「彼女がレジスタンスリーダーじゃない? だが、現に彼女の部屋には遺書があったわけで――」


 一度、流羽がレジスタンスリーダーということで決着しようとしていたのに、また誰かを疑わねばならない地点まで引き戻されるのは、人間であれば誰だって嫌だ。楠木もそんな思いで口を開いたのであろう。


 流羽はもはや息絶えており、犯人扱いをされたって傷付きはしないだろうし、理路整然とした言葉で反論してくることもない。だから、言い方は悪いが犯人扱いをしやすい。少なくとも、まだ生きている他の誰かを疑うよりかは、気が楽なはずだ。しかし――それでは駄目なのである。むしろ、流羽の名誉を守るためにも、暴かねばならない。そして、事件を真の解決に導くためにも、真相を明らかにしなければならないのだ。


「それは、誰かが事前に彼女の部屋に仕込んだとも考えられます。彼女は自室に鍵をかけない主義だったみたいですし、誰にでも遺書を仕込むことは可能だったはずです。しかも、遺書は手書きではなく、パソコンで出力したものであるようだった。彼女の部屋から遺書が見つかったのは事実でしょうが、彼女が用意したものとは限らないんです」


 これは弔い合戦だ。この事件に巻き込まれてしまったばかりに命を落としてしまった職員達と、そればかりかレジスタンスリーダーの汚名までをも被ってしまった流羽のための戦いである。


「でも、彼女が用意したものではないという証拠もないんじゃないですか?」


 中嶋の言葉に縁は首を横に振った。確かに、遺書のくだりだけでは流羽の疑いを晴らすことは不可能だ。だが、流羽がレジスタンスリーダーではないという根拠は、しっかりと縁の頭の中にある。


「いいえ、彼女はレジスタンスリーダーどころか、解放軍にも一切関与していません。もし彼女が少しでも関与しているのであれば――終業のチャイムが【蛍の光】になっていたはずがないんです」


 縁の言葉に坂田がにたりと笑みを浮かべた。尾崎が「へっ?」と、全く要領を得ないような間抜けな声を漏らす。中嶋と楠木は顔を見合わせて、ほんの少しばかり首を傾げた。倉科は倉科で顎に手を当てて神妙そうな表情を見せていた。


「くくくくくくくっ――。どいつもこいつも間抜けな面を並べやがってよぉ。これだから馬鹿の相手は疲れるんだよ。お前ら、気付いていなかったのか? 今日の終業のチャイムがいつもと違ったことを」


 少し前に坂田と話をした際に、ある事柄がおかしくなっているという話題が出た。そして、その事柄が今回の事件において重要な部分になるのだ。


「それこそ、私は今日の昼間に流羽さんから聞いたんです。だからこそ、気付くことができたのかもしれない。普段は三拍子の【別れのワルツ】が、今日だけ四拍子の【蛍の光】になっていたことを――」


 縁が言い放つが、尾崎や楠木はどうにもしっくりときていないようだった。今さらになって終業のチャイムがどうこう言われても確かめるすべはない。だからなんなのだ……が正直なところであろう。


「三拍子が四拍子になっていた? さて、そうだったろうか――。普段から意識して聞いているわけではないから、全く分からなかった」


 楠木が首を傾げ、そして尾崎が頷く。ついでと言わんばかりに、中嶋までもが大きく頷いた。坂田は縁の言葉を待っているようで、ただただ気味の悪い笑みを浮かべているだけ。そんな中で「確かに、間違いないな」と漏らしたのは、途中から事件に合流することになった倉科だった。自然と視線が集まり、誰に聞かれたわけでもなく倉科は続ける。


「それを聞いた時、俺はちょうど通気ダクトの中にいて、通気口を外そうとしていたんだよ。ただ、音を出すとまずいかもしれないと思って、流れてきたチャイムのリズムに合わせて通気口をぶっ叩いたんだ。今思い返しても間違いない。あの時、俺が通気口を叩いたリズムは四拍子だった。タン、タン、タン、タン――って具合にな」


 はっきり言ってしまうと、これもまた倉科の主観的なものであり、確証となり得るものではない。しかしながら、一人でもそのような証言をしてくれるのであれば、このロジックを引っ張り出す価値があるというものだ。


「今日のチャイムが三拍子の【別れのワルツ】ではなく、四拍子の【蛍の光】になっていた――。では、どうして曲の拍子が変わってしまったのか。様々な可能性を考慮した結果、私が出した答えはこうです。つまり……」


「チャイム自体が、何らかの理由によってあらかじめ差し替えられていた。そうとしか考えられねぇだろうなぁ」


 一番良いところを横から掻っさらうは坂田である。彼らしいと言えば彼らしい。負けじと縁は割って入る。


「坂田の言う通りです。いつもならば三拍子の【別れのワルツ】が、終業のチャイムとして流れるはずでした。しかし、今日だけなぜか四拍子の【蛍の光】が流れた。それはなぜか――差し替えられていたと考えるのが、理由として一番しっくりと来るんじゃないでしょうか?」


 普段、終業のチャイムとして流れているのが【別れのワルツ】であるわけだが、今日に限って原曲が同じながら拍子の異なる【蛍の光】が流れた。つまり、ぱっと聞いただけでは分からないが、全く別の曲が流れていたことになる。


「中嶋さん。確か、刑務官の詰め所にチャイムを制御する装置が置いてあるんでしたよね? それで、その仕様が少しばかり面倒だという話を聞いたことがあります」


 このアンダープリズンのチャイムを制御する装置は、意外なことに刑務官の詰め所にあり、実に使い勝手の悪い仕様となっている――とは、事件が起きる遥か前に、なんらかの拍子で中嶋から聞いた話だった。世間話の中で飛び出たような話だったが、しかしどんな話が役に立つのか分からないものだ。


「えぇ、面倒ですねぇ。どうして、あんな使い勝手の悪い仕様のものを導入したのか――」


 中嶋はそう呟くと小さく溜め息を落とした。なんでもかんでも中途半端なアンダープリズンは、チャイムの装置でさえ中途半端な仕様のものを置きたがる。しかしながら、そのような傾向は悪いことばかりではないのかもしれない。


「それはともかく、チャイムの差し替えを事前に行うことは誰にでも可能だったわけですよね?」


 自分で振っておきながら、あえて面倒な仕様のことには触れない。今はまだ触れるべき段階ではなく、流羽の疑いを晴らしてやるのが最優先だ。何よりも、このチャイムのくだりというのは、犯人にとって決定的な致命傷になり得る。切り出すタイミングをしっかりと見極める必要があるだろう。今はまだその時ではない。


「えぇ、可能でしょうねぇ。それに、実際に【別れのワルツ】が【蛍の光】に変わっていたんです。差し替えられたとしか考えられませんね」


 中嶋の言葉を受けて頷くと、改めて一同を見回す縁。ここまでの話で、流羽がレジスタンスリーダーではない根拠が出ているわけだが、みんな気付いているのだろうか。特に尾崎辺りは気付けそうなのであるが。


「それで、チャイムが差し替えられていたことと、今回の事件とでは、どんな関係があるっすか?」


 少しでも期待していたのであるが、どうやら尾崎は気付かないらしい。それこそ、今日のお昼――この食堂で【別れのワルツ】と【蛍の光】の雑学を、流羽が披露したのを聞いていただろうに。


「関係大ありです。尾崎さん、チャイムが【別れのワルツ】から【蛍の光】に差し替えられていた。これ、どうしてだと思いますか?」

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