アンvsアリア

 怒。


 嗚呼――主よ、何故なのです。

 何故私の体は、新たな命を授かる事が叶わないのです。

 何故私にはあの小さく、儚く、弱く、脆く、貴い宝物を与えて下さらないのです。


 何故、何故――何故何故何故何故何故何故何故、何故。


 怒。怒。怒。


 嗚呼、主よ。主よ。主よ。

 私は御身を崇拝し、敬愛し、信仰し――怨み、呪い、殺意を抱いて祈りましょう。御身に幸福の後、災いあれ、と。


  *  *  *  *  *


「子供達、何だか静かだね」

「そう、だね。全員寝てるなんて事は――」


 地面が盛り上がるような震動をわずかに感じた直後、凄まじい揺れが教会と孤児院を襲う。

 孤児院の修道女シスターは震動にやられて尻餅を突き、近くにあった壁や柱を支えにして耐えた直後、子供達の下へと走る。


 子供達の安全を確保するため、防御の魔法を用意していた修道女シスター達は、駆け付けた先で見た光景に対しての理解が追い付かなかった。


「何? これ」

「あ、しすたぁのお姉ちゃん! 見て見て!」


 子供達に言われるまでもなく、修道女シスターらは見入る。

 大部屋の一角に集められた子供達が、さながらカエルの卵が如く白い気泡に包まれて、崩れた天井の一部や瓦礫から護られていた。


 驚いて見入る理由は、そのような特殊な魔法を使える修道女シスター聖職者プリーストも、この教会にはいないからである。

 と、修道女シスターの一人が遅れて、そこにいたはずの存在が一ついないことに気付く。


「あの子は? 今日来てたスライムの……」

「まさかさ……ねぇ、まさかだけどさ。?」


 直後、再びやって来た震動に修道女シスターらはよろめき、尻餅を突くか、片膝を突かされる。

 魔物の襲来か大陸規模の大地震か。

 いずれにしても、その場にいる誰もが聖母と大罪の戦いの余波であるなどと想像だにもせず、地下から伸びた巨岩の大槍が祈る者のいない礼拝堂に突き出て、戦場を移した事など思うはずもなかった。


 突き出た巨岩が、祈りを捧げるべく作られた主を模した彫像を突き崩す。

 貫かれ、叩き落され、砕き割れた彫像の代わりに憤怒の大罪が軽やかに降り立って、頬についた切り傷を親指の腹で拭う。

 遅れて出て来た聖母と対峙した大罪は、見開いた魔眼にて微笑した。


「仮にも聖母と呼ばれている者が、祈りを捧げる相手を壊してはダメだろう」

「たかが彫像。いくらでも替えは効きますので」

「……さては、壊したのは今回が初めてではないな?」

「当然。私を倒そうと乗り込んできた者達と対峙する度、壊れましたとも。七人の英雄の中で最弱と聞いて、やって来る賊は少なくなかったので」

「なるほど。絶えぬ気苦労、お察しするよ」


 同時、彼女が戦闘慣れしていることも察した。


 英雄の一角に数えられる人ならば、戦闘慣れしていて当たり前だろうが、聖母という役職についている彼女は、長く戦線から離れていると思っていた。

 しかし、七人の中で最弱とされる彼女が相手ならばと勝機を見出し、挑んだ者達が、彼女を戦線から離さなかったらしい。

 アンが彼女と戦う事になったのは偶然からの経緯いきさつなのだが、実際に同じ事を考えていた事は否めない。


 元々苦戦は必至だと覚悟していたが、さすがに英雄。

 そう簡単にはいかないらしいことを、改めて自覚させられた。


「姉御!」

「アン、様……!」


 ベンジャミンとエリアスが駆け付ける。

 対峙する二人を見て状況を即時に理解。エリアスはアンに魔法による身体能力の強化を施し、ベンジャミンはアンの隣に立ち、共に聖母と対峙した。


「ベルガー様……あなたも、この大罪を名乗る賊の一員だったのですね」

「まぁ、そういう事だ。悪いなぁ、聖母様。俺もこんな所でるつもりはなかったんだが、姉御が動いた以上、俺も引けねぇってもんだ。傲慢の罪、ベンジャミン・プライド。覚悟して貰うぜ、聖母アリア・マリア」

