事例3 正面突破の解放軍【解決篇】1

【1】


 縁達の足音に合わせているのではないかと思うほどの軽快なリズムをバックに、階段を駆け上る。本来ならば解放軍を警戒し、それこそライフルを持っている楠木を先頭に、ゆっくりと一歩ずつ進むべきなのであろう。だが、解放軍の最終的な目的が集団自決だと分かった今、無数に響くアサルトライフルらしき銃声に、いちいち周囲を警戒することなどできなかった。レジスタンスリーダーの正体が明らかになったことが要因で、なんだか妙に強気になってしまっているのは、果たして縁だけなのだろうか。


 第二階層にたどり着くと同時に、ぴたりと銃声が止み、食堂へと向かう縁達の足音だけが廊下にはやけに響いた。つい今しがたまではミシンの音が入り混じっていたのに、それが嘘だったかのような静寂――。それを振り払うかのごとく楠木の声が飛ぶ。


「食堂に突入する際は俺が前に出る! 0.5係はバックアップしてくれ!」


 楠木が走る速度を上げ、縁達の前へと出た。しかしながら、さらにその前を疾走する坂田には追いつけない。このままでは先に坂田が食堂に突入してしまうのだろうが、楠木もその辺りは仕方がないと割り切っているのかもしれない。


「了解っす!」


 尾崎がそう答えつつホルスターから拳銃を抜いた。倉科も拳銃を引き抜くが、縁はあえて拳銃には手を触れず、ペンライトで前方を照らし続けた。レッグホルスターを装着しているがゆえに、拳銃を引き抜く動作はスムーズにできるし、楠木に続いて尾崎と倉科が控えていれば、それに縁が加わる必要もないだろう。それよりも、今は照明係に徹したほうが良さそうだ。


 辺りは相変わらず真っ暗であり、頼れるのはそれぞれが持っている明かりのみ。縁はできる限り楠木の先を照らし、明かりを確保してやる。しかし、曲がり角をややオーバーターン気味に回ると、真っ暗闇だった廊下が一転。遥か向こうがわに、ほんのりとした明かりが漏れていた。どう説明していいのか分からないが、文明的ではない優しい明かりとでも言うべきか。近付くにつれて、それは食堂から漏れる明かりであることが分かった。懐中電灯などの部分的な明かりではなく、食堂全体を包むような、淡い暖色系の明かりが漏れている。


 本当ならば一度立ち止まり、全員の呼吸を合わせてから突入したいところであるが、坂田がさっさと食堂内に突撃してしまう。坂田に協調性を求めるなどナンセンスであり、なし崩し的に楠木を先頭にして縁達も食堂の中へと飛び込んでしまった。


 食堂に飛び込むや否や、アサルトライフルによる集中射撃が行われた――なんてことはなく、その代わりに、いいやそれと同じくらいの衝撃と熱量を持った光景が目に飛び込んできた。この光景にすら動じない坂田は、やはり人として大事な部分を欠いているのだろう。


 ほんのりと漏れていた明かりは、食堂内に何本も立てらてたロウソクの火によるものだった。まるで、何かの儀式であるかのように、不規則的に並べられた蝋燭の火が揺らぎ、それが送り火のようにも見えた。


 血の海だった。床にうつ伏せになって倒れ込んだ者、食堂から逃げ出そうとしたところでやられたのか、壁に寄りかかるかのように絶命している者――。テーブルの上に覆い被さって目を見開いている男と目が合った。男は虚ろな瞳で縁のことを見つめ、その目は何かを言いたげであった。その真意……彼が伝えたかったことは、もう誰も知ることができない。思わず目を逸らしてしまったが、それが善財であることは間違いなかったと思う。ただ、それを改めて確認する気にはなれなかった。


