた。

 

 その音の中にはさっきまで庭園にいた、キリム殿下の声も聞える。


「アーサー様」

「大丈夫だ、カタリーナ嬢。俺だけを見ろ、お前をここから連れ去ってやる」


(ここから、私を連れ去る?)

 

 ダンスホールの入り口で一つの足音以外止まった。

 その一つの足音はカツカツと大袈裟な音を出し、ダンスホールに入ると大声を上げた。



「「アーサー王子、ここで何をしている‼︎」」



 入るや否や声を上げたキリム王子、その表情は怒りに満ちていた。

 反対にアーサー様は私を胸に抱き、余裕のある表情を見せている。


「これはキリム王子ではないですか。私は、私のリーナ嬢とダンスを踊っていただけです」

「そいつは俺の婚約者だ。ましてや愛称呼びなどと……貴様は俺に喧嘩を売っているのか!」


 私を婚約者だと言うキリム王子に「婚約者ねぇ」と笑いアーサー様は告げる。それは私も含めてキリム殿下も驚く内容だった。

 

「何をおかしなことを言っているんだい。一年もリーナ嬢を放置していた君が婚約者だと笑わせるな! 今日をもってリーナ嬢は私の婚約者となった」

 

「えぇ、アーサー様の婚約者?」

「そうだよ、リーナ嬢。今日やっとカーター国王陛下に許しをもらったんだ。私の父上と君の父の許可はすでに貰い済みだ、必要な書類も用意してある」


 私のお父様の許可。今日屋敷を出るときお父様は何も仰っていなかったわ。

 訳が分からず見上げて彼と目が合うと瞳細めた。

 

「君の父には私から直に伝えると言ってある。今日付でリーナは私の婚約者となったのだよ」

「本当に? 私はアーサー様の婚約者なったの?」

「ああ、そうだ」


 彼は微笑み深く頷く。


「馬鹿な、そんなことが許されるかぁ!」


 キリム殿下とアーサー様は睨み合う。


「すでに、この婚約は許されているんだよ。私が用意した契約の書類に陛下の判もおされた。もう、君はリーナの婚約者では無い。次の婚約者はお気に入りの、あの子にすればよいだろう」


「ダメだ。男爵令嬢のアンリー嬢では周りに反対されて、婚約者にすることは出来ない。カタリーナ嬢は俺のことが好きだろう。なあ、そうであろう?」


 その辺は大丈夫。

 ゲームでキリム殿下とアンリーさんは最後に結婚をしていましたもの。

 それに私の気持ちはすでに決まっている、私はキリム殿下に伝えた。


「ええ、好きでした」

「それみろ、アーサー王子。カタリーナ嬢は俺を好きだと言っているではないか!」


 私は違うのと殿下に首を振った。


「私は好きでしたと申したのです。一年も放置されて貴方への気持ちは冷めてしまいましたわ。舞踏会のエスコートも無く、ダンスも一番に踊っては下さらない。学園で殿下に近付けば『俺のアンリーに何かするのか!』と罵られる。そんな貴方をいつまでも好きでいるわけがありませんわ!」


 声を荒げて思いの丈をキリム殿下にぶつけた。すべての思いを出し切り、息の上がる私をアーサー様は優しく抱きしめた。


「キリム王子、これでわかっただろう」


 なにも言えず立ち尽くす殿下を横目に、アーサー様は私を連れてダンスホールを後にした。


「リーナ嬢」

「はひっ」


 急に名前を呼ばれて変な返事を返してした、彼はそれでも可愛いと破顔する。

 

「ははっ、可愛い。今から、これからの話をするために君の屋敷に向かおうと思う。話はすでに通してあるんだ」

「これからの話?」


「ああ、馬車も用意してあるから早く行こう」


 アーサー様は手を掴むと、馬車置き場まで走ろうとした。いつもの落ち着いた彼とは違い楽しそうだ。


「あの、アーサー様待ってください。私はヒールで、そんなには早く走れませんわ」


「そうか、そうだな……では、失礼する」

「きゃっ⁉︎」


 私をお姫抱っこをした彼が王城の中を走る。今日のアーサー様には驚くことばかり、またそれが素敵に見えた。

 

「早くリーナ嬢を私の国へと連れて戻りたい。国のことはすべて私がリーナ嬢に教える、知らないことは共に覚えよう」


(共に……)


