~幕間・魔剣帝と六剣聖~

六剣聖集結

 七つの大罪と魔獣の戦いから、一週間が経った。


 場所は、廃国レギンレイヴ。

 破戒僧らと子供達が集められ、グレイとシャルティの二人が別れの挨拶を済ませていた。


 ガルドスの死は魔獣の仕業とし、真実は大罪一行の胸の内に留めておく事にした。

 彼らにとって、ガルドスが英雄であった事に変わりなく、出来るなら彼らの理想像、希望の一端のままで、死んで欲しい。そんな二人の願いを聞き届けた結果である。


 戦争に魂をも奪われ、復讐と恩讐に駆られたガルドスという男の本性は、誰にも知られることなく闇へと葬られる。

 結果的にこの国へと残される彼らにとっての、数少ない救いとなると信じて。


「これで七つの大罪も、残り一枠だな。姉御」


 首から腕を吊るしているベンジャミンの真向かいの席で、アンは紅茶を嗜む。

 アドレーが倉庫の奥から見つけ出して来たのだが、いつからあったのかわからない。が、賞味期限など私には見えないからと言って、アンは気にせず飲んでいた。

 

憤怒わたし傲慢そなた暴食エリアス嫉妬アドレー怠惰グレイ。そして、貪欲シャルティ。私の予定からは随分とかけ離れたが、よくもまぁ揃ってくれたものだ」

「何だ、そこまで綿密に練ってた計画があったのか?」

「無論だ。無策なまま英雄になど喧嘩を売れるものか。だが結果的に、嫉妬、怠惰、貪欲に関してはより良い適性を持つ者達に渡ってくれた。結果的最良好It turned out all right in the end――要するに結果オーライ、と言ったところか」

「へぇ。ちなみに、どんな奴らが候補に挙がってたんだ? 気になるな」

「嫉妬には、私が魔法を訓練していた当時に巷を賑わせていた殺人鬼、クラウディア・ダンディオン。怠惰には、百の山賊の長であり元締めたる山姥やまんば、アラディア。貪欲には、元王室護衛騎士団団長にして戦犯、ベルファスト・コルド」


 ベンジャミンは言葉が出て来なかった。

 どれもこれも、聖人殺しとは比べ物にならない大物ばかり。その首に懸賞金さえ掛けられた、聞く者が聞けば震えが止まらぬ大罪人ばかりだからである。


 ベンジャミンとしては彼らよりも、彼らを手懐けられる自信があったアンに対して、より強い恐怖を感じたのだが、敢えて言わないでおく。

 もしも言おうものなら、それこそ後が怖い。


「だがこれも結果として、彼らにしないで正解だった。奴らの下へ行こうものなら、我々は一網打尽にされていただろう」


 と、投げ出された新聞を片腕を大きく振って開いたベンジャミンは、再び戦慄した。

 偶然なのか、それともアンが新聞を見て言ったのか――いや、それはない。何せアンは、新聞が読めないのだから。だとすれば、本当に偶然だとするのならば、これ以上の恐怖はなかった。


 クラウディア・ダンディオンは、とある都に現れる夜の殺人鬼。未だ正体不明、種族も何も不明とされ、影さえ捉えられておらず、百に近しい事件の数々が迷宮入りしかけていた。

 が、新聞にはこれが捕まったとある。犯人は年端も行かぬ子供であり、天性の猟奇殺人鬼として処分する日にちが、新聞には記載されていた。


 アラディアは山姥と呼ばれる、百を超える山賊を従える影の支配者であり、山賊業界に限らず、裏稼業で知らぬ者はいない山の女帝だ。

 が、新聞には彼女が支配していた百の山賊が壊滅し、彼女自身捕縛されたとある。しかも捕まったその日に裁判が決行され、懲役三〇〇年を言い渡されたと言うのだから、彼女は一生を独房で過ごす事となったようだ。


 ベルファスト・コルドはとある王国の王室騎士団の騎士団長を務めていたが、とある戦争にて敵国の兵士を大量虐殺したとして王国を追放され、戦犯に指定された悲しき男であったが、新聞にはこれが見つかり、その場で処刑されたとあった。万夫不当と謳われた騎士にしては、実にあっけない最期が綴られている。


 ベンジャミンが戦慄を覚えるような大罪人が、揃いも揃って捕まっている。

 捕まっていなくともその場で処刑され、最早助け出すどころではない。

 ベンジャミンの時のように、再び牢を破ろうなどとは、アンは考えないだろう。わざわざ警備が強化されたところに戻って、捕まるリスクを冒してまで手に入れるだなんて、危険な賭け以外の何でもない。


