剣聖会議
新たに剣聖として任命された者が、現在の剣聖より実力が下かと言うと、そんな事はない。
前例として、アリステインも着任した当時の六人の中で、最弱という訳ではなかった。
が、今回新たな剣聖として選ばれたティザリア・デスロンドは異例であり、例外的な存在だ。
ヴィオレル、ミソギ、ベル、ディコルドさえ、まともにやり合えば勝つ自信はない。何故今の今まで剣聖として選ばれなかったのか、不思議なくらいに、水色の女騎士は強かった。
現在の六人を単純な強さで序列化するなら、二位――もしかしたら、アリステインと同率一位に君臨するかもしれない。
「てぃ、ティザリア先輩……!」
「元気そうだな、ヴィオレル。他の皆に関しても、活躍は聞いているよ。私の下で剣を振っていた者達が、今や魔剣を腰に活躍している事。実に誇らしく思う」
「せ、先輩こそ! 山賊の首領アラディアの捕縛、お疲れ様でした!」
(ようやっとね……でも、ティザリアさんを剣聖に迎えるって事は……)
ティザリアの実力は、その場の誰もが知っている。
何せ今の六剣聖の土台を作り上げたのは――基、彼らに剣術の基礎を教えたのは、ティザリアだからだ。
魔剣帝騎士団発足初期に、最年少で入団して以来、多くの功績を残して騎士団長に任命。六剣聖という制度が敷かれるまで騎士団を率いる団長のような存在として在り続け、六剣聖が設けられて以降は六剣聖へと至る騎士の育成に励んできた。
六剣聖になった騎士は、全員が魔剣帝の指導を受けるが、師弟の関係とは言い難い。が、ティザリアの教え子となれば皆が頷く。カイナグランデの魔剣帝騎士団に名を残して来た騎士は、皆、彼女の教え子である。
すべての騎士を育てた、騎士の母。そう呼んでも過言ではない。
そんな人が、六剣聖として選ばれる事は必然でさえあったが、同時、今の騎士団には彼女以外の適任がいない事の証明でさえあった。
皮肉かな。平和が国から最初に奪う力は、常に戦う力だと言う事だ。
ティザリアほどの古株が選ばれた以上、帝国には剣聖と呼ばれるだけの逸材はないと考えた方がいい。
先に気付いたディコルドは一人、焦燥と緊張に駆られていた。
「さて。ではこれで、六剣聖も再び揃った。が、惜しい事に、六剣聖筆頭である君には、また暫く消えて貰わないといけない。異論はないね? アリステイン」
「
「――あぁ、先に皆には伝えておこう。アリステインが我が同胞、グレゴリーと対峙したのは、困った事にこれも我が同胞たるブラックの依頼であったのだ。弱みを握られていたのか、碌な報酬もなしに皆の信頼を削ぐ行動をさせられた心中を察して欲しい」
とは言ってみたものの、今の言葉で信用を取り戻せてはいまい。
アリステインに握られる弱みなどないはずだし、ブラックが彼を使ってまで大罪を護ろうとした理由もないはずだからだ。
そう、本来ならばないはずだ。
まさか彼女の好奇心と遊び心に乗せられたなどと、口が裂けても言えない。いくら英雄の一角とはいえ、面白そうだから邪魔させたよ、なんて説明で、納得出来る者はないだろう。
故に敢えて、理由に関しては明確にしないでおいた。その方がまだ、アリステインも面目が保てる。
「が、さすがに何もなしでは周囲に対して示しもつかぬ。七つの大罪を名乗る賊を逃がした事もまた事実であり、これを許す事は如何なる理由があっても出来ない。故にアリステイン。おまえには罰として明日から十四日間、重力石の牢獄に入って貰う」
重力石の牢獄。
それはカイナグランデにしかない特別な牢であり、常に五倍もの重力負荷を発生し続けると言う特性を持った魔法石で作られた、魔剣帝騎士団専用の懲罰房だ。
