大罪vs騎士

 寺院襲撃、一時間前。山中。


「陽動作戦か」

「えぇ。和尚ハイドは寺院が襲撃された際、決まってある部屋に閉じ籠ります。そこが敵を迎撃する上で、最も都合の良い場所だからです」

「何だ、その部屋にも……あれだ。結界ってのが張られてるのか?」

「然り。そして拙僧も以前、その部屋に入った経験があります。そのときには反旗を翻すつもりなどありませんでしたが、修行の足りなかった当時の拙僧は、部屋の結界について興味を抱き、調べた事があったのです。もしも部屋の結界が当時のままで、拙僧の調べた通りなら、和尚にとって無敵の領域であるその部屋を、死地へと変える事が出来る」

「なるほど。そのための陽動か。敢えて騒ぎを起こして和尚を部屋へと入れ、そこで仕留めるための」

「然り。しかし当然、リスクも大きい。和尚の性格上、結界の中身を変えている可能性は極めて低いですが、ゼロとは言い切れず。もしも拙僧の読みが外れれば、我々は無敵の領域で対峙せねばならなくなる」


 ハイリスク、ハイリターンの作戦内容。

 しかしこれ以外に、和尚を仕留める手段はない。


 確実性を求めぬ行き当たりばったりの手法で良いのならまだ、幾つか策も思い付こうが、今この時、この襲撃で決めねば次はない。

 それだけ寺院の勢力は強く、和尚も強い。

 今まで崩されてこなかった事実が、此度の作戦により濃厚な確実性を求めている。


「ならばその作戦、更に確実性を上げようではないか」

「……具体的には」

「何、そう難しい事ではない。この作戦、言うまでもなく本命にこそ手札が要る。しかし裏を返せば、陽動に多くの手札は要らん。ただでさえ少ない人員を陽動のために裂くのは、和尚を討つための手札を減らす事に繋がる。故に――


  *  *  *  *  *


 安請け合いをしたつもりはない。

 浅慮と思われるくらいの短い時間ではあったが、熟考に熟考を重ねた故に下した決断である。


 グレイの話を聞く限り、ハイドは寺院の防衛能力とその部屋の結界にかなりの自信があると見た。ならば結界の中身を入れ替えるはずはなく、寺院の防衛機能もそのままにしていると見ていいと考える。

 今まで看破された事がないと言う実績がありながら、鉄壁の防壁に返って穴を生じさせてしまう可能性リスクを負ってまで変える必要はない。


 むしろ考えなければいけないのは、別のベクトルから生じる危険性。

 寺院に詳しいグレイだからこそ、予見できない危険性――例えば、外部から投じられた戦力。


 監獄の脱獄騒動。

 奴隷オークション会場の占拠と貴族の暗殺。

 そして、教会での人造人間ホムンクルス製造工房の破壊と、聖母殺害未遂。


 これまで三度、敵も予期せぬ奇襲が成功して来た。

 まぁ、聖母暗殺未遂の件は成功とは言い難いが、一先ず置いておくとして。とにかく今までの奇襲が成功して来た以上、こちらもこれまで通りに奇襲で攻める――などと馬鹿は言うまい。

 聖母アリアを倒せなかった時点で、アン達が再戦のため、彼女の教会の物資供給を断つことなど充分に想定可能。

 ならば何かしらの罠を張るなりの対策を講じて来るだろうが、寺院が持ち得る防衛力に自信と誇りを有しているのなら、下手な罠よりも戦力を投入する方が効果的。

 系統、数、実力。いずれに関してもどれだけの戦力が用意されているのか知らないが、グレイを含めた破戒僧らにとって、慣れぬ手合いである事は必至。


 ならば破戒僧らにはグレイと共に結界の破壊に向かわせ、ハイドなる和尚の殺害をより確実なものとした方が賢明だ。

 そして種類を聞く限り、結界破りにはアドレーの能力ちからが必要になるだろう。

 彼女の補助としてより魔法の技能に長けたエリアスが、二人の護衛にベンジャミンが要るだろう。


 故に、アン・サタナエル一人が囮を務めるこの作戦こそが最良であると考え、これが最善手であると皆に強く訴え、通した。

 陽動役が要るとはいえ、暗殺計画のために人数は少数。精鋭揃いながら、削れる部分は削り、要る部分には当然の如く注ぎ込むのが当然だと正論を並べ、感情を乗せて、無理矢理に。


