集結、七つの大罪

 天使型特級使い魔サーヴァント、イェラ改めミカエラは、三対六枚の翼を広げて、城の上空にて魔法陣を展開していた。

 鳩のような白い右翼。烏のような黒い左翼が大きくなっていく度、魔法陣もより大きくなり、展開される魔法も強度を増して行く。


 展開される魔法陣が敷くのは、多重の結界。

 物理攻撃を遮断する防壁、魔法攻撃を遮断する結界。そして、内側からの干渉を遮断する結界の三つ。

 先の二つは言わずもがな。最後の一つは、先の二つを護るための物だ。七つの大罪と英雄の死闘で結界が壊れては、元も子もない。


 一方、英霊型特級使い魔サーヴァント、ノドゥ改めゲオルギウスは、召喚した巨大な黒馬にエリアスを乗せ、城を目指して国土を横断していた。


 国は燃やしていた炎諸共、建物も人も二体を召喚するための触媒にしてしまったので、跡形もなくなっている。

 賭博推奨国家ゴルドプールの滅亡は言うまでもなく、元に戻る事もまずあり得ない。

 文明なんて壮大な物が残っていたとは到底思えないが、エリアスは、一つの国が滅亡した事実を心に留めながら、浸っている場合ではないと己を叱る。


 アンやミカエラのように飛翔能力を持たないエリアスは、ゲオルギウスと共に城へ向かうより速く移動出来る手段がない。

 急く気持ちを圧し留め、焦燥を掻き立てられながらも冷静さを保つよう己に命令を課す。


 コールはシンの背に乗って付いて来ている。

 他の大罪にも念話テレパスを飛ばし、城に集まるよう促した。さすがに誰か一人くらい、城の近くにいただろうから、アンのサポートは先に到着した者達に任せる。

 だからどうか、間に合って欲しい。無理はしないで欲しい。

 まぁ、後者はおそらく、無理だろうが――


  *  *  *  *  *


 指に乗った弾丸が走る。

 青と黒の混じった閃光を残し、一直線に駆け抜ける。

 掌を転げる弾丸が上に抛られ、指の上に乗った順に弾かれ、解き放たれる。


 弾き出される弾丸の軽快な金属音と、放たれる光線の威力の重さとが釣り合っていない。

 二つの音の重量に聴覚が騙されそうになりながら、他の感覚が直観的にアンの体を動かし、回避させていた。

 魔法によって強化した脚力を駆使して、縦横無尽に駆け巡りながら攻撃を回避。徐々に距離を詰めていく。


「転生者の世界では、銀の弾丸は何かと曰く付きなのだろう?」


 アンの魔剣を這う炎を反射し、赤く光る銀の弾丸を見せ付けるように弾く。

 盲目のアンには見えないものの、煽っている雰囲気だけは肌で伝わっていて、構えられた一撃が伝える微弱な空気振動は、アンの直感に徹底的回避を選ばせた。


「そぉら、死ぬうら生きるおもてか。“運試しコイントス”と行こうか」


 より速く回転し、貫通力を上げた弾丸が銀色の螺旋を描いてはしる。

 穿たれ、舞い上がった床を垂直に駆け抜けて跳躍。そして、飛翔。炎の翼を広げ、赫く輝く羽を降らす。


「“夜の帳に啼くサンダルフォン”」


 赫い羽と共に落ちる橙色の火の粉が、接触し爆発。

 爆発が次の爆発を起こし、連鎖的に爆発が起こる――と、予測したブラックは先に打った。


 頭上に向けて高々と銃弾を弾き飛ばし、舞い落ちる羽を火の粉諸共吹き飛ばした。