入っている間はとにかく重く、苦しいが、出た瞬間には何とも言い難き解放感を感じられると言う。ただし出た後は体が思うように動かせず、騎士としての生命を断たれる者が多いと聞く。
魔剣帝は試す気だ。
自分に続くと謳われる騎士の、本当の価値を。
「牢獄程度に負けるようなら最早要らない」と、アリステインを除く五人は言われている気に勝手ながらなって、勝手にゾッとさせられた。
それこそ、アリステインが平然と受け入れている事に対して、戦慄さえ感じる程に。
「この身慎んで、お受けいたします」
「あぁ。皆もこれで納得してくれると助かる。アリステインがいない間はディコルド、おまえが代理だ。頼んだぞ」
「
「現在、七つの大罪を名乗る賊の登場で、敵対勢力が各地で妙な盛り上がりを見せている。俺達英雄が対処するのは当然として、帝国を護るためにも、おまえ達の力を改めて借り受けたい。皆の、これからの尽力に期待しているぞ――では、解散!」
* * * * *
通称、剣聖会議はいつも十分足らずで幕を下ろす。
会議と言っても、剣聖らが話し合うわけではなく、魔剣帝から剣聖へ一方的に報告するだけの場であるからだ。報告事項もそこまで多くないため、掛かるとしても十分と少し程度である。
しかしそれだけの時間でも、ヴィオレルのような若い騎士からしてみれば耐え難い緊張感の中にいた反動で疲れ切り、ガックリと項垂れてしまうのだが。
「疲れたか?」
「はひぃ……毎度の事ながら、皆さんと同じ席と言うのは凄く緊張感があって……ティザリア先輩は、初めてなのにさすがですねぇ……」
「まぁ、伊達に歳は食ってないと言う事さ。っと、すまないがここで失礼するよ――アリステイン!」
「ティザリア卿」
魔剣帝と何か話があったのか、最後に出て来たアリステインを呼び止める。
何やら真剣な面持ちだったが、ティザリアの方に向いた時には柔和な笑みを浮かべていた。
「六剣聖就任、おめでとうございます。ティザリア卿」
「ありがとう。だが、別に祝ってもらおうと声を掛けたわけではないんだ」
「七つの大罪について、ですか?」
「良くも悪くも、おまえが一番知っているからな」
「……七つの大罪とは名乗っておりますが、現状まだ六人しか存在しません。顔に横一文字の傷が入った盲目の女性、アン・サタナエルがリーダーです。ベルによって隻腕にされたそうですから、すぐにわかるかと」
「そうか。今はレギンレイヴだったな……」
「ですが、さすがに移動するでしょう」
「うん。次の行動パターンとして、何か思い当たる所は?」
――心当たりなどないか?
どちらか一方を責めるつもりも、だからと言って両方を責めるつもりもないが、何という奇縁。味方はともかくとして、敵からも情報を求められるなんて、自分の立ち位置があやふやになりそうだ。
「彼女達の狙いは、魔剣帝陛下を含めた英雄七人です。一応、レギンレイヴから一番近いリムリスを紹介しましたが……」
「タイタニア・ネバーランド氏か……では、私達の出番はないかもしれないな。あの方は、侵入者を絶対に許さない」
「そうですね。ですが、私の言う通りに動くとは限りません。あの方は――アン・サタナエルという大罪人は、良くも悪くも狡猾ですから」
「随分と評価しているのだな、その大罪人を。おまえが敵対する相手の実力まで認める姿勢でいるのは、いつもの事だが、そこまでの評価をした相手が果たしていたかな」
「そうですね。
* * * * *
魔剣帝の座る玉座の間。
魔剣帝の目の前には
「やってくれたな、ブラック」
『はて、何の事だ?』
「ブラック、わかっているだろう。七つの大罪と呼ばれる賊を、アリステインを使って護った事だ。お陰で、彼らにアリステインという戦力を向けられなくなった」
