英雄と英雄の戦い、或いは大罪と大罪の戦い
英雄或いは大罪の戦い、もしくは復讐の始まり
戦いがあった。
いずれ世界を震撼させる大戦の兆しとなる、大きくも小さな火種となった戦いだ。
もう半年。されど半年。
英雄の一人が治める国が、たった七人の賊によって落とされた大事件。
世間が忘れるには、半年という期間は短過ぎる。
世界は未だ恐怖し、戦戦兢兢とした雰囲気が自衛の術の無い人々の背筋を逆撫で、悪寒を奮い立たせ、皆の不安を煽り続けながら、仮初の平穏を保ち続けていた。
何せたった七人の賊によって、一晩と掛からず国が滅んだのだ。
かつての英雄の所業と似て非なる、しかして負けず劣らずの規模の異変は、人々の心に変化を齎すには充分過ぎた。
七人の賊は七つの大罪と称され、その首に多額の懸賞金が懸けられた。
しかし未だ捕らえるには至っておらず、大国一つを滅ぼした賊の消息は、この半年間不明のまま、世界が血眼になって探し続けていた。
そんな
店内に他の客はいる。
しかし、店内の誰も彼女を七つの大罪が筆頭、憤怒の大罪がアン・サタナエルと同一視する事もなく、彼女は店内を飾る一つの風景として溶け込んでいた――いや、そんな事はない。
彼女は店内にある唯一の異質だった。
生まれてこの方切った事がないらしい銀髪は、まるでビロード。
光を映さぬ真紅の瞳は、永く深海で眠り続けていた濁りガラス。
乳白色の肌は陶器。衣服か肌、それとも髪からか、どこか甘い匂いが漂ってくる。
指先からつま先までの動作が、人形のような外見からは想像の付かない柔和さで、異性を中心とした人々が見入ってしまう魅惑的な何かがあった。
美しい、と端的に良い表す事は簡単だ。
絵にも描けない美しさ。言い表せない美しさ。
そうした言葉で飾る事こそ簡単なものの、彼女を的確に表現する言葉を周囲は持たない。
珈琲から立つ湯気に吹き掛ける吐息さえ甘そうに見えるのは、男の至らぬ妄想だ。
珈琲を啜る音に艶やかな物を感じ、拭った唇の照りに色を感じるのもまた、欲が発する衝動に他ならない。
そう言ったものではない。
そう言った衝動や欲求と言った概念から、彼女の美しさを表現する事は出来ない。
当人は七つの大罪――人間の破滅を齎す欲求の一つを名乗っておきながら、彼女自身はそう言った俗物から離れた場所にある美しさを持っていた。
「お客様すみません。店内が混み合って参りましたので、こちら相席よろしいでしょうか」
「……あぁ、構わない。相手が構わないなら、ではあるがな」
「は、はい。お客様も同意されておりますので」
「そうか、ならば良い」
話し掛けた店員は同性でありながら、返された笑顔に胸の高鳴りを感じながら、同席を良しとした客を通す。
万人が一歩引くような相手と相席など遠慮願いたいところだろうが、その客は物怖じ一つする事なく彼女と対面する席に座り、ほろ苦い香りを放つ珈琲とは正反対の、甘い芳香を匂わせる紅茶を頼んで嗜み始めた。
蛮勇か。恐れ知らずか。いずれにせよ、目の前にいれば堂々と目の前の美を堪能出来ると言うのに、彼女はそうしようとはしなかった。
当然だ。
目の前の人の美しさなど、この場の誰よりも知り尽くしている。
「進捗はどうだ?」
「首尾は重畳です、姉様。今宵にでも、仕掛けられます」
「……そうか。よくやってくれた」
「そんな、姉様」
顔を隠すため覆い被っているフードの下で、赤く染まった頬を包みながら少女はテレリ、テレリと身をくねらせて恥じらう。
銅貨を渡して珈琲のお代わりを貰ったアンは、わざとらしく少し高めの位置からミルクを注いで、徐々に溶け行く白い渦を描いて見せた。
「では今夜、行動開始と行こうじゃないか。皆にもそう伝えてくれ」
「はい、姉様」
渦巻くミルクは淡く溶けて、底へと沈殿。
苦みと甘みの混ざり合った芳醇な香り漂う嗜好の飲み物を胃の腑に収めて、牡丹から芍薬へと転じた銀髪の麗人は、珈琲を運んでくれた少女の店員にチップを渡して、百合の姿を晒しながら颯爽と店を出て行った。
後ろをついて歩く黒髪の女は、邪魔とばかりにフードを脱いで素顔を晒す。
彼女もまた、周囲からすれば充分に可愛げのある少女だったが、前を歩く女性が霞ませる。
故に黒い横髪に隠れながらも左の頬に堂々と描かれ刻まれた物にさえ、周囲は気付く事が出来なかった。
「では、みんなに伝えてきます姉様」
「あぁ、頼む」
容姿は端麗。声音は玲瓏。
漏らす吐息は甘く、銀色の髪は艶やかで、艶めかしい。
しかし、華麗妖美と近付く輩は、まとめて瞬時に塵芥。
七つの大罪が憤怒の
「さぁ、大罪を犯そう」
大罪の反撃――基、逆襲が始まろうとしていた。
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