 アンの舞う天井付近で纏まった爆発が起こり、壁が崩落。ブラックのすぐ側に瓦礫が落ちたが、ブラックは王座から動かない。


「ハエよりは上手く躱してくれよ?」


 ――“悪逆非道イカサマ全結果裏面オール・ルーザー”。


 銀色の弾丸が、黒い光を孕んで放たれる。

 一度に大量に放り上げた弾丸を、一秒間に五発の感覚で連射。城の大半を自らの手で破壊しながら、アンを追い詰めていく。


 赫い灼熱を広げ、瓦礫と瓦礫の間を潜り抜けるアンは瓦礫を蹴り飛ばし、相殺させる。

 瓦礫を粉砕する弾丸が放つ閃光の上を滑るように滑空したアンは、魔剣を抜刀。魔剣の切っ先に、灼熱の閃光を凝縮させる。


「どれ、力比べと行こうか」

「“天と地の交わる一点シャムシェル”」


 白銀の弾丸と、赫い閃光とが衝突する。

 力は拮抗。互いに一ミリも譲らず衝突し続ける力は、衝突する間で第三の力を構築しつつあり、そのままでは暴発の恐れさえあった。


 が、それは起こり得ない。

 何せ、ブラックが二発目を放つ。


 アンの光線は剣の切っ先から絶えず放ち続ける技だが、ブラックの弾丸は撃った瞬間に攻撃は終わっている。

 故に、次弾の装填は完了済み。未だ生き続ける一撃目と力を拮抗させているアンへと、ダメ押しの二撃目を放つ。

 無論、一撃目と拮抗していたアンの閃光が二撃目をも受け切れるはずがなく、自ら放った一撃目諸共穿ち、貫通した二撃目がアンに攻撃を回避させた。


「――“空を仰ぐその目は虚ろサハクィエル”」


 剣によって振り払われた赫い粉塵に火の粉を投げ込み、爆発を拡散。ブラックの座る玉座と周囲を焼き焦がす。


 が、連射された弾丸に爆炎が薙ぎ払われる。

 未だ賭博師ブラックは、女王の様に悠然と、鎮座したままだ。


「前戯は終わりか?」

「あぁ、戯れは終わり。ここからは序破急で言うところの、破――を超えて急だ!」


 ――“見えざるが悪夢イロウエル”。


 ブラックが揺らぐ。

 組んでいた脚を解き、踏ん張るようにして椅子から落ちるのだけは堪えたが、脂汗を掻きながら虫の息で熱を吐いている。


(効いてくれたか……)


 粉塵爆発は囮。

 本命は、目に見えない魔法攻撃。

 正体は、病原菌大ウイルス・サイズにまで極小化した炎の魔力。粉塵と共に撒き散らし、生物界最速と謳われるカビが胞子を飛ばす速度とほぼ同じ速度で、菌を蔓延させる。

 賭博師の体に入った菌は彼女の体を内部から焼き、致死の域にまで体温を上昇。見えない力で敵を破壊する炎症型焼却魔法。

 賭博師と言う異名。そして守護者から貰っていた情報を加味して、彼女の戦い方は予測不能。予測したところで、斜めからの角度で突き崩されると想定したために用意した魔法だった。


 結果的に上手く行ったが、予想より反応は薄い。

 四〇度を超える熱を出せば意識は朦朧。視界も定まらず、三半規管は中途半端にしか機能せず、戦いなど継続出来るはずもない。

 が、賭博師は未だ玉座に腰を据えたまま、項垂れるも倒れはしない。


「さすがに英雄。毒への耐性がある訳か」

「あぁ……未知の毒や病原菌ウイルスに対しては、幾らかマシになる程度だが……何、直に慣れる。今後、英雄相手に使う気ならば、仕留められると確信した時のダメ押しに使うが良い」