『面白くなって来たであろう?』
魔剣帝の側で話を聞いていた魔導女王が文句を言おうと一歩踏み出して、魔剣帝に無言の制止を受ける。ブラックは予想していた通りと、ほくそ笑んだ。
『七つの大罪。これほどまでに余を楽しませてくれる者が、今後現れると思うか? なぁ、アロケイン? よもや、余との約束、忘れたわけでもあるまいて』
「あぁ、憶えている」
『ならば、約束を違えるか?』
「違えはしない。おまえが悦を抱く物、抱く物事に対して、私を含めた英雄の皆と、私の部下は介入しない。だが、今回はおまえから介入させた。さすがに黙っていないぞ、ブラック」
『怖いのぉ。そう事を急くでない。近頃夜伽は順調か? 女王とご無沙汰だからと余に苛立っても困るのだが』
「ブラック!!!」
さすがに女王も堪え切れなかった様子で、彼女にしては珍しく、生娘が如く怒鳴る。
ブラックはまるで動じず、魔剣帝は玉座から立ち上がり、彼女を宥めんと肩を抱いた。
「言葉が過ぎるぞ、ブラック。俺はともかくとして、俺の
『それは失礼。やる事はやっていそうで何よりだ。後継者問題も片付きそうで、安心したぞ? まぁ、権力者共の権謀術数のやり取りを見るのも面白いのだが』
「やけにご機嫌だな。最近何か見つけたのか、ブラック」
『七つの大罪が起こしてくれた火種の中に、な』
「……まぁいい。おまえはそのまま自分の領土に引き籠って居ろ。もう二度と、俺の部下に手を出してくれるなよ? 忠告、したからな?」
『心に留めておこう』
通信を終え、女王は鏡を
一撃に余程の力を籠めたらしく、一度杖を振り下ろしただけなのに、顔どころか耳まで真っ赤にして肩を大きく揺らす呼吸を繰り返していた。
そんな彼女の頭に、魔剣帝は子供を宥めるが如く手を置いて、優しく撫で回した。
そのせいか、女王はまるで幼児退行したかのように涙を目に溜めて振り返り、魔剣帝の胸に顔を埋めた。
「やっぱり私、あの方は苦手です! 何を考えているのか、まるでわからない!」
「まぁ、ブラックは気分屋だからな……あいつと出会った時を思い出すと、俺は今でも背筋に悪寒が走る。よくもまぁ、あの気分屋を仲間に引き入れられたと、奇跡にさえ思っているよ」
同時、そんな彼女が見つけた面白い事と言うのが気になる。
何か嫌な予感がして、魔剣帝は何か手を打つべきかどうか考えていた。
* * * * *
素性は知らない。
どこの王国の王女に転生した異世界転生者が、連れていた奴隷だった。
純粋に奴隷を買って楽しんでいたのか、それとも善人ぶって助けたつもりだったのか。いずれにせよ、奴隷は王女や王女が引き連れて来た多くの兵士と共に攻めて来て、敗れた。
だが、奴隷は王女よりも面白かった。
王女もそれなりに強かったが、最期はあっけないものだった。
しかし、奴隷は生き残った。奇跡が関与していたのは間違いないが、大体は実力で以て生き残った。
だから面白い。
何より、奴隷の在り方そのものが。
「のぉ。昨日のあれの戦績は?」
「は。昨日十五人が挑みましたが、すべて負かしました」
「勝負の流れとしてはどうだった?」
「その……すべて瞬殺で、圧倒的です」
光景を思い出したのか、訊かれた男は顔色を一挙に悪くして吐き気を催した様子だった。
察したブラックは私室で吐かれては困ると、男を下げる。だが十五人を連続で相手して圧勝、という奴隷の戦績には胸が高鳴った。
「あれと大罪を戦わせる……それもまた一興かのぉ」
賭博師、ブラック・ドラッグがほくそ笑む。
見た者は誰も喜ばないと謳われる、怪し気な企み笑顔で。
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