魔弾の射手

 『四面楚歌』。『背水の陣』。

 『前門の虎、後門の狼』とはこの事か。


 確かに、危機的状況ではある。

 八方を敵という敵に塞がれ、文字通りの八方塞がり。

 袋のネズミ。追い詰められたし、追い詰めたと思っている事だろう。


 実際、追い詰められた事には違いないが、どうした事か。この場には不適だろう笑いが、止まらなくて困った。


「あんたら、同情するわ。貪欲の大罪わたしを相手にしたせいで、これ以上なく惨い死に様を晒すのだもの!」


 憤怒の大罪アン・サタナエルの狂気でも移ったか、笑いが込み上げてしょうがない。

 七つの大罪、強欲の大罪つみ。その能力を知った時の高揚感と、湧き出た興奮物質アドレナリンの量を思えば、笑えて当然とさえ言える。

 誰よりも強く欲し、求めていた力が手に入ったのだから。


「『つんざけ』――“黒い森の怪物ネルルク・タラスコン”」


 号令を受けた青い槍が、魔力を帯びて変形する。

 魔力を内包した水晶を削って作ったような、美しき三叉槍トライデント

 三つの先端が、この世でも指折りの鉱物を加工して作ったような刃となっており、それぞれに鋭い魔力を帯びている。


 今までと異なる形状へと変化を遂げた槍を振り回すシャルティに対して、数、戦力共に圧倒的優位にあるはずの賞金稼ぎバウンティ・ハンターらが、揃って一歩引いた。

 彼らの引き攣った顔が、シャルティの笑いを余計に誘う。


「心配しなくても、全員揃ってあの世に送ってあげるわ……!」


 放たれる攻撃を戦火諸共巻き込んで、三叉槍トライデントが風を切って回る。

 塵も芥も掻き混ぜて、手首の上で回る三叉槍トライデントが回転と共に魔力を蓄積させ、ほぼすべての攻撃を呑み込むと、次の瞬間に蓄積した魔力と共に、今まで吞み続けていた攻撃のすべてを周囲の敵目掛けて解き放った。


 反射された攻撃を受け、頭部が吹き飛び、体に風穴が空き、四肢のいずれかが吹き飛ぶ。

 痛みも感じず死んだ者が倒れる隣で、倒れた物が傷みにもがきながら死に絶え、その隣で死に切れなかった者達が痛みにもがき苦しむ。


 涙ながらに逃走を試みる者達は、いつの間にか目の前に立ちはだかっていたシャルティを見上げて、絶望色で顔を染めた。


「全員送ってやるって言ったでしょ? 遠慮しなくて、良いんだから……ね!」


  *  *  *  *  *


「……! アン様!」


 台風一過。

 まるで、災害が通り過ぎた後。


 敬愛するご主人様に向かって一直線。

 健気に駆け寄るスライムの少女の背後には、全身の水分と魔力を吸い尽くされ、ミイラと化して余命数分の者達が、何十人と転がっていた。


「アン様!」

「その声は……エリアスか。まったく、仕方のない奴だな」

「アン様!」


 真っ直ぐに跳び付き、抱き締める。

 今まで距離を置かれていた反動もあって、幼児退行しているかのようだ。

 抱き着いた胸に顔を埋め、すりすりと擦り付けてくる彼女に、今まであった遠慮がない。


 特訓は、アンへの依存を無くすための物だったはずだが、むしろ強まっている気がする。守護者の思惑が外れたか、と思ったものの、自分を抱き締める少女から厖大な魔力を感じて、真の思惑を悟った。


 主人のためならば、害なす敵の一切を屠り、そのための遠慮も躊躇も捨て去る、狂気にも近しい冷酷かつ冷徹なる忠誠心。

 例え敵が子供であろうと、老人であろうと、女性であろうと、アンのためなら加減なく殺す。

 何とも大罪として相応しい物を植え付けてくれた。最早、彼女を捕えようとする人買いさえ、彼女自身で撃退してしまえるだろう。


「あぁ、良く戻ってくれた。そして、よくやったな、エリアス」

「はい! アンさ、ま……」

「あ、え、えっと……」


 アンの背後にいたコールに気付いて、エリアスのアンを抱き締める力が強くなった。

 前世でもペットを飼った経験のないアンだったが、まるで先に飼っていたペットが、後から家に来た新参者に対して、強く警戒を抱くかのような構図を思い浮かべていた。

 頭頂部から一本生えた髪の束が、威嚇する猫のように高く伸びている。


「コラ、エリアス。彼女達はおまえの同胞だぞ? 仲良くしてやらないか。アドレーみたいなものと思えばいい」

「……はい」


(何をそこまで警戒しているのやら……)


