七つの大罪

七つの大罪

 賭博推奨国家ゴルドプール壊滅。

 賭博師ブラック・ドラッグを戦闘不能にまで追い詰めた一行は、転移の魔法陣にて守護者の守る墓場へと帰還した。

 帰還した一行へとタイタニア・ネバーランドが掛けた言葉と言えば、「よくやった」などと言う称賛の言葉ではなく。


「手間を掛け過ぎる。魔力と体力の燃費が悪過ぎる。敵に付け込み過ぎる。連携を崩された場合が脆過ぎる。自己犠牲が過ぎる。以上」


 と、容赦なくダメだしされた。

 七つの大罪が師匠たる英雄は、本当に手加減がない。


 手当を五人の弟子に任せ、紫煙を燻らせるタイタニアは、どうやら今回の結果をメリットとデメリットの両者から見て、総合的にデメリットの方が大きいと判断した様だった。


 “見えざるが悪夢イロウエル”は、いわばアンの持ち得る最大の奥の手だった。

 火の粉と粉塵と共に解き放つ細菌魔法は、初見ではまず防衛の手段無く、効けばほぼ八割の確率で勝利、残り二割でも相討ち確定の必殺技であったが、所詮は初見殺し。対処しようと思えば、幾らでも方法はある。

 故にそれを使うならば、相討ちであろうと敵の口は封じなければならず、次に伝えるような事は絶対にあってはならなかった。

 敵を確実に倒せる技故に、能力に関する情報の漏洩は決して許してはならなかった。


 だからこそ今回の戦いを引き分けに終わらせ、ブラックを仕留めるに至らなかったのはかなりの痛手であり、彼女を戦線から引きずり下ろしたと言っても、残り五人の英雄を相手に残した状態で、必殺の術技を封じられたも同然の状態にしたのはかなりの負債だった。


 だが、賭博師ブラック・ドラッグは戦線から引きずり下ろした。

 それで何とか勝敗無プラマイゼロ、としたいところではあったが、やはりマイナス面の方が大きい事は否めなかった。


「使い時を誤ったな。効果が出るまで時間が掛かるとは言え、魔力耐性の高いブラックを最初の標的に使ったのは違った。最初はマリアか、グレゴリーにでも使えば勝てただろうが。調子に乗ったな」

「本当に辛辣だな、其方……英雄の一角を相手にこの成果、少しは褒められてもよろしいのではないだろうか、我が師」

「そう呼ぶなら、もっと私に感謝しろ。おまえ達が死ななかったのは誰のお陰か脳髄で理解して、今後の軽率な行動を慎み給え」

「本当に、容赦がないな……」


  *  *  *  *  *


 その後、三日の時を経て、世界は変遷を伴う。


 魔剣帝アロケインは、賭博師の発行した懸賞金額の手配書を正式に世界中に配布。冒険者ギルド、各国暗殺部隊、王族騎士団等、敵を拘束し得る武力を持つ者達に、七つの大罪の捕縛が命じられた。


 “嫉妬の大罪つみ”アドレー・リヴァイア。懸賞金、一億一千八百万円。

 “怠惰の大罪つみ”グレイ・フィルゴール。懸賞金、一億五千万円。

 “貪欲の大罪つみ”シャルティ・アモン。懸賞金、九千五百万円。

 “傲慢の大罪つみ”ベンジャミン・プライド。懸賞金、二億円。

 “暴食の大罪つみ”エリアス・エクロン。懸賞金、七千七百万円。

 “色欲の大罪つみ”ラスト・コール。懸賞金、五千三百万円。

 “憤怒の大罪つみ”アン・サタナエル。懸賞金、四億九千七百万円。


「――ちょっと待て。何だ、私に対するその過ぎたインフレは。あの賭博師、懸賞金の賭け方とかわかってないのか? 最初は、もっとこう……額ではなく、懸賞金が付いた、と言う事に喜べるような……わからないかな……」