「……そうですか。あなた様も、結局……結局、そうなのですね」


 聖母は怒りに燃える。

 握り締めた魔杖ロッドは折れそうな音で軋み、内包された魔力は荒々しく滾る。


 臆した様子のエリアスはアンの背後に回り、ベンジャミンの体毛は防衛本能から逆立った。

 が、一人平静を保つアンは聖母の燃えるような怒りに油を注ぐが如く、わざとらしく大きな十字を切った指に口づけして見せる。


「その祈りは……誰のために?」

「問われるまでもなく。ましてや言うまでもなく。其方の野望のため、散っていった無垢なる命のために」

「魔族はかつて魔王と共に、この世界を蹂躙し、支配した邪悪なる種族ですよ。彼らに救いの手など、差し伸べられるはずもないでしょう」

「では問おう。其方には一体、誰が手を差し伸べる。かつて大罪を犯した魔族だろうと、命を弄んだ事に変わりはない。何より、其方が犠牲にしたのはそれだけではあるまい。先に私が倒したあの怪物……やけに


 一直線に放たれた火炎をアンの手刀が両断。

 生じた颶風ぐふうが炎を斬り裂きながら聖母へと迫り、躱した聖母の背後にあった長椅子を真っ二つに斬り捨てた。


「私が、何を犠牲にしたと……?」

「この施設、規模の割に預かっている子供の数が少ないな。多くは自立し、ここを出たのだと思っていたが、どうしても計算が合わない。そして、好奇心旺盛な子供があの入り口を見つけた時、誰も入らなかったなどあっただろうか。そんなはずはあるまい。ならばそのとき、其方は果たして、その子達をどうしたのか――」


 火炎放射では防がれると、次に繰り出されたのは灼熱の光線。

 再び手刀で斬り捨てようとしたアンは真上に跳躍。光線を躱して、再び彫像のあった台座の上に降り立ち、あくまで聖母を見下ろす位置に立つ。


 アリアはそんな彼女に対して、聖母らしからぬ舌打ちを響かせた。


「目障りです! 耳障りです! アン・サタナエル様! あなたの口が、あなたの指が、あなたの存在何もかもが! 私の気持ちも、私の事情も、私の事なんて何も知らないでしょうに!」