 先程までと一切の誤差なく、軽やかな音で弾丸を弾く。

 指の上に装填された銃弾から、アンに向かって放ったが、文字通り横から飛んで来た横槍が、全て相殺し、主の元へ戻って行った。


「私が一番乗りみたいね!」

「シャルティか。大罪らしく、貪欲な奴め」


 などと、負けず嫌いで漏らしたものの、今のは助かった。

 “見えざるが悪夢イロウエル”はアンの技の中で一番魔力消費が大きく、反動も大きい。今の攻撃は躱せるどうか、正直ギリギリだった。

 最悪、義手を犠牲にするつもりだったが、シャルティには礼を言わねばならない。


「あいつが賭博師ね……細菌魔法は使ったわけ?」

「今まさに使ったところだ。が、どうもに対しての耐性があるらしい」

「へぇ、さすがは英雄様って訳。上等! 貪欲の大罪つみ、シャルティ・アモンが、引導を渡してやるわ!」

「不埒な小娘よのぉ。まぁ、良い。うぬも全身全霊を賭して、余を楽しませよ」


 翼を広げてアンは飛翔。

 シャルティは槍を見せ付けるように高々と掲げて振り回してから、距離を詰める。


 高く抛った銃弾を連射。

 黒を孕んだ銀の閃光が降り頻る中、龍人族ドラゴンメイドの身体能力で以て風を切る。

 槍での相殺は狙わず、鎮座する椅子諸共串刺しにしてやらんと、とにかくブラックを目指して繰り出される弾幕を駆け抜けた。


「『流せ』――“黒い森の怪物ネルルク・タラスコン”!!!」


 槍の形状が変化。

 三節棍――と呼ぶには長く、関節部分がやたらと多い形に転じて、伸びる。

 関節と関節の間が伸び、蛇のようにうねり、鎌首をもたげて飛び掛かり、繰り出される弾丸の雨をすり抜けた槍の切っ先が、ブラックの肩に牙を突き立てた。


「どうよ!」

「ダメだ、届いていない」

「その通り……外れだ」


 肩に装甲。しかも仕込んでいる事がわからぬよう、布を被せている周到ぶり。

 お陰で、シャルティも槍が届いたと誤認させられた。

 舌打つ音を低く響かせ、三倍以上の長さに伸びた槍を縮めて戻す。


「惜しかったなぁ。腹に届けば、その槍であれば貫けたろうに」


 晒した腹部をさすりながら、道化師じみてケタケタと笑う。

 纏った外套の下、体の部位ごとに装甲を仕込んでいたり、肌を晒していたりと、敵の攻撃を自分が受ける箇所で遊んでいる。

 とても、正気の沙汰とは思えない。


「それ、交換シャッフルだ。今度はどこに当たるかな?」

「舐めるなってぇのぉっ! “怪物タラスコン”!」


 広げるように、槍を伸ばす。

 伸縮自在。縦横無尽。十を超える関節を伸ばし、曲げ、賭博師相手に翻弄しようと試みる。

 が、そう言った趣向は向こうの方が上手うわてだ。


 解き放った銃弾が、様々な角度に方向を変えながら、シャルティの周りを飛び回る。

 今まで単調だった銃の軌道が、突如無茶苦茶に変わってシャルティは翻弄され、同時に二択を迫られた。

 このままブラックを狙うか。それとも自分を護るか。


 ブラックを狙うにしても、また当たる部位によっては防がれる。

 自分を護るにしても、不規則な軌道を追い切れるかわからない。

 どちらにしてもリスクは生じる。だが明らか、後者の方がメリットは少ない。ならば――


「貪欲が、遠慮なんかしてどうするの!」

「ほぉ?」


 貪欲に、強欲に、狙う物は躊躇わず狙う。

 例え自分が危機にあろうと、妥協も遠慮も、自分自身が許さない。


「追い喰らえ! “飢える怪物の狩猟ハンティング・タラスコン”!!!」

「“アタリかハズレかデッド・オア・アライブ”」


 槍が迫る。

 銃弾が迫る。


 狙ってか。図ってか。

 互いを狙い、迫り来たタイミングは同時。

 防御も回避も間に合わない、絶妙な間合いとタイミング。このままでは相討ちだが――


「生か死か? 否、生しかあり得まい!」


 そう、今この場にいるのは、シャルティとブラックだけではない。

 むしろシャルティより先に、アンが先にいた。

 振り下ろした灼熱の剣撃が、文字通りシャルティの目と鼻の先で弾丸を叩き落す。


 対して、ブラックは迫り来る槍を一切防御する事無く、腹の真ん中に槍を受けた。

 紙のように薄い結界に威力を削がれたものの、四〇度近い熱を籠らせる体に、鋭い槍の切っ先が突き刺さった。

 槍が抜けるとすぐさま回復魔法を使って傷口を塞いだが、ダメージは残る。


「当たりだ……フフ。次は大当たりを目指せ?」

「あいつ。自分の命すら賭けて遊んでるっての?!」

「さすがは賭博師。守護者が呆れるのも良くわかる」


 熱に蝕まれ、修復はしながらも腹に槍が刺さっても未だ余裕綽々として、遊んでいる。

 彼女の中で、未だ戦闘には至っていまい。脚を組んで王座に座り、踏ん反り返っている姿を見れば明らかだ。

 彼女にとっての戦闘は、未だ遠い。


「まだまだ余裕たっぷりって感じね……ムカつく」

「最早、魔王との戦いさえ本気でやっていたか怪しいな、あれは。まぁ、私達と奴との間に、それだけの実力差があるとも言えるが」

「なら、その余裕を奪ってやるまでよ!」

「そう言うこったなぁ!」


 駆け抜ける冷気に対して、銃弾が放たれる。

 横から飛んで来た氷柱を粉砕し、飛び掛からんとした巨体に銃弾を向けて牽制。着地を狙って放たれた一撃を、咆哮と共に解き放った冷凍光線にて相殺したベンジャミンは、体に冷気を張り付けた状態で、二人のところまで飛び退いて来た。