 後悔はない。

 だからと言って死ぬ気もない。

 あるのは怒り。憤慨。憤り。

 この状況、この戦いに対して、負ける可能性をわずかにでも考えている、自分自身に対して。


「魔剣帝直属、六剣聖が一角、アリステイン・ミラーガーデン」

「七つの大罪、憤怒の大罪つみ。アン・サタナエル」


 剣撃を素手で捕まえたのだ。

 少しくらいは驚いて、狼狽まではしなくとも若干にでも臆して、数センチとまでは言わないまでも数ミリ動揺して下がってくれたなら、そのまま斬り殺せた。


 教会地下の戦いにて、アドレーの義兄あにに軍刀を砕かれた今のアンに、得物はない。が、それは腰に差さっていないと言うだけの事。

 たった今対峙している騎士のように、帯刀も帯剣もしてないものの、武器はそこら中に転がっているのだから。


「――?!」


 突如側面から襲い掛かってきたそれを躱すため、アリステインはアンから跳び退く。

 アンを殺すため、僧侶が振りかざしていた短剣がアンの手に収まり、刀身を濡らす元主人の血液が振り払われた。


 直後、アリステインの背後から、落ちていた戦斧が飛び跳ねる。

 気付いたアリステインは頭を下げて躱したが、回転しながら飛ぶ戦斧はブーメランのように戻ってきて、躱しても無意味と悟ったアリステインに両断。斬り落とされた。


(風の魔法で、拾って投げているのか……)

(この程度では、驚きもしないか)


 相当の覚悟もあるのだろう。

 しかしアンは、実戦経験値の差からだと考える。


 身振りも手振りも含めた挙動の一切を無しに、十数人の命を狩り取り散らす様を見せ付けられた僧侶らは、すぐさま戦意を喪失していた。

 どれだけの覚悟を抱いていても、どれだけの啖呵を切ろうとも、恐怖の前には、戦慄の前には役には立たない。

 彼らは日々の鍛錬が自分自身を向上させていると信じ、自分達より弱い相手としか戦って来なかったが故に、傲慢に近しい自信を植え付けられた。

 故に、真の強者と対峙した時。自分よりも格上の相手と対峙し、実力の差を知った時、いとも簡単に崩れ落ちる。


 だが目の前の騎士はおそらく、自分より格上の相手と戦った経験の方が多いのだろう。

 潜った修羅場の数も質も知らないが、少なくとも、手負いの女を相手に臆する必要はないくらいには経験を積んだ事だけは確かだ。


 平静をわざわざ保っている節は感じられない。

 彼はそもそも平静であり、乱れてすらない。

 ならば囮役を買った責務として、彼の平静を乱すくらいの事はしなくてはなるまい。


「……」


 風が吹く。

 風が舞う。

 風が啼く。


 築き上げられた死山血河の中から武具のみを選び出し、宵闇の中に持ち上げて一斉に騎士へと刃を向ける。

 もしもこれが一斉に解き放たれれば、通り雨にも及ばない一瞬の出来事ながら、三〇〇に届く刃の雨の出来上がり。

 多少はこれで驚いて欲しいものだが。


「……」


 感想どころか反応さえない。

 ただ起こっている事実を見ているだけか。

 放心しているのなら良かったのだが、構えが乱れないあたり、まだ平静のようだ。


 ではどうするか。

 言葉で乱す手もあるが、おそらく悪手に働くだろう。

 平静を乱し、こちらに注意を向けたい狙いが漏れる――まぁおそらく、単身乗り込んできたなどと、最初から思ってなどいないだろうが。


「……貴女は」

「ん」

「貴女は何故、大罪を名乗るのです」


 まさか向こうから話し掛けられるとは思わなかった。

 余裕のつもりか。それともこちらの平静を乱すつもりか。

 どちらにせよ、ここで刃の雨にて応じる事こそ悪手。ならば必然的に、取るべき手段は限られてくる。


「何故、と訊く? 寺院を襲い、多くを殺した我が身を大罪と名乗るのに、何故、と」

「……失礼。私の質問が間違っていました。貴女は何故、自ら大罪と名乗り、その通りに罪を犯すのです。見たところ、その身は盲目。聖母アリア様に酷くやられたのだろうその体で、何故、このような事を」