 いつも一人だった国の教育。アーサー様はご一緒にやってくださる。嬉しくてお姫様抱っこをする、彼の胸に頬をすり寄せた。


「よろしく、お願いしますね」


 彼はピクッと体を揺らして、走るのをやめてしまった。どうしたのと見上げると、彼の切れ長の目が開かれていた。

 

(ほのかに、アーサー様の頬が赤いわ)


 彼は、はぁと深い息を吐いた。


「やばい、これはくる。私は先程から君の甘い香りに酔っている。リーナ嬢の唇に今すぐに触れたい」


 欲望を含んだ声を間近で聞いた。


「え、ええ……私の唇?」

 

 その瞬間に彼との瞳がかち合う。彼の熱がこもった瞳を近くて見てしまい。余りの恥ずかしさに、目をキュと瞑った。

 彼は、それを肯定と取ったのか……


「ふふっ、リーナ嬢も私と同じ気持ちか、嬉しいな」


 アーサー様の嬉しそうな声が降ってくる。このままでは心臓がもたない。


「だが、こんな所で真っ赤なリーナ嬢の姿を誰にも見せたくないな。しっかり掴んでいてね」


 しっかり掴むのを見て、アーサー様は馬車まで、大急ぎで走った。



 ♢



「はぁ、はぁ……流石に馬車までは遠かったな」

「お、重かったですよね」


 彼は違うと首を振る。


「これは嬉しい重みだ。出来ればこのまま私の部屋に連れて込みたいと、何度も思ったよ」


 ますます赤くなる私を見て、彼は上機嫌に笑った。


「私の欲望は深いぞ」

「お、お手柔らかにお願いします」


「うむ、善処する」


 馬車の前で声高らかに笑うアーサー様に近寄り頭を下げた。


「アーサー殿下、それまでにしてあげては? カトリーナ様はお可愛そうなほど真っ赤ですよ」

「本当です。アーサー殿下」


「なんだよ。カルにマリだって二人の時はそうなのだろう?」


 アーサー様と仲良く話す、人達は聞き覚えのある声だった。


「カールさんに、マリーさん?」


「ああ、そうだよ。カトリーナ様」

「ええ、そうです。カトリーナ様」


 学園の中でカシム殿下や貴族達に冷たくさ、辛いときにも、側にいて私を励ましてくれた二人。

 

(カールとマリーはアーサー様とお知り合い?)


 アーサー様は二人に目配をすると「大丈夫だ」と頷き私に話した。


「リーナ嬢を驚かせるが、この二人は俺の専属の従者とメイドで幼少期からの幼馴染みだ」


(お二人がアーサー様の幼馴染み?)


 従者とメイドとアーサー様に紹介をされて、二人は私に深く頭を下げた。


「カトリーナ様、俺はアーサー殿下の専属の従者をしております、カール・ローントです」

「私はメイドのマリー・サランドラです。カトリーナ様」


 二人の自己紹介の後、カールさんは馬車の扉を開けた。なぜか、二人の表情は沈んで見えた。

 

「カルとマリそんな心配をするな。馬車の中で私からしっかり、リーナ嬢に説明をするから」


「はい、お願いいたします」


 先に馬車に乗った、アーサー様に助けていただき馬車に乗る。

 私たちが席に着くと、カールさんとマリーさんは操縦席に座り、馬車は緩やかに進み始めた。

 

「屋敷に着く前にリーナ嬢に全てを話そう。リーナは私の初恋の人なんだ」


「アーサー様の初恋の人? 私がですか?」


「そうだ。ち、ちょっと待ってくれ、やはりこの話をするのは照れてしまうよ……私がリーナ嬢に何年も恋煩いをしていた、話なんだ」


 向かいの席で頬を赤らめて、横を向き照れた様子のアーサー様。


(耳まで真っ赤だわ)


 落ち着こうとする彼を見て私はアーサー様に、初めて出会った時のことを思い出していた。

 アーサー様と初めて会ったのはカシム殿下の十一歳の誕生会。

 金の刺繍が施された、黒の軍服を彼は身につけていた。


『キリム王子、誕生会にお招きありがとうございます』

 