 エリアスがコールの何に対して、そこまで警戒しているかわからないが、直に慣れるだろうと、とりあえず、今のところは保留しておく。

 何しろただいま現在進行形で、精密かつ繊細な作業の真っ最中だからだ。

 エリアスもすぐに気付いてくれたようで、アンの邪魔になると察してそれ以上の面倒は起こすまいと引いてくれた。


「これは……召喚の魔法陣、ですか? アン様」

「うん。本当はコールを回収し、国を壊滅させた今、ここに長居する必要はないのだが……野暮用が出来た。これから、大罪全員で賭博師殿に挨拶に向かう。その間、邪魔者がやって来ないよう……梅雨払い兼門番をここに構える事とした」

「ですが、高位の使い魔ともなればそれなりの触媒が必要って……」

「触媒なら、そこら中に転がっていよう。いや、この場合……供物と言うべきか」


 憤怒はTell the world to hear世界に所望するwhat you say if you don't want to die


 右に太陽より愛でられしThe evil star that comes月桂冠の乙女from the east and brings about ruin


 左に月に焦がれて仰ぐA sword that comes星環の石より作られた剣from the west and just kills


 我が左右に温情をSend a servant to my side我が左右に貴き加護をShare your life and commit mortal sin


 我は太陽に憧れる者でありMy life doesn't know the light of the sun,月に焦がれる者であるI don't know the moonlight


 故に来たれ、If you have mercy on me,世界の理よりteach me the light


 捧げる物は炎と魂Come if you have the courage to reach out供える物は屍と大地If you say to give mercy, kneel to me


 我が言霊をThe courageous servant聞き届けし使い魔よ、who denies my words come to me我が言霊をIf you turn your back受け入れるならば、if you can't deny me,その姿顕現せしhurry and erase your existence with your life


 アンの前に展開されていた魔法陣が、消えた。

 いや、消えたのではない。消えたように見えただけで、実際は賭博国家ゴルドプール全体を覆える程の面積にまで急速に拡大しただけだ。

 アンが紡いだ詠唱の通り、魔法陣は国を焼き尽くす炎を吸い、消え逝く魂を吸い、倒れる屍を喰らい、人が築き上げた文明たる建物を喰らう。


 大量の供物を喰らった魔法陣は、同じ一瞬で元のサイズに縮小。

 二つに分かれた魔法陣は、それぞれの供物を燃やして異なる色で輝き、二体の使い魔サーヴァントを召喚するに至った。


 使い魔サーヴァントは主に、精霊型。英霊型。悪魔型。天使型。動物型。無機物型の六種類に分かれており、一から四までの階級がある。

 階級は数字が少ない程、能力値が高い事を示すが、ごく稀に、一級をも超える使い魔サーヴァントが召喚されるケースが生じる。

 どのような条件にて召喚されるのか解明されておらず、召喚者の実力にも影響されない事から、完全な運だと言われているが、もしも要因が運だけならば、今この瞬間、アンは持ち得る運の全てを使い切ってしまったのかもしれない。

 何せ――


〖天使型特級使い魔サーヴァント、イェラ〗

〖英霊型。特級、ノドゥ〗


 同時に、二体もの特級使い魔サーヴァントを召喚してしまったのだから。


 まさに神引き。

 ゲームガチャで言えば、SSRキャラの二枚同時排出。

 数種類のキャラクターがランダムに入った菓子玩具なら、一つだけ情報秘匿状態シークレットになっている隠しキャラ同時獲得。

 大量の供物はいかきんの甲斐あって、どうやら当たりを引いたらしい。


 重畳。


「召喚者、アン・サタナエルだ。イェラ。ノドゥ。双方、我が召喚に応じたと言う事は、私の使い魔サーヴァントとして仕える気がある、と言う事で良いのだな」

〖個体名イェラは、召喚者の問いかけに『イエス』と返します〗

〖この身はマスター使い魔サーヴァントだ。主に好きに使ってくれて構わない〗

「良し。ならば改めて、契約の証を立てよう。契約書にサインでもすればいいのかな?」

〖個体名イェラは、召喚者の問いに『ノー』と答えます。召喚者に行なって頂きたいのは、署名ではなく命名です。私達が貴女様であると言う証の名を、どうかお与え下さい〗


 二人はたった今名乗ったばかりだが、要は愛称を付けろと言う事だ。


 名も無い使い魔サーヴァントはそれその物が存在の証明となり、元より名を持つ使い魔サーヴァントにとっては正体を隠すための合言葉のような物になる。

 名を持つような高位の使い魔サーヴァントとなれば、能力や弱点がある程度露呈している可能性があるため、必要な処置である。


「良い。では、イェラはミカエラ。ノドゥはゲオルギウスとする。どちらも、我が前世では名高き龍殺しの天使と英雄の名だ。誇り高く、胸を張って名乗るがいい」

〖畏まりました。これより、個体名イェラはミカエラと呼称を変更。更新致します〗

〖謹んで、拝命しよう。では早速、我々に命令を。マスター

「我々は今から、あの城の主と対面する。おそらく、そのまま交戦する事になるだろう。其方達は、あの城に部外者が来ないよう守れ。強行突破しよう者があれば、殺してでも止めよ」

