噛ませ犬投入、大罪参戦

 嫉妬の大罪つみ、アドレー・リヴァイアの能力は本人が思っているより複雑だ。

 能力の基本は、相手の能力や魔力、技を奪うと言う嫉妬の大罪らしい力であるが、能力は更に二つに区分される。


 一つは相手の能力を一時的に奪い、自らの能力値として還元する能力ちから

 ただしこれには許容量が存在し、アドレー自体の能力発動時点での器の許容量によって、搾取出来る力の総量が変化。更に奪った分だけ還元出来る訳でもなく、還元出来るだけの力の総量にも、搾取できる力の総量とはまた別の器で測られる。

 また、能力を還元出来る時間は、あくまで一時的。それこそ、搾取した能力が持つ起動時間の半分程度しか、自分の力とする事が出来ない。

 が、一時的にでも相手の能力を奪える上、自身の膂力と魔力を向上させる事が出来るのだから強力である事には違いない。


 もう一つは、相手の能力を完全に奪う能力。

 ただしこちらに関しては能力を奪うと言うより、模倣コピーすると言った方が近い。

 魔法に限らず、相手の術技を模倣し、自分の魔力によって模倣。自分の物として昇華した場合、相手の魔法、術技、能力を完全に奪い取り、相手が習得に費やした時間をも奪い、忘却させる。