「おいおい、そんな構ってちゃん発言が可愛いのは十代までだぞ? 何より、事の善悪も敵の事情も、知って知らぬフリをして叩き潰す事をこそ、戦いと言うのではないのかな」


 聖母はここで、アンの異質さにようやく気付いた。


 英雄の一角として旅をしたアリアは、多くの転生者と会って来た。


 転生した世界で、貧しいながらも幸せな生活を過ごす者。

 元の世界にはなかった異種族と交流し、結婚し、子供まで設けた者。

 夢にまで見た魔法や能力を会得し、冒険者として自由気ままに生きる者。


 そして、多くの転生者と戦って来た。


 十年前、大国の軍を率いて挑んできた者達然り。

 魔族として転生し、魔王軍の一員として蹂躙と征服の限りを尽くして来た者。

 会得した能力や魔法の力に溺れ、制御を忘れて暴走させた者。


 多くの転生者と戦い、多くの例外的付属品チート能力と対峙し、この世界にて無双を夢見る野望と命の駆け引きをやって来た。


 が、彼女は――アン・サタナエルはどこか異質だった。

 今までに聖母が対敵した事のない人間。


 力に溺れるでもない。能力に驕るでもない。自分が格上と自負しているわけでも、他人を貶めて楽しんでいるわけでもない。

 自分が正しいなどと思ってもいないし、自分が正義だと――英雄だと驕ってもいないし、正義を執行する自分に陶酔し、溺れてもいない。

 だからと言って、大罪と名乗って自暴自棄に陥っているわけでもない。


 盲目と言う、本来デメリットに働くはずの負傷がそうさせているのか。

 彼女は他の異世界転生者が知らぬ間に遠ざけているもの、避けているものを自ら招き入れている節さえ見られる。


 彼女、アン・サタナエルは今まで対面し、対峙して来たどの異世界転生者にも当てはまらない。故に思考が乱れる。一つの方向にまとまらない。

 今までと同じ対策、同じ対応、同じ対処で受けていると、いつしか足元を掬われるかもしれない。そんな不安に駆られるからだ。

 故に彼女の一挙手一投足。投じられる言葉の一つにさえ、聖母は自身でも過敏だと思うくらいに反応してしまっていた。


「まぁ良い。ここでそれについては言及すまいよ。世の中、知らない方が良い事もある」


 ひょこ、とアンの後ろからアドレーが顔を出す。

 今の今までどこにいたのかと思えば、ずっとアンの背にくっ付いていたのか。

 普段ならば気付けた事にさえ気付けなくなっている自分を責めながら、聖母は平静を保とうと必死に取り乱す自分自身を隠し、彼女へ手を差し伸べる。


「こちらへ来なさい、アドレー。あなたは私の子。私が生み出し、育てて来たのですから」

「この状況で問いかけるか? 情緒不安定なのが見え見えだな、アリア。目障りな私越しでよく見えないかもしれないが、せっかくその目は見えるのだ。よく見ろ。其方に怯える子供の顔を」


 まただ。また、彼女は聖母の気分を逆撫でる。

 自身に与えられた例外的付属品チート能力を過信している様子は見られず、かといって絶対的に勝てる算段があるわけでも、罠を張っているわけでもない。


 ただ彼女は、事実のみを突き付けている。

 敵の気分を害しても、敵に塩を送ることになろうとも。狙っている節も見られるが、常に、と言う訳ではない。すべては結果。

 敵を煽ろうが戦意を喪失させようが、全ては結果的結末に過ぎない。

 彼女はただ、事実を突き付ける。己が正義を突き詰めるわけでもなく、悪逆を敷くわけでもなく、ただ事実を述べるのみ。


「その子を返しなさい! さもないと……!」

「殺す、か? 聖母のしていい脅しじゃないな。せめてそこはそれらしく、神の裁きが下るとでも言って欲しいものだな。どんな世界だろうとどんな人間だろうと、切羽詰まるとすぐに殺すと宣うからいけない。お陰でもはや、その言葉に対して何の恐怖も湧いてこない」


(前世の話だが、実の母に産まなきゃ良かったとまで言われた経験こともあるからな)


 宣うはずだった言葉を呑み込み、アリアは魔杖ロッドを突き立てる。

 アンの立っている台座が赤く光って、熱を発してからわずか一秒。赤く溶けた岩をも巻き込んだ火柱が、天井を突き破って聳え立つ。


 火柱が上がるまでの一秒の間に抜け出たアンは、抜けた勢いのままアリアの背後に回り込み、胴に腕を絡めて、バックドロップを喰らわせた。

 脳天で大理石の床を割り、大きく凹ませる。


 だが、すぐさまアンは聖母を離し、その場から跳び退く。直後、先程まで紛れもないアリアだったそれは凄まじい数の蛇の群れに変わり、跳び退いたアンを牙を剥いて追いかける。

 間に入ったベンジャミンがそれらの首を掴んで引き千切り、残った蛇をも爪で引き裂いた。


「“フォトン・サーペント”!!!」


 バックドロップで凹んだ床から、流動的な動きを見せる光線が飛び出してくる。

 名前の通り蛇のようにうねり、噛みついてやろうとどこまでも追ってくる光線は、エリアスが咄嗟に展開した水晶の防壁に遮られ、反射して礼拝堂の入り口である大扉を粉砕した。


「スライムの魔法使いに獣人の怪力……厄介ですね」

「其方ほどではあるまいに」


 大理石の床がと溶けて、アリアが姿を現す。

 もしもアンの目が見えていれば、とある童話にて木こりの斧を持って出て来る湖の女神を思い出しただろう。

 尤も三人を見る彼女の目は殺意に満ち満ちていて、とても女神とは言い難かったが。


「聖母、アリア・マリアが願い奉る――!」


(――!? いきなりだな……!?)