 それから毎年、カシム殿下の誕生会に招かれて、アーサー様とも顔見知りになっていた。


 あれは学園に入る、十四歳の殿下の誕生会。

 時期国王となる王子二人の親睦を深めるために、誕生会の後に食事会をすることになっていた。


 アーサー様の印象は堂々として凛とした方。

 彼の話からわかる自国を愛して、国のことを常に考え、たくさん学んでいる方だといった印象を受けた。

 こんなに素敵な方なのに、婚約者の方がまだお決まりになっていないと聞き、驚きを覚えたのをいまも覚えている。


 よし! とアーサー様は声をあげて、まだ頬に赤らみの残る顔をこちらに向けた。


「リーナ嬢、待たせた話を続けよう。私は約一年だけと、父上から承諾をもらい学園に通えることになったが、実際は国の生誕祭や祭事ごとがあり。それらを終わらせて学園に来れたのは半年後になっていた」


 その時のことを覚えているわ。多くの令嬢達はアーサー様を見つめ、頬を赤らめていた。誰しもアーサー様の婚約者になりたいと、令嬢達の争いがあったのも知っている。


「でな……」


 次の話をする前、彼の瞳の奥が揺らいだように感じた。

 

「私がこの学園に来た、本当の理由はリーナ嬢を諦めるためなんだ」

「私を諦める?」


「ああ、情けない話だろ。でも、リーナ嬢を思う気持ちは本当だ。だからといって二人の間に入り、キリム王子からリーナ嬢を奪うなんて考えていなかった。最後にリーナ嬢を見て、この胸に刻み込み国に帰った際。私の婚約者となる人を選ぼう、そしてその人を心から愛すると決めていた」


 そう言った後、アーサー様は膝の上で拳を握り、眉を潜めて声を荒げた。


「私は学園に入学をした日、挨拶をするために二人を探した。そして、庭園で見たその光景に自分の目を疑った。こんなことがあってたまるか、と。王子の誕生会から数ヶ月しか経っていないのだぞ。数ヶ月前、私の前で仲むつまじく微笑み合っていた二人が? リーナ嬢のあの悲しみに満ちた表情はなんだ? 嘘だろ……その時に走った衝撃は、いまも胸に残っているよ」


 言い切り、アーサー様の握った手は震え、怒りに力が入る。私はその手にそっと自分の手を添えた。


「リーナ嬢の姿を見るのも苦しくて、私の身の回りをするために来ていてもらっていた、私が最も信頼する二人。カルとマリを至急に学園に呼んだ。私は隣国の王子だ。いくら愛しのリーナ嬢が悲しんでいても、王子を婚約者として待つ君の側には寄れないからね」


 彼は膝の上で握っていた拳をとくと、私の手を優しく握った。


「ありがとうございます、アーサー様」

 

 次期国王となる王子を支えて、立派な王妃にならなくてはならない。周囲の大人達のプレッシャーに加えて、学園では貴族の嫌味や王子の罵りで正直、私はまいっていた。

 そんな中、二人はいつも笑顔で楽しい話をしてくれた。

 どんなに心を救われたかわからない。


「カールさんとマリーさんが学園で側にいてくれてよかった」

「おおらかで、よい二人だろう。あの二人が私の幼馴染みでよかった」


 アーサー様は握った私の手の甲にキスを落とす。それは一回では終わらなかった。


「ア、アーサー様!」

「本当は君の唇を奪いたいが今は我慢している。これだけは許してくれ……ああ。もっと、リーナ嬢に触れたい」


 彼はなんて正直なのかしら。その言動と行動で、私の鼓動はどれだけ速さを増すことを知っているの。

 キスの嵐が終わると、今度は手を頬に持っていき目を瞑った。


「この小さな手でたくさんの物を書き、学び、多くの本を読んできたのだな。先ほどの本は隣国の経済の本だった。王妃になるべく毎日やってきたんだ」


 彼はそう呟いた、その手を離すことなく彼の瞳が私を見た。それに応えるべく私は口を開く。


「私に王妃は務まるかはわかりませんでした。応えれるように努力はしたつもりです。その努力が今度はアーサー様の国で、役立つといいのですが」


「絶対に役立つさ、これからは私が側にいるし、カルやマリだっている。父上と母上もリーナ嬢に会えるのを楽しみに待っている。少々私の書いた手紙に、母上は御立腹だったみたいだかな」


(アーサー様の書いた手紙に、王妃様が御立腹?)


