七つの大罪vs賭博師ブラック・ドラッグ
死神もどきの跫音鳴らし、魔弾弾いて命撃ち抜くその指は、女帝、暴君が如く。
立ちはだかる敵の生死さえ、自分の指では選ばない。
回る回転盤。転がる玉の行く先が、敵の結末、旅路の果て。
飲み喰らう遊宴も良し。
子供の声が聞こえる遊園も良し。
金に物を言わせた豪遊も、童心に返っての遊戯も良し。
永遠楽土。
最後まで楽しければそれで良し。
故に笑え、
おまえの最後が今決まる。
生き残ろうと死に絶えようと、単なる結果。そこに至るまでの経過を楽しみ、経緯を堪能し、愉悦に浸れば勝ちも同然。
故に、敵よ見ろ。
賭博師が今、汝らの生死を決めてやる――
「“
上に弾かれ、弧を描いて戻って来た銃弾を弾き飛ばす。
弾かれた銃弾は不規則な弾道を描きながら大罪らへと走り、様々な角度から迫って行く。
エリアスが咄嗟に張った粘液の壁の後ろに隠れたアドレーは、壁に埋もれながら貫通しようと回転し続ける弾丸から魔力を奪い取って、短く発した声と共に返す。
四足の獣が如く駆けるベンジャミンの背に乗ったシャルティの多節槍が迫り来る銃弾を叩き落し、ベンジャミンの冷気が床を走って氷結。アドレーの攻撃を回避しようとした賭博師のヒールを凍らせて止める。
が、両手から放たれた黒い銃撃が太い光線となって、双方からの攻撃を撃ち落とし、貫通。更に前方から来させまいと、まず普通ならば目が追い付かない速度で連射したブラッグの真正面で、爆発が連鎖する。
当然、来るとすれば側面か背後。そして――上。
「もう終わりか?」
翼を広げて頭上から迫っていたアンに視線も配らず、銃弾を飛ばすだけ飛ばして撃ち落とす。
弾自体は受けるより前に両断していたが、さすがに光線までは斬れない。魔力の塊をもろに受け、赫く輝く羽を散らしながら落ちて行くアンだったが、口元は笑っていた。
何せ思惑通り、ブラックが真っ先に自分に気付き、撃ち落としたのだから。
気配。魔力。呼吸。
人は様々な物を頼りに周囲を探るが、結局一番の情報源は目だ。
視界に入っている物に対しての反応速度は、他の感覚で捉えた物よりずっと早く、的確だ。
だからこそ、視界などほとんど知らないアンだからこそ、利用出来る。
ブラックは自ら攻撃方向を限定させた事で、左右後方、頭上の四方向のいずれから最初に攻撃が来るか楽しんでいたようだが、羽が落ちて来るのを見れば、反射的に撃ち落とす。
例え気配を殺し、側面より忍び寄っていた死霊があったとしても、視覚が先に捉えてしまっては、反応せざるを得ない。
「
コールの呼びかけを受け、怪物の姿に転じたシンが、出されたブラックの腕を噛む。
一トンを超える顎に挟まれながらも放たれた銃弾が体内を貫通し、姿を維持出来なくなったシンは小さな猫の姿に戻ってしまったが、彼が喰らい付いた腕はあらゆる方向に折れ曲がり、噛み裂かれて大量の血を噴き出していた。
「死霊めが。やってくれるではないか」
「余所見は感心しませんな」
背後から迫っていたグレイの掌が、咄嗟に繰り出されたへし折れた腕に叩き込まれる。
もう銃弾を放つ事が出来なくなった腕を、咄嗟に盾として使う気転の早さは、流石に戦い慣れているのが見て取れる。
が、グレイの仕事は攻撃する事ではなく、攻撃を当てる事。
当てる事で、そのまま勝利へと直結こそしないものの、勝利に近付くための一手を打った。
「三つ目の鬼か」
「気付いてもすでに遅いですぞ!」
時間感覚の混乱。
延長と縮小を繰り返し、乱される体内時計に困惑を覚えたのは、一秒にも満たない。
「遅い事はない」
「――!?」
不意を突かれたグレイの襟を捕まえ、華奢な片腕が自身の倍の体重を持ち上げる。
グレイが気付いた時には天地が逆転しており、投げられたのだと理解した時には、背中に感じる絶対零度の息吹に焼かれていた。
「しまった! グレイ!」
「あいつ――!」
前方で連鎖爆発を続けていた光が止み、ベンジャミンが放った氷の息吹が、グレイの掌打によって時間感覚を狂わされたブラックの全身を凍り付かせ、動きを完全に停止させる予定だった。
だが結果的にグレイを盾に凌がれ、囮のために自ら飛んで行ったアンとシンも含めて、今の一連の流れだけで、大罪は払った代償に合わない結果を受け入れざるを得なかった。
それこそ、多額大量のコインを一つのポケットに賭けて、負けたような喪失感。
勝つも負けるも、運次第。
「時間感覚を狂わせた程度で、余が狂うと思うてか。時間を司る目を持つ者は、何も
右目の上。本来眉がある位置に、それはあった。
グレイとは異なる形、異なる位置についた第三の目。