 非常に強力ながら、奪い取る術技や魔法の会得難易度によって、会得にまで時間が掛かるのが難点だ。

 だからこそ、アドレーはそのためにたくさんの本を読み、たくさんの知識を蓄えて、会得に掛かる時間を少しでも減らそうと努力して来た。


「わぁ! ひゃあ!」

「この! すばしっこい奴め!」


 賞金目当ての男が振るう鎖鎌を、アドレーはひょいひょいと躱し続ける。

 その間にも、相手を見る事、観察する事を忘れない。

 鎖鎌を操る腕の動き、手の動き、全身の動き。更に操られる鎖と先端に括りつけられた鎌と寸胴の動きを観察し、鎖鎌の術技を見て、盗む準備を整える。


 同時、魔法攻撃や手裏剣、ブーメランなどの飛び道具が飛んできているが、それらを躱しながらも一切無視して、鎖鎌の方を見つめている。

 だが、攻撃の構えを見せている魔法使いの数が五人を超えると少々面倒になって来て、アドレーは一瞥を配り「頂戴」とだけ呟く。

 五人が持つ魔力のすべてではなく、起動しようとしていた魔力に必要な分だけ奪い、風の弾丸として解き放った。


「おのれ!」


 鎖鎌を構えた男へも、風の弾丸を放つ。

 躱す際に揺らぎ、不意打ちで放してしまった鎖を奪うように取ったアドレーは、ニンマリと笑って、言った。


「“もしもあなたの人生を生きたならプリーズ・ユア・ライフ”」


 何とも言えない虚脱感が、男を襲う。

 手から鎖鎌を、体から魔力を、筋肉から今まで蓄積してきた術技を奪われ、その場で片膝を突かされ、目の前で風を切って振り回される鎖鎌を、呆然と見つめていた。


「先生が言ってた! 鎖鎌はとっても卑怯だけど、使えると便利な武器だって! 卑怯かどうかはよくわからないけど……うん! 確かに使えると凄い、便利!」


 投擲された寸胴が男の肋骨を砕き割り、心臓を押し潰す。

 血反吐を吐き、脂汗を掻いて震える男は最期に捨て台詞の一つでも遺そうとするが、首に鎖が巻き付いて引き倒され、少女とは思えない力で手繰り寄せられる。

 苦し紛れに見上げると、少女がとどめの一撃だろう寸胴を振り回して、花を摘んで冠でも作っていそうな少女の笑みで笑っていた。


「ゴメンね? お姉ちゃんに、要らない容赦はするなって言われてるから!」


 だからと言って、容赦なく振り回した寸胴を叩き付け、脳天を砕き割る少女の存在は、周囲からしてみれば一種の恐怖。

 かつて世界を蹂躙した魔族の欠片を集め、造られたホムンクルスと言われても納得は出来ず、恐怖が減る事はない。


「ねぇ。おじさん達も頂戴? 武器でも、魔法でも、技でも何でも……良いなぁ」


 鬼族オーガ僧侶グレイには、遠距離攻撃を使う魔法師らが主体となって、討伐に掛かっていた。

 実際、グレイには優れた遠距離攻撃が存在せず、ただ魔力を弾丸として飛ばすだけでは、魔法を突き詰め、追及して来た彼らの魔法に敵うはずもない。

 そう露見した結果、グレイは多くの遠距離攻撃の前に晒され、着実に体力と気力を削がれようとされていた。


 が、グレイからしてみればその程度で終わる気など更々ない。

 むしろ重畳。この展開ならばこそ、怠惰の大罪つみも充分に力を発揮出来ると言うもの。


「よし! 追い詰めた!」

「全員、最速最強魔法で仕留めるぞ!」

「最速、ですか……」


 グレイの両手に開かれた目が、展開された魔法陣を順に見る。

 最高速にして最高攻撃力の魔法と宣言した事で、彼らは自分達の手札を晒し、さらに自ら繰り出す手の内を絞ってしまった事に気付けていない。

 故に問題は、魔法師自体の資質。展開から発動までの魔法の速度。


「見越し申した――!」


 霧の迷宮で、罠を見切り続けて来た成果がここで出た。

 魔法の展開速度が速い順から、グレイは己が能力に魔法師を沈めていく。

 能力には質量もなければ熱もなく、光さえもない。力は、対象の内側でのみ、響く。


「……?」

「な、ん……」


 視界がおかしい。

 今まで見えていた光景に生じる、明らかな違和感。

 色ではない。光ではない。


 時間だ。

 見えている光景の所々が遅かったり、速かったりと変動を続けており、変化する部分さえも絶えず変動を続けている。

 更には聴覚、嗅覚に至るまで時間差が生じて、今、現在、過去の認識が正確に出来ない。

 結果、全ての魔法陣が魔法を発動出来ず暴発、もしくは魔力不足で消滅し、最高速最強の魔法はどれも不発に終わった。


「ぁ、あ!」

「ん、ぁ……」


 体感している時間が常に変動するため、言葉すら碌に紡げない。

 次第に自らに付加していた防御、もしくは浮遊の魔法さえも維持出来なくなり、全員が呆然と、畑に立つ案山子かかしの如く、天井を見上げたまま立ち尽くした状態で固まってしまった。


「存じ上げませぬか。遥か昔、三つ目の神獣ないし魔獣は、揃って時刻ときの魔眼を有し、過去、現在、未来を同時に見ていたと。この身もまた三つ目なれど、残念ながら同じ目は持ち合わせず。しかしその歴史と、怠惰の大罪として付与された権能によって、疑似的にだが、魔眼は開花した。ただし、それは我が身ではなく、拙僧が定めた対象の双眸」


 能力をサラッと開示しているグレイだが、聞いている魔法師らにはグレイの説明は早送りされたりスロー再生されたりが繰り返されたりして、まるで聞き取れない。

 仮に聞き取れていたとしても、対処法は能力を打ち消せるほどの魔力で防ぐしかなく、対象から外れるとすれば、グレイの視界にいない事、盲目である事の二つのみ。

 並の相手では、対処の仕様などありはしない。


「と、いけない。能力を説明すると攻略されるのがオチだから止めておけと、アン殿より釘を刺されていたのだった……これもまた、怠惰の大罪を冠するが故の定めか。しかし……」


 合わせていた両手を離し、爪を伸ばす。

 鬼族オーガの爪は硬く、鍛えれば貫手ぬきて一つで、岩さえも砕く。人間の皮膚を突き破って、臓腑を貫くくらい容易い事だ。


「怠惰の大罪とはいえ、敵に止めを刺す事までは怠れぬ――南無ナム


  *  *  *  *  *


 雨に負けず。

 風にも負けず。

 剣にも、あらゆる魔法にも負けず。

 この身は盲目。常に怒る憤怒の大罪つみなれば、いつも静かに怒っている。

 東に悲鳴が響けばこれを絶命にて終息させ、西に命乞いがあればこれを奪い取る事で終わらせ、南に金で命を買う者あらば金諸共に焼き払い、北に歯向かう者あれば一切灰燼と変えん。

 故に褒められる事はなく、苦しみは誰にも理解されない。

 そう言う者に、なりたい阿呆がここにいる。


「そういえば……タピオカって飲んだ事、なかったな……」


 などと黄昏るアンだったが、実際、黄昏るような状況ではなかった。


 周囲一帯は火の海で、建物が、人が、金が燃えていく。

 あらゆる人々の野望と夢とを紡いできた国が、崩壊の時を迎えようとしている。

 自ら大罪を名乗る、たった三人の大罪人の手によって、大国規模の国が滅ぼされようとしている。

 正確には、たった三人の大罪と六つの自立殺戮兵器によって、だが。


「アドレーとグレイが相当に頑張ってくれているようだな。更には追加の戦力……押せ押せと行きたいが、そろそろ敵戦力噛ませ犬のご登場、かな?」


 手配書がばら撒かれてから、かれこれ一時間近く経過している。

 そろそろ来る頃合いだろう。手配書に誘われて来た、金目当ての命知らずが。


「おめぇがそうだなぁ、アン・サタナエル。オラと同じ、異世界転生者だべなぁ」


 瓦礫の上から声がする。

 わざわざ登って来たのは果たして見晴らしが良いからか、それとも高い所が好きなただの馬鹿か。さて――


「異世界に来てまで、金が欲しいか?」

「そらそうだべ! どんな世界だろうと、中心にあるのは金だべ? 王族だの貴族だの金持ちが偉い世界なら尚更、金持ちになりたいのは当然だべさ!」

「では、証人になってくれないか。『地獄の沙汰も金次第』と言う諺は本当か否か。奪衣婆だつえばにでも会って訊いてきてくれ」


 背後には、未だ眠る少女コールと、力を取り戻せていないシン。

 ここから動く事は出来ないが、動く必要もない。この場で仕留めれば良いだけの事。


「後ろの奴らは仲間だべか。そいつら護りながらどこまで戦えるだかな」

「心配無用。君は、最期に遺す言葉でも考えていればいい」


  *  *  *  *  *


 ゴルドプールに向け、近辺にいた賞金目当ての者達が続々と集結し始めた頃、ゴルドプールの主たる賭博師の住む城の裏手に、魔法陣が展開。

 守護者の手によって、密かに戦線に投入されていた。


「到着! さすが姉御、派手にやってやがらぁ!」

「私の出番あるんでしょうね。やっと硬直地獄から抜け出せたのだもの、暴れてやるわ!」

「アン様……!」


 戦線、加熱――

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