「割と遅かったな、ベンジャミン」

「悪いな、姉御。捕まってた奴隷を逃がしてやるのに手間取った」

「ホント、見かけの割りに面倒見良いわよね、あんた」

「見かけの割りに、は余計だ! ……で、あいつが賭博師か」

「其方なら、嗅げばわかろう」

「いや、硝煙の臭いが凄いんだよ……まぁ魔力は感じてるから、充分わかるがな」


(噂に名高い聖人殺しか……どれ、どの程度ものか見てやろうか――)


羨望それ頂戴いいなぁ


 ブラックの指から、銃弾が落ちる。

 銃弾を解き放つために籠めていた魔力が抜けて、熱に侵蝕される手の震えが止まらない。

 直後、自分に向かって来る光線をすかさず装填した次弾を弾いて相殺したが、直後に繰り出された声による魔力震動の追撃は、全身で喰らった。

 三半規管を刺激され、酔わされた程度だが、四〇度近い熱を籠らせる今の体には、結構応える物がある。


「アァァン姉ぇぇちゃぁぁぁん!!!」


 今の今まで一人だけで戦っていた事を嫉妬されたが如く、嫉妬の大罪つみが跳び付き、抱き着いて来る。

 少女とはいえ、魔族のホムンクルスの力で抱き着かれると結構痛くて、アンは堪らず降参タップした。


「アン姉ちゃん! 私、アドレー来たよ! 速い?! 早い?! はやい!?」

「あぁ、よく来てくれた。嬉しい。嬉しいから一度離れてくれ。さすがに両腕義手は困る」


 後背の扉が軽々と飛んで行く。

 扉を殴り飛ばした掌底を引き、合掌した破戒僧が、深々と目礼して現れた。


「怠惰の大罪つみ、グレイ・フィルゴール。破戒僧ながら、念仏を唱えに参った次第」

「アン様!」


 背後からエリアスが駆け出して来る。コールはグレイの背後でビクビクしながら、グレイを盾に共に出て来た。


 憤怒。貪欲。傲慢。嫉妬。怠惰。暴食。そして、色欲。

 七つの大罪、ここに集結――


「アン様! ご無事でしたか!? アドレーはちょっと、アン様を離してください!」

「やぁ! アドレーも、お姉ちゃんといるぅ!」

「シャルティ程じゃないが、嬢ちゃんはなんか、気が強くなった気がするな……」

「へぇ、ベンジャミン。これでも私、貴族の令嬢なんですけど? 私はお嬢様じゃないって事かしらぁ……抉るわよ」

「まぁまぁ。ともかく皆様、ご無事で何より」

【騒がしい奴らだな】

「う、うん……」


(まとまりがないな……)


 我ながら、よくも集まってくれたものだ。

 個性の塊。個性と個性のぶつかり合い。自分がいなければ、一生混ざり合わなかっただろう者達の集い。


 だが、だからこそ良い。

 縁も命運もすべて自分の手で手繰り寄せ、選び取った結果だ。

 誰かに言われるがまま結んだ手はなく、ほどかされる手もない。

 すべて、自分自身で選び取った手だ。前世では出来なかった事だ。もうすでに充足感があるが、ここから始まるのだ。


 ここから、ようやく始まりだ。


「壮観だな。遂に、揃ったのだな。七つの大罪」


 侵蝕の魔法にもだいぶ慣れて来た。

 もう暫くは遊べる。まだサイコロは投げられ、宙を舞ったまま。

 そんな状況で、背など向けられるものか。


 ずっと、この時を待ち望んでいたのだから。


「良かろう。しかしやるからには、余を失望させるなよ? 七つの大罪」


 ヒールの音を高々と響かせ、遂に、賭博師が王座から腰を上げ、立ち上がる。

 若干ふら付きながらも、高いヒールの靴を鳴らして階段を降りて来る。

 外套を開き、露出度の高い体を晒した彼女の両手には、今までにはない魔力の籠った八つの銃弾が指と指の間に挟み握られていた。


「来い。英雄にして賭博師、ブラック・ドラッグが、


 魔弾の担い手にして英雄の一角。

 賭博師の名を冠した遊び人が嬉々として、遂に自らの参戦を宣った。

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