七つの首に懸かる大金、それを喜ぶ大罪人

 女の喘ぐ声が響く。

 悦楽に浸りながら自我を保ち、わざとらしく厭らしく揚げられる喘ぎ声を聞いて興奮する男に、種族による差異は少ない。


 女は多くの男が体に吐き出す精を受け止め、全身に浴び、交わり、喜ぶ。


 性の交わりが特別好きなわけではない。

 今、この時、今日のこの時間に限って、女のやりたい遊びがであっただけの事。

 故に用意したすべての男が果ててしまった今、女――賭博師ブラック・ドラッグはまた、別の遊びを所望する。


 ガラス張りの浴場から、あちらこちらに転がっている玩具おもちゃを見下ろして、嬉々として口角を吊り上げた。


「自称、下賤な使いよ。ちこう」


 ブラックに無理矢理参加させられた青年は、疲れ果てた体を起き上がらせ、ブラックの側に傅く。初めての味わった女の余韻に浸る暇もなく、男達の体液にまみれたブラックの体を洗わされた。


「結果、うぬが最後まで余の遊戯に付き合ってくれたな。褒めてつかわす」

「は、はい……光栄、です」

豚人オークやゴブリンは性豪と聞いていたのだが、大した事なかった。結局、腰を振るしか能のない獣と変わらなんだ。その点、うぬは必死に余に悦を与えんとしてくれた。可愛かったぞ?」