「問われるまでもなく、答えるまでもない。それに、本来応えたくもない。大罪の汚泥を被るのも、大罪人とされるのも、実のところ本懐とは言い難い」

「ならば――」

「だが、考えてみろ。アリステイン・ミラーガーデン。其方は生まれていつから騎士になった。いつから騎士になると決まっていた。大罪人も同じ事。なる時に、なるべくしてなっただけの事。それだけの事だ」

「……そうですか」


 肉薄してくる騎士へと、浮かせた武器を投射する。

 放たれた刃を弾き、叩き落して確実に距離を詰めて来る騎士の目の前に幾つかの刃を突きさしてその場凌ぎの防壁を作ると、先に繰り出して叩き落された剣を風で掬い取って後方より射出。

 目の前の防壁とに挟まれた騎士が、なくなく進路を変えて回避に徹するよう仕向ける。


 再び飛ばした剣は再び弾き落とされた。が、何度やられようと同じ事。再び掬い取り、射出するだけの話だ。


 アリステインも察したらしく、直接肉薄してくるのではなく、少々迂回しながら徐々に距離を詰めて来る形に変えて来た。

 投射される剣の軌道が、直線ばかりである事に気付いたのだろう。回り込みながら迫れば、確かに回避は容易い。

 だからと言って、それだけで攻略出来るほど簡単に済ませるつもりはないが。


 三〇〇の刃が同時に落ちる。

 とは言っても、一斉に解き放ったわけではない。

 さながら掌に乗せた飴玉の山をそのまま引っ繰り返したかのように、ただ真下に落としただけ。アンの周囲に、さながら歴戦が繰り広げられた戦場が如く、三〇〇の刃が突き立てられる。


 前後左右。まんべんなく振り分けた刀剣に囲まれたアンへと肉薄する機会を窺いながら、周囲を駆けるアリステインへと、突き立てられた剣が弾かれたように飛ばされる。

 するとアリステインは先に飛んで行った剣を躱しながら掴み取り、第二、第三、第四の剣を打ち払って見せた。


「何だ、其方。意外と手癖が悪いな」


 とりあえず十本。近くにあったのを蹴り上げて、風で飛ばす。


 するとアリステインは先に掴んだ剣をその場に落とし、再び肉薄。先と同様に一番に飛んで来た剣を掴み取ると、持っていた剣をと合わせて、続いて迫り来る刃を打ち落とす。

 掴み取った剣が砕かれると砕いた剣を取り、同じ事を繰り返しながらジワジワと、確実に距離を詰めていく。


 が、アンは平静かつ冷静に次の一手を繰り出す。

 槍を八本ほど飛ばして上から落とし、疾走するアリステインの八方を一時的に塞いで勢いを止めると、適当に一番近くにあった剣を取る。

 槍を斬り払って再び肉薄して来たアリステインの剣撃を真正面から受けて、剣を砕かれながらも懐に入り込み、黒く染まった手を騎士の肩に突き立てた。


 察したらしいアリステインは後方に跳び退き、追って降り注いでくる剣を叩き落し、砕き割りながら距離を取る。

 アンからしてもアリステインからしても充分な距離が取れたとき、二人の攻防は一度沈黙し、互いに互いの動きを見る時間となった。


(奴の剣、ただの鋼の塊ではないな。一介の僧侶に与えられる程度の刀剣では、まるで歯が立たないか。かなり砕かれた)

(危なかった。鎧が無ければ、肩を外されていただろう。何より、剣の操作が的確過ぎる。こちらの手の内を、少しずつ曝け出されていく……器用な人だ)

(刀剣の残数は二一八。ただし、実際に使えるのは一二〇程度か)