 アリアの魔力が一挙に高まり、魔杖ロッドの先の宝玉が眩く光る。

 三人を光の牢獄が囲い、段階的に収縮し始めた。


「魑魅魍魎、悪鬼羅刹を滅ぼす断罪の光よ。我が力となりて、あらゆる邪悪を討ち滅ぼさん!」

「おいおいおい、こりゃあ聖母様の最強魔法じゃあねぇか!?」

「の、ようだな」

「にしては随分落ち着いてるなぁ、おい!」


 そんなわけがあるものか。

 冷静も平静も落ち着きもない。ただ保っているように見せかけているだけだ。

 今現在、アンの頭の中はこの状況を打開するための策を考えている。が、何も思いつきなどせず、刻一刻と迫る魔法発動の鼓動に焦っている。


「……止むを得まい。ベンジャミン! エリアスを護れ! エリアスは結界を張れ! ベンジャミンと自分を護れるだけでいい! 私には!!!」

「そんな、アン様!」

「主として命じる! いいか、言う通りにしろ! 早く!」

「畜生が!」


 ベンジャミンはエリアスを抱き締め、覆い被さるように倒れる。

 エリアスは握り締める魔杖ロッドを輝かせ、自身とベンジャミンを護る球体の結界を三重に展開した。


 そしてアンは――何もしない。

 強いてしている事と言えば、憤怒の魔眼にてアリアを見つめているだけだ。

 収縮し続ける光球の中で、アンは一瞬たりとも視線を外さず、アリアを睨んでいた。


「睨んだところで、今更怖気づくものですか! 受けなさい! 断罪の光! “ホーリー・ジャッジメント”!!!」


 極限にまで収縮した光球が内部から弾け、爆ぜる。

 凄まじい熱量と光量とがその場を覆い尽くし、爆風が瓦礫の背後で戦いを見ていたアドレーを瓦礫ごと吹き飛ばした。


 瓦礫は木っ端微塵に砕け散り、並んでいた長椅子は黒く焦げて、最奥で輝いていたステンドグラスは砕ける間もなく溶解する。

 光球が爆ぜ、深く抉られて出来た穴の中で、エリアスを護ったベンジャミンは全身から白煙を上げていた。


「ベンジャミン様……!」

「無事、だったか……エリアス」

「ベンジャミン様が無事ではありません……! すぐに、すぐに治癒の魔法を――」


 そこまで言って思い出す。

 ベンジャミンには三重の結界を張っていた。結界は破壊され、ベンジャミンは大きなダメージを負ったものの、それでも致命傷には至らなかった。


 だがあの人は――アンは。

 そう思って見つけた背中は、とても無事とは言い難かった。


 肩から掛けていた上着は塵と化して、一片たりとも残っていない。

 服の所々が焼け落ち、元々色白だった素肌が晒されて痛々しい赤色で焼け焦げ、灰色の煙と異臭を放つ。

 光沢と艶があった白銀の髪は煤と灰とで汚れ、歪み、曲がっている。

 肩に瓦礫の破片が刺さったのか、左腕から血を流し、同じく瓦礫によるものか、左側頭部が切れて血を噴き出していた。


 左腕を押さえた状態で俯くアンは、そのまま倒れもせず震えもせず、まったく動かない。

 エリアスはどうすべきか戸惑っていたが、アリアは冷静だった。

 今まで戦って来た転生者の中にも、今の一撃を生身で受けたのは何人かいたからだ。


 そういう手合いは、大抵は蘇生級の回復能力を持っていたり、そもそも不死身だったりと、転生する際に与えられた能力に物を言わせて、自分を優位に見せる。

 が、そんな相手と幾度も対峙して来たアリアにとって、最早不死身も蘇生も驚くべき能力に値しない。

 蘇生するのならば蘇生が間に合わないほど殺し尽くし、不死身だと言うのなら死んだ方がマシだと思う程の苦痛を与えるのみ。


 いくら蘇生しようが不死身だろうが、弱者が見るのは地獄のみと、思い知らせて来たのが英雄であり、退けて来たのが英雄である。

 故に彼女が如何なる能力で以て復活を遂げようと、アリアは怖くなかった――はずだった。


「っ、ぁぁぁ……」