過去、現在、未来。いずれかを司る三つ目の一つが、掻き分けた髪の下で見開かれた。
「賭博の際は邪魔かつ不要故、使わぬ事にしているのだがな。久し振りに開いたぞ。しかし、やはり、未来が見えてしまうと言うのは本当に、面白みの欠片も無い」
横たわるグレイの側腹部を蹴り上げ、魔弾で吹き飛ばす。
吹き飛ばされた先でエリアスが粘膜を蜘蛛の巣のように張っており、受け止めたグレイの傷口を、すぐさま粘液で塞ぐ。
「グレイさん……!」
「助かりました……礼を言いますぞ」
「この程度か? 七つの大罪」
先にシンが噛み砕いた腕が、少しずつ回復されていく。
グチャグチャに歪み変形した腕が元の形に戻っていき、もう片方の手で弾いた銃弾を、回復を終えたばかりの手で撃ち放った。
アドレーが銃弾から魔力を奪い、声と共に解き放って返すが、すぐさま放たれた二撃目に相殺される。
「フム……やはり回復を終えたばかりでは、出力が少し衰えるか。まぁ良い。連射くらいは出来よう」
“
同時に上へ抛られた六つの銃弾を、落ちて来た順に連射。
それぞれが複雑な軌道を描きながら飛び交い、翻弄しながら迫り来る。
狙いは――エリアス。
「教えてやろう。六発の内、五つは攻撃力の欠片もない
自分の技の詳細を説明するブラックは、実に楽しそうだ。
ようやく立ち上がれたアンは名前から察してはいたが、何とも悪質な技を使う。
仲間を庇うつもりで飛び込んだとしても
早々に処理すべきなのは明らか。だが処理しようにも、どれが本物かわからない。
単純。しかし単純が故に、神経をすり減らされる。
「エリアス!」
「はい、アン様!」
“
グレゴリー・ベディベアのような、パワータイプの相手を敵にするため編み出した技だが、今回はこれで、
ブラックの説明通りなら、本命以外の
そして、本命が粘液に触れたのならば――
「エリアス、右だ!」
ほんの一瞬だけ止まった本命が、粘液を突き破って飛んで来る。
躱したエリアスの足下に突き刺さった弾丸が地中深く潜って行き、一転、二転。地中を掘り進みながら方向転換した銃弾が、地中より飛び出して、エリアスへと牙を剥く。
「エリアス!」
「あぁ、言い忘れていたな。魔弾の方は、相殺しない限り対象に当たるまで追尾し続けるぞ?」
「あぁ、そうだと思ったよ」
肘で脇腹を押して飛ばす。
エリアスを庇ったアンの太ももを魔弾が抉り、血肉が弾けて、アンの体を軽々と吹き飛ばした。運良く、弾を捕まえるため張り巡らされていた粘液に絡まって助かったが、アンの太ももが破裂して、裂けた肉の内側から、わずかに骨が見えている。
「アン様!」
「あの詐欺師め……魔弾を受ければ
「動かないでください、アン様! すぐに傷口を……傷、口を……」
最早、傷口などと言えるような惨状ではない。
大怪我と言っても済まされない。
果たして今後、アンはこの脚で歩けるのだろうか。もし、脚まで失ってしまったら――いや、治す。治してみせる。そのための魔法を、幾つも勉強したはずだ。
髪の毛を触手のように動かし、アンの脚に巻き付ける。
内側から破裂した肉片の一つ一つを集め、神経、血管から繋げていく。肉の繊維を一つ一つ。細胞の一つ一つまで、繊細さに繊細さを重ねた緻密なコントロールを駆使して繋げていく。
治療に専念するエリアスには今、周囲の状況がわからない。
それほどの集中力で臨むエリアスへと、ブラックは容赦なく魔弾を放つ。
駆け付けたシャルティの振る槍が弾を撃ち落とし、魔弾に籠められていた魔力をアドレーが解き放って相殺させると、鋭い爪を伸ばしたベンジャミンが迫り、弾を装填させる暇も与えんと爪で切り裂き、牙を剥いて噛み砕いてやらんと攻め立てる。
「おいおい、もっと楽しまないか。勝つも負けるも面白いのが、賭博の醍醐味であろうに」
「何言ってんだ! 戦ってくれんだろ、賭博師さんよぉ!」
「そう。故に賭けるのだ。余は、賭博師であるのだから」
爪の一撃をヒールで受け止め、文字通り目と鼻の先で魔弾を装填。
眉間に風穴を開けてやらんと魔力が籠められた時、ベンジャミンが全身から解き放った吹雪が、魔弾を弾こうとしていた賭博師の全身を凍らせた。
距離を取ったベンジャミンは口内に魔力と冷気を限界まで籠め、解き放つ。
「“
絶対零度。
万物が凍り付く純白の冷凍光線。
ブラックの影をも呑み込み、腕から
「どうだコラぁ!」
叫んだベンジャミンの脳天に、何かが落ちる。
見上げる事さえ叶わなかったが、発せられる気迫で見ずともわかった。
「残念、ハズレだ」
「何で、てめぇ……」