「は、はい……」


 何でそう、恥ずかしい事をさらっと言えてしまうのか。

 交わった五〇人近い男達はそこらで死んだように横たわっているのに、それだけの精を受けた彼女が一番元気なのが、不思議でしょうがない。

 途中、何か良からぬ薬さえ自分自身で打っていたような気さえするのだが、彼女だけがこの場で生きている。

 彼女だけが、今の今まで繰り広げられていた交わりを楽しんでいた証拠なのか。


「どれ、余を楽しませてくれた褒美をくれてやろう。好きに申せ」

「で、では――」


 青年は躊躇、逡巡しながらも語った。

 体が不自由な兄の莫大な医療費を稼ぎ、家族の食い扶持を稼がなければならないと言う自分の内情と共に、金が欲しいと懇願した。


 すると賭博師は大口を開けて笑い、青年の顔を豊満に実った自分の胸に埋めるよう抱き寄せて、再び起き上がった青年の生殖器を、小型の動物でも扱うかのように撫でた。


「良かろう。褒美を賜す。その代わり、これからもで余を楽しませよ。うぬには余の側仕えを命じる。それに見合った給与も与えよう」

「あ、ありがとうございます!」

「ウム。して……うぬは何用か」


 浴場の扉前に、侍女が立っている。

 ブラックが振り返ると深々と頭を下げ、魔法を展開。ブラックの前に、ゴルドプール内各所を映す複数の映像を映し出した。


「ご報告申し上げます。アン・サタナエルを含めた三名以外の、他三名の大罪の転移入国を確認。各所で賞金稼ぎバウンティ・ハンターとの戦闘が起こっております」

「ホォ。残りの戦力も投入して来たか。最初からこう言った手筈だったのか、それとも予定変更か。いずれにせよ、この国も崩壊するやもしれぬなぁ」

「退避なさいますか?」

「何を言う。ここから面白くなるのではないか」


 風呂から上がったブラックは、女相手とはいえ裸体も隠さず侍女に詰め寄る。

 仮に侍女が敵の扮した変装である可能性など当たり前に考えていたし、むしろそうであったら面白いとさえ思っていたブラックは不用心に侍女に詰め寄り、瞳孔を縮めて笑った。


「残りの奴らの手配書も作成せよ。金額は妾が決める」

「は、了解!」

「さぁて……面白くなって来た……なぁ?」


  *  *  *  *  *


 傲慢ベンジャミン暴食エリアス貪欲シャルティ

 三人の到着により、七つの大罪は賭博推奨国家グランド・カジノに集結した。


 魔力探知で確認したアンはわざとらしく両腕を広げ、興奮の中で高笑って見せる。

 未だ、賞金稼ぎバウンティ・ハンターに転生した男と対峙していたものの、舞い広がるあかい羽が男の体に触れて爆発し、連鎖して起こる爆発の連続が男を焼いていた。

 周囲で戦いを見ていた賞金稼ぎバウンティ・ハンターらは退散しようとするが、範囲を拡大させた羽の包囲網から逃げきれず、赫く爆ぜる爆発に喰われて倒れて逝った。


「な、なんだべこの力……こんな規格外チート、俺にはこんな力なんて……!」

「他人の命を狩って生きる道か。さぞ、楽しかったのだろうな」


 両脚と片腕が、炭化していて動かない。

 このままでも火傷で死ぬだろうが、アンにそこまで待つ気などない。

 そんな殺し方では、


「そら、どうだ? 狩る側から狩られる側に回った気分は。狩人なんかを追い詰めた際にみんな決まって聞くだろう? で、答えを聞く間もなく場面転換フェイドアウトだ。私はそんな事はしない。そら、教えてくれよ」

「イ……イカレてんべ、おまえ……!」


 胸座を掴み上げ、顔を覗くように近付ける。

 まもなく死を迎える男が吐く息遣い。途絶えかけている鼓動を感じ、電気信号が通わなくなり始めている脳を巡らして言い残す最期の応答を待望するアンは、悪魔のような笑みを浮かべて笑っていた。


「さぁ、どんな気分だ? 難しくないだろう。なぁ、答えてくれよ」

「そ、そんなの……最悪に決まってるべ――!」


 掴んでいた胸座から手を離し、頬に風穴が空きそうな勢いで踏み潰す。

 グリグリとヒールを押し付けるアンは、未だ猟奇的に笑っていた。


「抽象的に過ぎないか? もっとあるだろう。腹の底から湧き上がる怨念でも悔恨でも何でも。何かあるはずだろう? なぁ、あるだろう?」


 狩られる側の気持ちは最悪以外に例えようがなく、それ以上何も思い付かなかったが、男の頭には今、自分を踏み付けて笑うアンを示す言葉ならすぐさま思い付いた。


 狂っている。

 壊れている。

 イカレている。


 どうしてそんな事になる必要があったのか。

 どうしてその様になる必要があったのか。


 何にしても、彼女を構築する部品のいくつかが歪み、固定するネジが外れて、人が保つべき理性が壊れ、崩れてしまっている。

 自ら壊し、崩してしまっている。


 異世界に転生した者が皆、幸せなはずだ。

 大なり小なりの差は生じるだろうが、スローライフでもチート無双でも、各々が各々の形で幸せを掴み取っているはずなのに、何故、彼女はここまで大きく自らを歪ませてまで戦っているのか、理解出来ない。