(すべての刀剣を操る魔力が、そう長く持つはずはない。必然的に生じる武器の取捨選択を見極めて、捨てた武器の間を縫う形で迫れば――)


「もったいない」

「ん?」

「もったいない、と申し上げた。それだけの魔法の才があれば、どこぞの王宮の宮廷魔法師として雇われる事も出来たはず。戦いの道に進まずとも、貴女ならば、女性としての幸せもあったでしょうに」

「その根拠は」

「貴女は――


 不意打ちだった。

 完全に死角からの不意打ちを許した。

 しかしそれは剣でも魔法でもなく、命を脅かす暴力ですらない。

 街頭で突如異性から声を掛けられ、ティータイムを誘われる。前世では俗にナンパと呼ばれるだろう口説き文句にやられ、抱腹絶倒してしまいたいくらいに、この世界に来て初めて、思い切り頭を抱えて、大口を開けて笑わされた。


 時間にして三分にも満たない短い時間だったが、笑っている間に攻撃も突進もせずに待っていてくれたのは、彼の持ち得る騎士道精神故か。

 いずれにしても、アンはその三分にも満たない短い間だけ、ここが戦場で、今が戦いの最中であることも忘れるほどに笑って、治まる頃には笑い疲れていた。


「其方の見た通り、私の目は盲目だ。故に、其方の目には見えていよう。首を両断され、そこら中に転がる死体。鉄臭い異臭を放ち、広がる血溜まり。それらを吸い上げ、呪いを帯びたかのように禍々しい雰囲気を放つ鉄の武器かたまり。これらを築き上げた私が、美しい? 美しいと、其方は言うのか」

「無論。言うまでもなく、貴女の行いは罪に値しましょう。しかし、例え光を失っていようと、真っ直ぐに人を見る貴女の目は美しく、真っ直ぐに目の前の出来事に向き合う貴女の姿勢は美しく、真っ直ぐに、自身の戦いを続ける貴女の心は美しい。美しいと言う事に、嘘偽りはないのです」

「……そうか。その称賛、素直に受け取っておくよ。ありがとう。故に其方も素直に受け取ってくれ給え。大罪は、他人ひとが喜ぶものなど与えはしない」

「それはこちらも同じ事。私は貴女を倒すため、ここに来たのですから。せめてここで終わらせる事が、私が与えられる精一杯の慈悲と思って受け取って頂きたい」

「何を言うかと思えば……そんな慈悲など、大きなお世話ノーサンキューだ――!」


 図ったわけではないが、互いに同じタイミングで踏み込む。


 片や一本の剣を力強く握り締めて肉薄。

 片や周囲の剣を拾い上げて射出。


 はやく、はやく。はやく。

 互いに求めるのは、相手を仕留められるだけの速度。

 風を切って走り、鋭利な刃を向き、己が力のすべてを解き放って、互いの一挙手一投足の中に生じるわずかな隙を突くための速度を求めて、命を賭して絞り出そうとする。


 放たれた剣を弾き、打ち落とし、迫り来るアリステインに応じて、アンも走る。

 魔眼で見出した最高の一本を抜き取り、他の全てを吹き荒ぶ風の中に混ぜて飛ばす。


 最早狙って射出されておらず、偶発的に襲い来る剣を打ち落とす方が気を遣う様で、アリステインは幾度か不意打ちにやられそうになりながら、速度だけは殺さず突き進む。

 疾走の最中、アリステインの剣が輝き、熱を放ち始めた。襲い来る剣を弾く度、荒れ狂う風を斬る度に、光は眩さと熱量を増していく。

 アンの目が光を捉えていれば、確実に目をやられていただろう光量にまで達した時、二人の距離は、あと十歩もないところまで迫っていた。


「“輝ける黄金を抱きし者ファフニール”!!!」


 命を賭し、全力を賭し、力の限りを尽くして詰めた一撃がはしる。

 邪悪なる龍の名を冠しながら、祓魔の力を宿したかのような神々しき光を放つ剣がアンの握っていた剣を砕き、腕を――斬り飛ばした。

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