 しかし――


「何でこんな、見計らったようなタイミングでこうも……」

「何でも何も、向こうが手を打って来た以外にあるものか。こちらの戦力を、削ぐつもりなのだろうよ。どうやら向こうも、こちらを正確に敵として認識したらしい」


  *  *  *  *  *


 場所は移り、世界の中心カイナグランデ。

 魔剣帝アロケインが治める騎士の帝国に、千を超える騎士が帰って来た。


 全国各所に派遣され、標的である賊や罪人を討伐して来た正義の軍団。

 彼らの凱旋は国を大いに盛り立て、国の子供達に強い憧れと羨望を焼き付ける肖像となって、国の将来に安寧を齎す。

 そのため、より強く、より色濃く印象に残るよう設けられた制度がある。

 六剣聖――千を超える騎士の中でも、特に秀でた騎士にして、魔剣帝より直々に魔剣を授かった六人を差し、表した名である。


「帰ったな? 俺の馬鹿弟子共」


 六剣聖になる手順はまず、騎士団長クラスの騎士からの推薦状を十枚以上受け取り、提出。

 受理された騎士の功績から魔導女王が数名を選出し、最終選別である魔剣帝による直々の指導と修行、指南に耐え、実力を見出された者達が名乗る事を許される。


 つまり六剣聖は全員が魔剣帝の手解きを受けており、全員が魔剣帝の弟子と言っても過言ではなかった。

 ただ、当の本人はそう思っていないケースも少なくなく、彼らの間に、兄弟弟子という概念はまったくと言っていいほどない。


「お久し振りですわ、魔剣帝。ご健在のようで、何よりです」


 六剣聖、二番手。女装の騎士、ディコルド・ヴァレンシュタイン。


【……】


 六剣聖、三番手。狂気の騎士――通称、ベル。


(ひぇぇっ……! 相変わらず場違い過ぎるぅぅ!)


 六剣聖、六番手。若輩の騎士、ヴィオレル・ウォーカー。


 まずは六人中三人が、魔剣帝の前に用意された円卓に座る。

 ディコルドは場に慣れており、ベルはそもそも動じない。実力的にも圧倒的上位に存在する三人を前に、ヴィオレルは緊張のあまり卒倒してしまいそうだった。

 が、ここで倒れては六剣聖の名折れだ。

 何せまだ三人――憧れの彼を含めた騎士が、来ていないのだから。


 とは言っても、一人は寺院で戦死したウォルガーダ・エイジスの代わりに就任した新米なのだが、実力的にはヴィオレルより上であり、そもそも何故自分が先に任命されたのか不思議に感じてさえいるくらいなので、緊張はして当然なのだ。


 その騎士ではないが、実力的には四位に位置する騎士が、先に入って来た。

 開けられた扉を跨ぐ前に、腰の剣に手を添え、深々と頭を下げて十字を切る。


「聞こえる。我々に斬られし者達の怨念が。我々を呪い殺さんとす執念が。嗚呼、嗚呼、嗚呼、悲しきかな、哀しきかな。ここはおまえ達の場所ではないと言うのに」


 六剣聖、四番手。霊感の騎士、ミソギ・リュウドウ。


「こ、こんにちは……ミソギ先輩! クラウディア・ダンディオンの捕縛、お見事でございました!」

「嗚呼、嗚呼、嗚呼……喜んではいけない。歓喜は危険だ。ヴィオレル、君にあの子の霊が取り憑いてしまう。それはいけない。良くない事だ。好くない事だ。だから小生への称賛は止めておくれ。最悪、小生は悲しみの限界を超え、君を斬らなくてはならなくなる」

「は、はい、すみません!」


(やっぱり怖いよぉ、この人ぉ……!)


 貧血なのか、白目の部分にほとんど血管が見られない真っ白な目を丸々見開いて見下ろしてくるのが怖くて、まともに顔を見られない。

 助けを求めたいがディコルドは遠いし、ベルは話すら通じない。アロケインに助けを乞うなどもっての外だ。

 それでも誰かに助けて欲しくて祈っていると、救世主が現れた。ヴィオレルにとって、最適にして最高の救世主が。


「やぁ、ミソギ卿。無事に帰還できたようで、何よりだ」

「アリステイン……」


(せ、せんぱぁぁぁい……!)