 その場で聞かされた時は興奮状態でそこまで思わなかったが、冷静になってみれば何と馬鹿げた額を付けてくれたものだ。

 これでは仮に今後額が上がったとしても、他の面々に対して感動が薄いではないか。


 だが、何よりこの感覚が他の大罪に理解して貰えないのが辛い。

 漫画と言う風習は、懸賞金と言う制度に別の意味合いを齎してしまっているようで、転生者にはどうも良くない影響を与えてしまうらしい。

 懸賞金が高過ぎて文句を言うだなんて、絶対転生者しかしないだろう。

 反省、いや、猛省しなければならないと、アンは自身を戒める。


「懸賞金ほぼ五億かよ……聖人殺しの異名が霞む額じゃねぇか……俺の倍以上だぜ?」

「私なんてあんたの半分以下よ?! せめて億は行っていてもおかしくないんじゃないのかしら! グレイはまだしも、アドレーよりも下だなんて……」

「拙僧とアドレー殿は、先んじて潜入しておりましたからな。我々の印象が、より強く向こうに残ったのでしょう。はやらずとも、シャルティ殿ならばすぐさま上がるでしょうや」

「ねぇねぇ、お姉ちゃん! アドレー凄い?! アドレー凄い?!」

「アドレー。それだけの額を与えられたからには、アン様により、貢献しなくてはなりませんよ」


 それぞれ思うところはあるようだが、やはり自分のように思う者はいない様だった。

 まぁとりあえず、一定の危機感さえ持っていてくれれば問題は無い。今後、賞金目当ての賞金稼ぎバウンティ・ハンターや各国の冒険者、暗殺者、騎士団らにまで命を狙われる事となるのだから、気を引き締めておいて悪い事はあるまい。


 手配書をアンは見る事が出来ないが、確かに書いてあるらしいのだ。

 七つの大罪、と。


 そう、七つの大罪はここに揃った。

 良くか悪くか――いや、良い方向に傾いてくれたのだろう、当初の計画とは異なる他六人。


 狼の獣人。

 元奴隷のスライム。

 魔人族のホムンクルス。

 鬼族オーガの破戒僧。

 元貴族の龍人族ドラゴンメイド

 そして、死霊憑きと彼女を護る異形の死霊。


 ここに盲目の異世界転生者を加えた七人と霊体一つで、七つの大罪。

 遂に、ようやく揃った。


 ここまで長かったな、などと浸る余韻は無い。ここからが始まりだ。

 英雄の一角が師匠になると言う想定外の出来事さえあったが、ともかくこれで残り六人の英雄への復讐が始まる。

 すでに賭博師との戦いで、大国一つを薪としてべた狼煙は挙げた。


 開場。開幕。開戦。

 七つの大罪の戦いの物語は、ここから始まるのである。


「おい、我が師よ。一つ頼みがあるんだが」

「戦いの特訓なら、またしてやる。今のおまえ達を表に出そうものなら、戦い方を教えた私の恥だ。より的確。より正確。より最善の一手を選び戦えるよう、鍛え直してやる」

「それもそうなのだがもう一つ、七つの大罪が揃った記念が欲しい。旅立つ日には、はなむけとして見繕ってはくれまいか」

「……物にもよるが、ここは墓守の村だ。あまり、期待しないで欲しいものだが」

「何、豪勢な代物をくれと言うのではない。ただ……前世では、入れるとあまり評判が良くなかったのでな」


  *  *  *  *  *


 その後、七つの大罪は謎の失踪。

 捕縛履歴も無く、殺害報告も無し。一度、大国という大国が連合を組んで捜索隊を組むも、彼女達の痕跡に至るまで、発見する事は出来なかった。


 死亡説に陰謀説まで、根も葉もない噂すら立つことを止めた頃。

 失踪から実に半年の期間を経て、七つの大罪の名は、再び世界を震撼する事となる――。

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