〖畏まりました。命令を受諾。これより任務に移行します〗

マスター。恐縮ながら、ここから城まで距離があります。交戦を前提とするならば、体力を温存するのが得策。故に御二方を、我が黒馬にてお連れしましょう〗

「うん、良い提案だ。だが敢えて、私は遠慮しよう。代わりに、そこのスライムの娘を運べ。後で改めて紹介の場を設けるが、彼女とそこの死霊憑きの少女が私の同胞である。直接の主人でなくとも、私に次ぐ主と思え」

〖畏まりました〗

〖御意〗


  *  *  *  *  *


 族が響かす喧騒は消え、吐き気を催す程の気持ち悪さを孕んだ静寂が続く。


 状況把握のためには観察が必須であろうが、賭博師にそんな必要はない。

 把握すべき状況はなく、把握したところでやる事に変わりなく、他にやるべき事もない。


 必要最低限の使用人と部下は、すでに転移の魔法で逃がした。

 自分も一緒に逃げても良かったのだが、それでは面白くないだろう。

 せっかく向こうが挨拶しに来るのだ、出迎えないなんて詰まらない選択肢はない。


「来たか」


 天蓋代わりのステンドグラスが、微塵に砕けて燃えて消える。

 大罪を犯す熾天使が広げる炎の翼が、割れた天蓋を仰ぐ賭博師の瞳孔の中で煌々と輝き、砕け散るガラスの輝きなど無視させて、見入らせた。


「其方だな? 賭博師、ブラック・ドラッグは」

うぬだな? 七つの大罪、憤怒のアン・サタナエルとは」


 翼を広げたアンは、王座に脚を組んで座るブラックへと飛翔。距離を詰め、剣を掲げる。

 が、一秒と経たぬ後には掲げた剣を振り下ろす事無く引き下がり、剣を収め、翼を仕舞い、一時的に様子を見る体勢を取らされた。

 悠然と、余裕たっぷりと見せ付けられるように指で弾かれる、彼女の魔弾によって。


「それが、其方の得意とする魔弾か。銃の類は見当たらんが」

うぬは確か……転生者であったな。魔弾の射手デア・フライシュッツ、で、あったか。魔弾の使い手はそう呼ばれるらしいが、余とそれらを一緒にするな。うぬらの魔弾など、銃なる機器あってこそ力を発現する代物。しかし、余の魔弾にそのような鉄塊は必要ない」


 もしも、瞬間的に感じ取った脅威に抗い、剣を振り下ろしていたならば、体に風穴が空いていただろう。


 彼女の右手。人差し指に置かれた魔弾が、親指に弾かれて飛ぶ。

 拳銃やライフルの比ではない速度で、青い閃光を軌道上に残してアンのすぐ横を通過。アンの放つ赤き閃光より遠方まで届き、一直線に貫通した。


 文字通り、

 彼女の手そのものが銃身であり、引き金。異世界転生者が多く蔓延るこの世界に、魔弾使いなど珍しくもないと思っていたが、まさか銃が要らないとは、さすがに予想していなかった。


「余は、この世で最も退屈を嫌う。暇を見つけては潰すが趣味だ。故に、余を退屈させるでないぞ? 七つの大罪。そうでなくては、大枚をはたいて、うぬらを生かした意味がない」

「抜かせ、女帝。いつ私らが其方に生かされたか知らないが、礼は言わぬ。むしろ後悔すると良い。何時ぞやか、貴様の首を掻く者達を、生かしてしまった己が罪を!」


 怠慢にして傲慢の化身が如く、今となっては配下の一人もいない城の王座に、脚を組んで座る女帝の顎は上がり、手先で魔弾を遊ばせている。

 まずはその傲慢が油断であり、大敵である事を知らしめるところから。


「では、一手手合わせと願おうか。気高き英雄殿」

「赦す。まずは踊れ。余を楽しませよ、憤怒の」


 電光石火の魔弾と、颶風に押される煌炎と、二つの力が持ち得る最速同士が、疾く、衝突した。

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