 とにかく、言えることは一つだけ。

 彼女は狂っている。壊れている。崩壊している。

 そういう風に、自分を作り替えた怪物だ。


 人は生まれ育った環境によって作られるものだが、彼女は自らの手で環境を作った。

 自らを壊し、歪ませる場所を作り上げた。

 故に怖い。恐ろしい。


 アン・サタナエルは、光を知らない怪物だ。

 光を見失った事で、生まれ出でた怪物だ。

 彼女を倒せる人はいるだろうが、彼女を止められる人はそういまい。

 まるで操縦桿を失い、操縦士を喪い、線路を全力で駆け抜ける暴走機関車。彼女を止められる者は、誰もいない。

 いないからこそ、大罪これは強い。


「なぁ、何も無いのか? なぁ! なぁ! なぁ!」


 踏み付けられる。

 踏み砕かれる。


 頬が潰れ、貫かれ、歯が折られて、砕かれて、頭を踏み付けられ、砕かれて、脳漿をぶち撒け、焼かれて消える。

 初めから存在などしなかったかのように、抹消される。


 女の笑い声が炎の中央で轟き、己が存在を証明した。


「あ、あれ……」

「ん? あぁ、起きたのか。おはよう。ご機嫌如何かな?」


 色欲の大罪を頂戴した死霊憑きの女性――ラスト・コールが目覚めた。

 彼女の傍らにずっと寄り添っていた死霊ラスト・シンは、彼女が目覚めた事で子猫の姿から、アンと対峙した時と同じ異形の怪物となって彼女を覆う様に立つ。


「ウン……その様子だと、眠っている間も大抵の情報は、その霊を通じて伝わっていたな?」

「は、はい……遅れてですが、その……あなた様と、主従の契約がなされた事も、伝わって、おります……」

「フム。では、其方が我が七番目の大罪――色欲の大罪ラスト・コールを冠した事も、伝わっているな」

「は、はい……でも、私、お役に立てるかどうか……」

【大丈夫だ。おまえはただ、俺に魔力をくれればいい。戦うのは、俺がやる】

「は、はい」


 思っていたより、声音は安定している様だ。

 奴隷と言う位置から解放されたからか、それとも別の要因か。

 とにかく、今は戦えるのであれば問題はない。


「あ、これって……?」

「手配書か」

「は、はい。ですが……」

【知らない顔が増えてるぞ】


(仕事が早いな……手配書を作るのなら真名を看破する能力ないし魔法くらいはあるだろうとは思っていたが、奴らが来てまだ三〇分も経ってなかろうに)