「アン様!」

「アンお姉ちゃん!」


 発動しない。

 蘇生級の回復能力も、不死身の体も、何も無い。

 彼女はただ、耐えただけだ。事もあろうに、聖母アリア・マリアが誇る最強の攻撃魔法を生身で、強化された肉体一つで受け切った。


 あり得ない、とは言わない。

 幾つかの条件が重なれば、そのような事もあり得るだろう。

 だが、彼女は異世界転生者だ。回復能力も不死身の体もなしに、正面から攻撃を受けるなんて自殺行為をせずとも、回避する術か防ぐ術を、神と名乗る者から受け取っているはず。

 故に自己犠牲にも等しく、体を張る必要はないはずなのに。


「まさか……いえ、そんな、はずは」

「何だ……自分の必殺技が決まったんだ。もう少し喜んでもいいんじゃ、ないか……? それとも、何だ……私がすぐさま回復するとでも思っていたのか。なるほど、確かにそれなら体も張るだろうよ……ただ私には、そんなすべはなかったが……な」

「術が、ない?」


 それこそあり得ない。

 回復の手段もない。蘇生も、不死身の肉体もない。

 ただ他に術がないから、仲間を護る事を優先したかったから生身で受ける。


 捨て身だなんてものじゃない。とてもじゃないが、戦術とはとても言い難い。

 ただ、耐えるだけだなんて。


「どうした。随分と動揺して見える」


 そりゃ動揺もする。


 今までこの魔法で、どれだけの魔族を、異世界転生者を倒して来たと思っている。

 そこらの獣や知的思考も持たない下位の魔物程度ならば、骨も残さず圧し潰し、焼き尽くす、疑似超新星爆発発現魔法。

 生身で受けて立っている事はもちろん、意識を保っていることさえあり得ないはずなのに、彼女は立っている。普通に喋っている。

 平然ではないし、指先一つで小突いた程度で倒れてしまいそうだが、それでも立っている事に変わりない。

 英雄としての経験値を以てしても、驚きを禁じ得なかった。


「アンお姉ちゃん!」

「あぁ、アドレー……大丈夫だ。大丈夫、だから……今は、そこで……お姉ちゃんの勇士を、見ているがいい。これから少し、頑張るからな……おいベンジャミン、立てるな。私よりはマシなはずだぞ」

「あぁっ……! 立てるよ!」


 ベンジャミンも無事ではなかったが、生身で受けたアンが立てて、結界である程度ダメージを削った状態で受けた自分が立てないのでは格好がつかないと、ベンジャミンは立ち上がる。

 エリアスはアンに回復の魔法をかけるが、アンが負ったダメージの方が大き過ぎてほとんど回復が出来ない。せめて髪の艶が少し戻った程度しか癒せず、泣きそうなエリアスへと、アンは親指を立てて見せた。


「ありがとう、エリアス。少し下がっていなさい」

「はい……アン様……!」

「……では改めて、第二ラウンドと行く前に、一つ問おうか。聖母よ」


(この人は、一体……)


 聖母は仰ぐ。

 傷付き、焼け焦げながらも戦う事を止めぬ敵を見上げる。

 苦痛、苦悶、悶絶、そして死を遠ざけ、拒み続けるが故に、異世界転生者に多く発露する不死身、及び蘇生にまで至る完全回復能力。

 それらを見せず、ましてや持ち得てすらいない異世界転生者、憤怒の大罪たる彼女を見る。


 さながら死すらも超越した不死鳥が如く、熱風を扇いで送る翼を広げて飛び上がるアンは、聖母が日々祈りを捧げていた神の彫像よりも神々しく、煌びやかに輝いていた。


「其方は神を信仰するものであろう。ならばその目は神には及ばずとも、天使くらいなら……見た事はあるのかな?」


 二対四枚。あかい翼を広げて飛び上がるアン・サタナエルの姿は、礼拝堂という場所も相まって、聖母の双眸がまだ見た事のない天使を思わせた。

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