集結・七つの大罪
~憤怒と傲慢~
邂逅
足音が聞こえる。
看守のではない。歩調と、ぶら下げている鍵のこすれる音とでわかる。
ならば新しい囚人か、それとも脱獄囚か――どうやら違うようだ。
手枷の揺れる音。足枷から伸びる鎖の先で転がる鉄球の音。本来聞こえるはずの音が、まったく聞こえてこなかった。
ならば誰だ。
まだ太陽も昇ってない夜更けなんかに、何の用件があって、監獄にやって来る。
正体不明の誰かはゆっくりとした足取りでやって来て、最奥の牢の前で立ち止まった。
一つの牢につき五~六人の囚人を収めている監獄の中でそこだけが独房で、囚人は四肢を壁に打ち付けられた杭に結ばれた鋼鉄の鎖で縛られ、大の字で貼り付けられていた。
「こんな夜更けに客たぁ、珍しいな。珍客には違いねぇが、見物客か観光客か。どちらにせよ、俺にとっちゃあ招かれざる客、ってわけじゃあなさそうだ」
「其方が、聖人殺しのベンジャミンか?」
「聖人?」
男は、口角を引きつったような笑い声を小さく響かせ、やがて堪えきれずに大口を開けて笑い出す。
他の牢で眠っていた囚人が次々と起き始めて、男へと文句を並べようとした瞬間、外から漏れて差し込む月光に照らされて輝くそれに魅せられて、並べようとしていた文句の文言を一挙に呑み込んだ。
珍客は女だった。
囚人ならば、女の手に輝く鍵を見て騒ぐだろう。
が、月光という天然のスポットライトを浴びる軍服の女の整った横顔と、軍帽から伸びる光沢と艶とを携えた白銀の長髪が、囚人らに騒ぐことを許さない。
故にその場は静寂が保たれたまま、男の大笑いする声だけが響いていた。
「聖人か。俺達獣人を蔑み、差別し、過重労働を強いる連中の事を、おまえらは聖人と呼ぶのか。だったらまさしく、俺は聖人殺しのベンジャミンさ。過重労働で死んで逝った仲間の仇として、この牙で首を喰い千切ってやったのさ」
ベンジャミンは牙を剥いて吠える。
獣人は獣の特性を有しているものの、獣よりは人に近しい種族。だが彼に限って言えば、人型をしているだけの獣と言っても過言ではなかった。
筋肉隆々とした太い体躯。狼犬の面相。太く長い尾は、鞭のようにしなる。
青と銀の体毛が生え揃った体は、さながら太古に生きていたとされる神獣のよう。
人間を食い殺したなどと豪語してはいるものの、あながち嘘とも言い切れないと思わせる肉食獣ならではの荘厳な雰囲気をまとっていた。
「そういうおまえは何者だ? とりあえず看守じゃあなさそうだが」
「あぁ。看守の目を盗んで侵入してきた。鍵がどれかわからなかったのですべて持ってきてしまったのだが、どれかわかるか」
「あ? 何を言ってやがる。鍵と錠は同じ番号ので空く仕組みだ。てめぇの目で――」
と言いかけて、「いや、何でもない」とベンジャミンは先の台詞を言わなかった。
代わりに、別の問いを投げかける。
「だがいいのか。俺を出すって事は、てめぇも罪人になるって事だ。そこまでして、てめぇは俺に何をして欲しい」
「私と共に、戦って欲しい」
「……相手は」
「七人の英雄」
間を置いて、ベンジャミンは再び狼の口を開けて笑った。
高笑った。彼女の宣誓を聞いていた囚人は他にもいたが、ベンジャミンのように笑い飛ばす事など誰にも出来なかった。
「マジかよ! よりにもよってこの世界で最強とされてる七人の英雄に喧嘩を売るって?! そんな馬鹿はいつぶりだ! そういうてめぇはどれだけ強いんだ!」
「其方は狼の獣人なのであろう? ならば、臭わぬか」
「あ?」
臭わぬかと訊かれて、改めて臭う。
鉄臭い血の異臭が、鍵を持つ彼女の両手を濡らして、染みついて臭ってくる。
月光の下に立ち尽くす、文字通りの月下美人には、野蛮過ぎる香水であった。
「……看守の目は、盗んだんじゃあなかったのか?」
「さすがに全員の、とは行かなかったものですから」
「ははははは!!! 良いぜぇ、乗ったぁ! さっさと鍵をくれ! 手伝ってやるよ! おまえの――そういやぁ名前、聞いてなかったな。名前は」
「アン。アン・サタナエル。これより神より賜りし天命を果たし、この世界の救世主たる英雄を倒す、大罪人である」
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