「その手紙の内容は、なにを書かれたのですか?」


「私まだ婚約者を選んでいなかったからね。王妃になるにはどれくらいの努力が必要だとか、キリム王子のことや、後はリーナ嬢を奪いたいとも書いた」


 奪いたいだなんて、アーサー様は本当に正直な人だわ。それを受け取った、王妃様はどんなことを書いたのかしら?


「いつも温厚な母上から返ってきた手紙に驚いたよ。婚約者がいながら他の女ですって⁉︎ から始まり。第一王子の婚約者イコール王妃です。幼少の頃から毎日王城に呼ばれて、習い事の毎日になり、自分の時間は待てません。時には挫折もします、その時に王子がよそ見など言語道断。王子が支えなくて誰が支えるのですか! このことは陛下に伝えます。アーサー、貴方らしく彼女を守りなさいと書いてあったよ」


 そう、カシム殿下の婚約者になってからは、城で過ごす時間が多くなり、学ぶことが多すぎて自分の時間なんて持てなかった。

 殿下に嫌われてからも、婚約者として彼の隣に笑顔で立たなくてはならなかった。

 キリム王子は不機嫌面を、一つも隠そうともしなかっだけど……


「父上はリーナ嬢の両親を極秘にある場所に呼び、私もそこに加わり話をした。君の両親は噂を知っていたよ。しかし国王陛下の勅命には逆えず、頭を抱えていたみたいだ」


「お父様やお母様が? そんな話は聞いたことがないわ」


「まだ私との婚約は確定ではなかったからね。残るは国王陛下の説得だ。陛下と王妃はリーナ嬢がお気に入りらしくてね。なかなか首を縦に振ってはくれなかったんだ」


 国王陛下と王妃様は私に優しくしてくれた、いつも、何か変わったことはないかと聞いてくださった。


「そこで、父上はある条件を出した。それは『平和』だ。少しばかり私の国の方が貿易なり、資源、武力など優位に立っている。それを平等として互いの国の間で『平和』を保とう。私の国がそちらの国を守る」


 国を守る? それがどれだけ大変かを知っているわ。他の国との会合。周りの情勢。

 常に、目を光らさなければならない。

 どんなことにも落ち着き、相手との交渉が上手くないといけない。

 国を一つ守るのにどれだけの人が動いて、家族に、国民全てを守らなくてはならない。


「私、一人のためになぜ?」

「それはリーナ嬢を愛しているのから。それに私と同じく国を思い努力家で、勉強熱心なところに惹かれた。一番はリーナ嬢の笑った顔なんだ、私のつまらない話を笑顔で聞いてくれた」


「つまらない話? アーサー様の国の話がですか?」


 彼はそうだと頷く。私はアーサー様の国民思いの話や貿易の話は面白かった。

 常に新しい物事を考えている。

 この方は素敵な国王になると、密かに尊敬をしていた。


「あれは、つまらなくなんてなかったわ。貴方の発想が面白かったもの」

「あの話がか? 他の令嬢に話をしたら、そんな話より、私のドレスはどこぞのデザインだと、違う話に切り替えられたよ」


 彼が笑い、それに釣られて笑った。

 従者席の二人にも聞こえたみたいで、楽しく笑い馬車は進んだ。

 そしてアーサー様は教えてくれた。


「父上が申した平和と言ってもね。今の国王陛下は頭が良く、人柄も良く、周りの人材も良い。しかし、キリム王子が国王となった時に、状況はガラリと変わるだろうな」


 あのご様子では国王になったとしても、国は回らない。あの子も王妃になれないし、なれたとしても向いていない。

 だって、あの子の頭の中は「これはゲームなの」という、甘えた思考が大半を占めていた。

 チヤホヤされたい、私はそうされるために生まれた特別な存在。あの子自身も乙女ゲームに囚われていて自分を見失っている。


「あれでは王子の周りに、優秀な人も集まらないだろう」


 アーサー様はさらに渋い顔をした。

 そうなってくると国庫が減り、赤字が増え、しまいには国民を守れなくなる。


「最終的には私が国王なったときに吸収することになるだろう。今の国王陛下は国の未来がどうなるか気付いてる。しかしながら、なにを言ってもキリム王子は話を聞かないと申していた。国民を守るために早々に見切りをつけたのだな」