 六剣聖、筆頭。邪剣の騎士、アリステイン・ミラーガーデン。


 ヴィオレルの憧れの存在であり、彼女が騎士を夢見た原点。帝国全土で知らぬ者はない、魔剣帝に次ぐ偉大なる騎士――だった。

 が、一般市民はともかくとして、騎士の間で以前の人気は無くなってしまった。ここ最近の彼の奇行めいた行動を聞いた者達が、彼に対しての信用を失いつつあるのだった。

 そして、信用の喪失は六剣聖といえど例外ではなく、ミソギは特に、アリステインに対して強い不信感を抱いていた。


「嗚呼、嗚呼……アリステイン。我が同胞よ。我がともがらよ。君を怪しんではいけない事はわかっている。君を疑う事はしてならないと、我が胸も訴えている。しかし、だからこそ、小生は問わねばなるまい。問い質さねばなるまい」

「私が七つの大罪を名乗る賊を庇った事なら、事実だ。紛れもなく、言い訳のしようもない」

「そうか……」


 次の瞬間、ミソギが抜刀した。


 ミソギは唯一、六剣聖の中で抜刀術に長けた騎士。

 彼の抜刀術は、騎士団の中で最速を誇る。そんな彼の抜刀は、即ち臨戦態勢以外に意味を持たず、今の抜刀も、アリステイン目掛けて繰り出された攻撃に他ならなかった。


 アリステインも当然、理解出来ていたはずだ。しかし彼は抜剣もせず、真っ直ぐに立ち尽くしたままで、抵抗の素振りをまったく見せなかった。

 もしもベルが横入りしていなかったら、そのまま首を斬り落とされていたかもしれない――いや、間違いなく斬り落とされていただろう。


「よくやった、ベル。そして……剣を収めろ、ミソギ。断罪も処罰も俺の役割だ。六剣聖ともなればなおの事俺の出る幕であり、おまえを含めたすべての騎士の出る幕ではない。ここでアリステインを断罪する事を俺のためと言うならば、自重せよ」

「……御意。申し訳ありません、陛下」


 ミソギは大人しく剣を収める。

 アロケインが向かわせたベルも静かに着席し、アリステインはアロケインに深々と頭を下げてから、自分の席――ヴィオレルと、かつてウォルガーダが座っていた空席の間に座ったのを合図に、アロケインが立った。


「さて、馬鹿弟子改め六剣聖の諸君。相変わらず元気そうで何よりだ。残念ながら一つ空席が出来てしまったし、皆の考えるように厳正な処罰を行わなければならないのだが、一先ずだ。移り変わりの激しかった六剣聖の顔ぶれが、二年も変わらなかったのは実に喜ばしい事だ。これからも帝国の繁栄と安寧のため、是非その力を揮って欲しい」


「「「「御意」」」」


 わざわざするような合図は要らない。

 一度席に着けば、否が応でも返事くらいは揃う。若輩者のヴィオレルでさえ、最初の席ですでに叩き込まれ、二回目以降は自然と合わせられたくらいだ。

 それだけ厳正で、荘厳な空気が円卓を囲う部屋を満たしている。ヴィオレルは自覚出来ていないが、新米騎士ならば卒倒も必至の圧力プレッシャーの渦中。

 揃えなければいけない、と体が常に言い聞かせられている状態で、強気に出られる者などまずいない。


「――さて。ではまず、この寂しく空いてしまった空席を埋める、新たな剣聖を紹介しよう。まぁ、俺よりも君達の方が親交があるだろうから、そこまでの緊張はないとは思うが。入り給え」

御意!」


 アロケインはそう言うが、親交が深いか否かは、その場になってみないとわからない。

 何せ剣聖の誰もが、顔を見るその時まで誰が昇格したのか知らないのだから。

 皆が知っている顔かもしれないし、こんな奴いたっけ、みたいな反応になる可能性だってあり得る。

 実際にベルの時なんかは顔を見ようにも見れないものだから、皆で疑問符を浮かべたものだ。

 故に今回も一瞬ながら緊張が走ったが、皆、今回は安堵した。その場にいた全員が実力を認めており、何故今の今まで剣聖に上がらなかったのか不思議だったような人が、来てくれたからだ。


 それは、水色の長髪をなびかせる華麗なる女騎士。


「この度、新たに六剣聖の称号を請け負い申し上げた。騎士としては古株やもしれぬが、六剣聖としては新米故、至らぬ部分も多いかと思うが、その上で名乗らせて頂く。魔剣帝六剣聖が一角、ティザリア・デスロンド――ここに、推参仕る」

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