「賭博に何故も何もない。一度勝負に出たならば、終わりは必ず二つに一つ。勝つか、負けるかだ」
“
振り払われた腕の一撃を垂直に飛び退き、真上から放たれた魔弾の一撃が、ベンジャミンの肩を撃ち抜く。
巨体を倒し、肩を押さえてもがくベンジャミンの痛がりようが尋常ではなく、シャルティはただの魔弾ではないと悟った。
「そら、当たれば痛いぞ? ――“
「つ、『
が、それが囮だと気付いた時には、すでに背後にブラックが回っており、繰り出された後ろ回し蹴りに首を抉られ、蹴り飛ばされた。
首が外れてもおかしくなかった鈍重な一撃が、シャルティの意識を一瞬で狩り取る。
止めの追い打ちが上に弾かれ、拳銃に魔力が籠められる。
そして、当たれば必殺だろう一撃が放たれるはず――だったが。
「自己犠牲か?」
放たれたはずの銃弾が落ちる。
拳に蓄積されていた魔力を奪い取り、許容量を大きく超えたアドレーの喉が裂け、吐血。大きくえずきながら咳き込み、その場に膝間づいてから、圧し掛かる負担に負けて倒れ伏した。
直後、先に倒れたグレイが起きる。
幾度となく掌打を繰り出し、ブラックの時間感覚を幾度となく乱すものの、第三の目を開いたブラックにすぐさま修正される。
それでも何度も畳みかけて来るグレイに痺れを切らしたブラックの拳がグレイの腹、下顎を抉り、弾き出された魔弾が玉座へと上がる階段へと押し込み、粉砕した。
「フム……憤怒。傲慢。貪欲。嫉妬。怠惰。そして先程から色欲が参戦して来ないところを見ると、余の腕を潰した時にすでに戦闘不能であったと見える。すると残りは……
「あぁ、そうだな」
「アン様……!」
返事を返したのは、エリアスではなくアンの方。
未だ相当な痛みが全身を駆け巡っているはずながら、赤く光る魔眼を歪めて笑っており、ゆっくりと、賭博師を指差した。
「もうこの場で、戦えるのはエリアスだけだよ。賭博師、ブラック・ドラッグ」
「それは余をも含めて、と言いたいのか? 面白い、面白いぞ。今度は何を仕込んだ、憤怒の」
「何、其方も知っていよう……先ほど、説明したばかりだ」
ブラックは考える。
先に仕込まれた物と言えば“
四〇度近い高熱を齎す
内部から敵を焼く焼却魔法と言うのは、フェイク。
真の実態は、五臓六腑の魔力を貯蔵する器官全てを焼却し、魔力を生成する力を失わせる、魔力生成器官破壊魔法。
厖大な魔力量を誇る賭博師の魔力を枯渇させるのに大分時間が掛かったが、グレイの時間感覚を狂わせる能力のお陰で魔力残量を誤認させ、大技を連発させる事に成功した。
魔法の本性に気付いた今、もう大技は出ないだろうが、それでもこれ以上の戦闘は続行不可能なはずだ。
そして今後、今の状態から魔力が上がる事はない。
「やってくれたな……憤怒の」
「……ミカエラ! ゲオルギウス!」
天井を突き破ってミカエラが、倒壊した瓦礫を突き破ってゲオルギウスが入って来る。
二人揃ってアンの状態を見るとすぐさま戦闘態勢に入ろうとしたが、アンが無言で制したので留まった。
「命令だ。我ら大罪を、転移の魔法陣が描かれている場所まで急ぎ運べ」
〖畏まりました。命令を受諾。浮遊魔法にて、女性の皆様をお連れします〗
〖了解した。ではこの身は黒馬に獣人と
追撃は、しない。
したところで意味はない。
仮にここで彼らを仕留めても、その後回復しない魔力がもどかしいだけだ。そればかりは御免被る。
「面白い。面白いなぁ、其方達は。やはり生かしておいて正解だった。これからのこの世界が面白くなりそうだ」
「魔法を半ば失って尚そのような感想が出るのだから、大した遊び人だよ、其方は……じゃあな、賭博師。出来る事なら、もう二度と対峙して来るなよ」
「さぁ、それは余が決める事ではない。遭うも会わぬも、
二体の特級
凱旋とは言い難く、勝利とも言い難い何とも情けない結果ではあったが、敗北もしなかった。
今はそれで良い。それで良い、と納得するしかない。アンはそう、自らを言い聞かせる。自らの弱さに震え、怒り、燃える自分を説得する。
「アン様……」
浮遊しながらも、治療を続ける器用なエリアスの頭を撫でる。
強くなっても、自分を想うと泣いてしまう部分は変わらないのだなと思うと可愛らしく感じられて、自分の中で燃えていた憤怒が、鎮火されていくのを感じた。
一同、転移の魔法陣へ。
守護者の守る墓地へと消える。
大国全土が焼き尽くされ、国民の九割が殺された大事件は、こうして幕を下ろしたのだった。
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