 学園にヒロインが現れるまで、キリム王子は優しい王子だった。

 ヒロインとの出会いで彼は変わる。国のことなどを考えない、ダメでお花畑王子に一瞬で変化した。


 でも、同じ攻略者対象のアーサー様は、なぜ変わらなかったの。


「……リーナ嬢、リーナ」

「えっ、ひゃっ」


 考え事をしていて、彼に呼びれていることに気づくのが遅れた。手を掴まれて、引き寄せられて彼の膝の上。互いに向き合う形で座っていた。

 

(こ、これは……アーサー様⁉︎)


 焦る私に彼は。

 

「やっと、こっちを向いたな。んっ甘い、いい香りだ。私はこれからもリーナ嬢を大切にする。私に一生ついてきて欲しい」

「はい、ついて行きます。私からは離れてあげませんわ」


「ああ、私も離さぬ」


 彼は微笑み、私の胸にポフッと顔を埋めた。  


「きゃっ」


「ん、柔らかい」

「ア、アーサー様⁉︎」



 ♢



 ものすごく堪能したのか彼は上機嫌だ。だってあのままの格好で、屋敷に着くまで離してくれなかった。

 

 そして我慢の限界が来たのか、もう我慢できないと、ごめんねと。

 キスを何度もして、色々なことを彼にされた。


(これから、私の両親に会うというのに)


 身体中、真っ赤な私と、幸せいっぱいでニヤけてしまったアーサー様。

 二人が元に戻るまで、馬車から降りれなかった。


 しっかり、カールさんとマリーさんにも見られてたし。


「アーサー様!」

「リーナ嬢も、嫌ではなかったろう?」


「うっ……」


 言い返せない。嫌じゃなかった、もっと、もっとって私はこんなに欲張りだったなんて、知らなかった。


 両親にはしばらく待ってもらい。

 落ち着きを取り戻したアーサー様を食堂に案内をして、食事をしながら両親と今後の話をした。

 アーサー様は今の学園を卒業前に出て私の国に行き、国の勉強を始めるこのになると、両親に説明をした。


 納得はしているようだけど、隣国に行く私を心配する両親に対して。

 

「リーナ嬢のことを心配でしょうから、部屋はすでに王城に用意してあります。ご自由にいらして好きなだけ滞在してください」


 アーサー様は先手を取る。彼の用意周到さには、驚くことばかりだった。



 そして、一ヶ月後にはすべてが片付き。

 私の隣国への引っ越しの日。両親もついて来て、アーサー様の国でのんびりと滞在するつもりらしい。



 王城に住んでさらに一ヶ月後。

 両親もこの国へと屋敷を購入して、移住してしまった。


 そして、来年に私はアーサー様と結婚式が待ってる。


「リーナ嬢、今日こそは私の部屋で夜を過ごすんだ!」


「それはアーサー様が我慢できずに私の部屋に来るからですわ。私は今日の日誌を付けているので、今しばらくお待ちください」


「うむ。私はもう書類の整理に日誌も書いて来たよ。書くことといっても、リーナのことばかりだがな」


 用意されていたのは扉一つを隔てた隣同士の部屋。

 着替えや、お風呂上がり彼の部屋で過ごすためメイドと準備の最中に、いつも突撃をするのはアーサー様の方。

 

 外ではしっかりし者で頼りになる王子の彼は、二人きりになるとひっつき虫に変わる。

 

「待てぬ。リーナとの明日のダンスレッスンも楽しみだ、その後は書庫で本を読もう」


 言いたいことを言うと、アーサー様はゴロリと私のベッドに寝転んだ。

 そして、そこに私が加わり仲良く朝まで寝てしまう。


 二人で学ぶことは多い。しかし、二人だから乗り越えれる。日誌を書く手が止まると、それに気が付き彼は私を呼んだ。


「リーナ、早く来い」

「今行きます、アーサー様」


 日誌を片付けて、ベッドに横になる彼の胸に擦り寄ると、彼はもっと近くにと私を抱き寄せた。


「リーナ嬢を愛している」

「愛しています、アーサー様」


 私は愛する人と最高の幸せを手にした。

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悪役令嬢の幸せ…… にのまえ @pochi777

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