~憤怒と暴食~
オークション
客席は超がつくほどの満員だ。
客の全員が番号を振られた札を持っており、仮面で顔を隠している。
ここでされるのはオークションだが、扱われるのは絵画や骨董品などの芸術品ではない。
今や表の世界では取引されることのない裏の代物――奴隷である。
『三〇三番! 三〇三番の方! 二〇〇万円での落札でございます!!!』
皮肉ながら、奴隷に種族の差はない。
奴隷同士の間には、不思議と同じ境遇に身を置かれた者同士の結束が生まれ、そこには種族も年齢も性別も関係なくなるのだ。
絆として称賛すべきなのか、傷の舐め合いとして憐れむべきなのか、複雑なところである。
獣人の少女と人間の少女が、揃って買われた主人の下へと連行されていく様を見ていたベンジャミンは、舌打ちすら憚られる座席の手すりを握り締めて耐える。
その隣で、アンはまったく別の方へと意識を向けていた。
「驚いた。この世界での金額の単位は円なのか。まさか、我が母国と一緒とは」
「姉御。自分が転生者である発言はここでは控えろ。転生者は高値で売れるって、人攫い稼業の間じゃあ噂されてるんだ」
「そうか、わかった」
本当に、わかっているのだろうか。
脱獄騒動から七日間。
まだそれだけの付き合いしかないが、アンは偶にわかっていながら、わざと行動する部分が見られた。
毎度、何かしら狙いがあっての事なのだが、毎度の如くこちらの不意と意表を突いて来るので心臓に悪い。
正直に言って控えて欲しいのだが、そんな彼女がオークション会場に連れて来て、英雄を買う――何か嫌な予感しかしなくて、ベンジャミンは腹を括っていた。
「姉御、一体何をしようって言うんだ」
「うん? 言わなかっただろうか。英雄を買うのだ」
「いや、こんな奴隷オークションに出品されるような中に……」
「まぁ、慌てるな。しばらく様子を見ていなさい」
そんなことを言われたって、ただ会場に上げられた奴隷に値段が付けられ、売り飛ばされて行く光景を見るのは何も面白くないし、気分だって良くない。
涙を流しながら行きたくもないところに行く彼らの気持ちを察すれば、いっそのことこのオークションをぶっ壊したいくらいだったが、アンはあくまでも買うらしい。
一体何を考えているのか、ベンジャミンには未だ、アンの考えを読み取ることは難しかった。
そもそも奴隷を買うにしたって、アンは何を基準にするのだ。
盲目のアンには奴隷は見えないし、会場の上にいる奴隷には客は買うまで触れられない。
両腕と首にされている枷のせいで魔力は封じ込められて、感じ取る事も出来ないはずなのに、一体何を基準にして奴隷を買うつもりなのだろう。
もしくはすでに――
『さぁ、続いてはこちら! 余にも珍しい、少女の形をしたスライムです!』
会場が一挙にザワつく。
理由は、ベンジャミンにはわかっていた。
スライムはモンスターの中でもかなり低位に位置する。
ある程度の知能はあるが、活かすだけの能力を持ち合わせていない。
炎を浴びればあっという間に蒸発してしまうし、水に入れば溶けてしまう。物理攻撃にこそ強いが、魔法攻撃には滅法弱い低位モンスター。それがスライムだ。
だが稀に、スライムの中で秀でた能力を持つ個体が現れる。
それらは自らの意思で人型になれ、人の言葉を喋り、人と似通った意識を持つ。
スライムの特性を有しながら人の特性をも有したスライムは、未だ多くが解明されていない未知の箱。多くの生物学者にとって、最適、最難関の研究対象なのである。
そして今、全客席から仮面越しの注目を浴びて、首輪に繋がった鎖を引かれて最適の研究対象が現れる。
洗って整えれば綺麗だろう青白い長髪。
青痣だらけの白い体に、小さな顔の中で光る藍色の瞳。
美しかった。
控えめに言っても、そこらの女性よりずっと美しかった。
まさかただのスライムだなんて、初見の人は教えられるまで思うことはあるまい。
白無地のワンピース一着しか着ていなかったが、着飾れば多くの男を魅了するだろう。
もったいない、と思った。客席の男達は今、彼女をどのように飾り、自分好みに仕立てるかを考えていることだろう。そしてどのように凌辱し、楽しむかを考えているに違いない。
『それでは参りましょう! ファーストプライスは五〇〇万円から!』
奴隷の相場など知った事ではないが、今回のオークションで出品された今までの奴隷の中でも破格の値段から始まった。
それでも六〇〇万、七〇〇万と一切硬直することなく値段は跳ね上がっていく。
一体どこまで上がっていくのかと少し興味を持ち始めたベンジャミンの隣で、ゆっくりと札が持ち上がった。
「三五億」
騒々しいくらいだった会場が、一挙に静まり返る。
七〇〇万からの莫大な跳ね上がり方について行けず、誰もが言葉を失う中で、札を上げた落札者だけがケタケタと笑いながら。
「あと五〇〇〇万円」
と、必笑の鉄板ジョークをかましてやったくらいの得意げな表情で、アンは札を振っていた。
ベンジャミンは思わずアンの仮面が外れ、無理矢理嵌めている自分の仮面すら外れてしまいそうになる勢いで、隣の席を叩いて耳打ちする。
「おい姉御……! 三五億なんて大金、どこにあるんだよ……!?」
「どこって、ずっと其方に持たせていたろう? ドボルロック元看守長が横領していた隠し財産だ。それと、今のは私の国で一時期流行っていた鉄板ネタだったのだが、そこまで面白くなかったかな?」
「すまん、まったく笑いどころがわからなかった……」
「そうか。次は頑張るとしよう」
『さ、三五億で、落札!!!』
以上の経緯を以て、アンは世にも珍しいスライムの少女を買い取った。
この落札からこの後の事件まで、アンの手の平の上だったのかどうかは、ベンジャミンが理解するにはまだ、付き合いが短かった。
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