 だが、面白くなって来た。


「コール。手配書は七枚あるか?」

「は、はい! あります!」

「そうか。では悪いが読み上げてくれるか? 今の我々の懸賞金額」


 どこぞの海賊漫画みたいでいい、と考えていたアンは、内心ワクワクしていた。

 いきなり超が付く高額だとちょっと萎えるが、四人の皇帝みたいな額が付いていたらいたでちょっと燃える。

 この興奮を分かち合える者がこの場にいない事が、なんと歯痒い事か。


  *  *  *  *  *


羨望それ頂戴いいなぁ


 言霊に籠めた魔力にて敵の魔力を奪い、声と共に風の大砲として放つ。


 自分を捕まえようと準備されている魔法陣に自ら飛び込み、魔法陣を構成する魔力と、魔法陣の仕組みとを奪い取ったアドレーは高々と跳躍。

 六人もの魔法使いが時間を掛けて設置、起動しようとしていた魔法陣を跳び上がった空中で構築し、起動。

 六人の魔法使いを輝ける鎖が捕らえると、先に奪っていた鎖鎌で全員の急所を的確に切り裂き、討ち倒した。


「次次! 次は何を見せてくれる?!」


 ~“七つの大罪・嫉妬の大罪つみ”アドレー・リヴァイア。懸賞金、一億一千八百万円~


  *  *  *  *  *


 人々が呆然と立ち尽くす。

 中央を通るは鬼の破戒僧。

 全員の急所を貫いた手で合掌する彼が念仏を唱え終えると、一斉に人が倒れた。


 狂わされた時間が元通りに動き始め、人々は苦悶に噎び泣き、虫の息で最期を待つ。

 念仏を唱え終えた破戒僧は、次に極楽へと送り込む相手を顔についた三つので探し、見つけ出した相手の時間を狂わし、恐怖へと誘っていく。


南無ナム


 ~“七つの大罪、怠惰の大罪つみ”グレイ・フィルゴール。懸賞金、一億五千万円~


「“黒い森の怪物ネルルク・タラスコン”!!!」


 地面より射出されたが如き勢いで飛び出して来た青い龍槍を掴み取り、迫り来る賞金稼ぎバウンティ・ハンターらに単身飛び込んで行く。


 体格差も戦力差も関係なく、青い槍の繰り出す攻撃が呑み込んでいく。

 今までに繰り出していた力尽くの一振りでは苦しかった質量さえ、身に染みて覚えさせた動きが絡め取って、掬い上げて、振り払って、蹴散らして行く。

 未だ新しく会得した術技も、大罪の能力も使っていないのに、誰も彼もを蹴散らして行くこの圧倒感。


「快、感……!」


 ~“七つの大罪、貪欲の大罪つみ”シャルティ・アモン。懸賞金、九千五百万円~


  *  *  *  *  *


 爪が引き裂く。

 冷気が焼き裂く。

 咆哮がつんざく。


 狼の獣人に対し、賞金稼ぎバウンティ・ハンターらは数で圧倒する作戦で捕獲を試みるが、そのような手が通じるのはある程度の獣人までの話。

 彼の様な、獣の特性をより強く持つ獣人ならば、猶更だ。熟練の賞金稼ぎバウンティ・ハンターはすぐさま見抜き、違う手段を取ってくる。


「おまえ達、行け!」

「野郎……!」


 身の丈に合わぬ武器を持ち、こちらに向かって来る怪我だらけの男、女、子供達。

 奴隷だ。種族問わず、怪我だらけの奴隷達が向かって来る。

 前ならば、誰彼構わず殺していたであろうが――


「払わずとも良い火の粉ね……わかってるつもりだったが――!」


 奴隷らを軽々と跳び超え、彼らと賞金稼ぎバウンティ・ハンターとを繋いでいた鎖を断ち切り、狼らしく、鋭い牙の生え揃ったあぎとにて胴を護る装甲ごと丸々と肥え太った腹を噛み砕いた。

 奴隷契約の魔法刻印が消え去り、奴隷達の首輪が外れる。


「逃げる奴ぁ追わねぇよ! それでも来るなら掛かって来い! まとめて相手してやらぁ!」


 ~“七つの大罪、傲慢の大罪つみ”“聖人殺し”ベンジャミン・プライド。懸賞金、二億円~


  *  *  *  *  *


 国土全焼。

 もはや一面焦土と化している国で一か所、未だ燃え上がる火の手。


 あそこにあの人がいる。

 自分を助けてくれた人。

 自分にこの服をくれた人。

 自分に道をくれた人が、あそこに――


「邪魔を、しないで頂けますか」


 迫り来る賞金稼ぎバウンティ・ハンターらを、伸びた触手が鎌首をもたげて喰らう。

 かつては恐れ、逃げるしかなかった人達が、悲鳴と共に溶けていく。

 防具、武器の類は腐食し、溶解。人は魔力を吸い取られ、ミイラのように石化する。


 あの人のように、大罪を犯す。


「アン様……今……!」


 ~“七つの大罪、暴食の大罪つみ”エリアス・エクロン。懸賞金、七千七百万円~


  *  *  *  *  *


「で、私、ラスト・コールがその……色欲の大罪つみとして、手配されています。懸賞金は、五千三百万円、と……」

「前世だったら丁度、政治家が頭の悪い政策に動かして周りからバッシングを受ける額だな。にしても二億か、さすがは聖人殺し。で、私はどうだ? こう、いい感じで撮られているか?」

「え――えぇっと……」


 まるで悪魔の様です、とは言い難かった。


 だが実際、破壊の限りを尽くした魔王の復活みたいな感じで撮られた写真が手配書に載っており、見る人によってはいいと言うかもしれないが、大体が恐怖を誘われる構図となっている。

 果たしてこれを、アンの言ういい感じ、で言っていいものか。


【おう。英雄を殺せるのはおまえだけみたいな感じで撮れてるぞ】

「ちょ、ちょっと――」

「そうか! ならば良い!」


 良いんだ、と思いつつ、わざわざ乱す事はないとそのまま流す。

 燃え盛る炎の中、笑う彼女は子供の様でありながら、同時、写真の通りの悪魔の様にも見えて、コールにはひたすら不思議だった。

 まぁ、それでもアンの首に懸かった額を見れば、やはり悪魔の要素が強く映るが。


「面白い事をしてくれるじゃあないか、賭博師! 良い! 実に良い! 魔剣帝にも教えてやれ! 私達の存在を! 七つの大罪が、其方の罪を罰しに来たと! 世界全土に、我々の存在を知らしめよ!」


 ~“七つの大罪、筆頭、憤怒の大罪つみ”アン・サタナエル――


「あぁそういえば、私の懸賞金額は、どれくらいかな?」


 ――懸賞金、四億九千七百万円~

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