「――みんな仲良く揃って、あの世行きってやつか」


 食堂の入り口で固まってしまった縁達を尻目に、平気な顔をして血の海の中を歩き回る坂田。意を決したのか、楠木が辺りを警戒しながら、血の海の中へと足を踏み入れる。やはりベテランの意地があるのか、それに倉科が続いた。残った縁と尾崎は、しばらく食堂の凄惨さに身動きが取れずにいたが、互いに互いを奮い立たせるかのごとく頷き合うと、血の海の中へと、恐る恐るとつま先を踏み入れた。


 死んでいたのは職員だけではなかった。解放軍もまた、ラバーマスクを被ったまま絶命していた。銃弾を受けて死亡したようであるし、恐らく先ほどの銃声が、解放軍の最期として用意されたものだったのであろう。


「――職員を巻き込んでの集団自決。解放軍の目的が、ここに達成されてしまったということか」


 辺りを見回しながら、小さく溜め息を落とした楠木。ふっと、ある一点で目線を止めると「おい、あれを見てくれ」と指を差した。彼が指差した先には、両足を前に放り出し、壁に背中を預けるようにしてもたれかかった、ツインテールの少女がいた。レジスタンスリーダーである。下はどうやらスカートを履いているらしい。最初に登場した時は、スカートなんて履いていなかったはずだが。


 坂田はゆっくりとレジスタンスリーダーに歩み寄ると、そのラバーマスクに手をかける。表情が変わることなく、こんな状況でも笑顔の少女が不気味だった。


「どうやら、ラバーマスクの上からこめかみを撃ち抜いたみてぇだなぁ」


 坂田は空気なんてものを読まない。こちらが心の準備をする間もなく、少女のラバーマスクを引っぺがしてしまった。そのマスクの下にあった見慣れた顔に、楠木が溜め息を漏らす。


「やはり、間違いなかったか――。犯人は彼女だ」


 楠木の言葉を聞き流すかのように、しゃがみ込んだ坂田。その人物の手から何かを奪い取った。


「小型のオートマチックだ。こいつで自らの頭を射抜いたってか?」


 坂田はそう呟くと、どういうわけだか血にまみれた少女のマクスを、縁のほうへと放り投げてきた。まるで人の生首が空を飛ぶかのごとく光景は不気味である。別に床に落としてやっても構わなかったのであるが、こんな時に限って妙な運動神経が働くから不思議だ。大きく一歩足を踏み出した縁は、辛うじてツインテールの少女のラバーマスクをキャッチした。


「くくくくくくくっ――。そいつのこめかみの部分を見てみろよ。しっかりと銃弾が貫通した痕跡が残ってるからよ」


 坂田に言われて、ラバーマスクのこめかみの部分に視線を落とすと、確かに銃弾一発分くらいの大きさの穴が空いていた。返り血なのか、それとも本人の血なのか――それは定かではないが、血にまみれた少女のラバーマスクは、それ以外に特に変わったところはなかった。こめかみのところに穴が開いているだけで、後は綺麗なものである。それすなわち、縁の推測が正しいであろうことを後押しする証拠となる。きっと、坂田もこれに気付いたからこそ、わざわざ縁のほうに放ってきたのであろう。


「となると、その小型のオートマチックで自殺したってことか?」


 倉科が問うと、坂田は「さぁな――」とだけ呟いた。縁は改めて、少女のマスクの下にあった顔を見つめる。こめかみから血が流れている以外、まるで眠ったかのように絶命していたのは――流羽だった。


「遺書に彼女の名前が署名として残されていた。芦ヶ崎とも男女の関係にあったようだし、その思想に感化されて、こんなことを引き起こしたのかもしれない」


「でも、だからと言って死ぬことはねぇっす。自殺したからって、国にまでメッセージが届くとは限らないっすから」


 楠木の言葉に尾崎が続く。確かに、楠木の言う通り、遺書には流羽の名前が署名として残されていた。そして、目の前にはこめかみを撃ち抜き、命を絶った流羽がいる。彼女は芦ヶ崎という危険な思想を持っていた男と関係があり、その思想に感化された可能性が考えられる。縁は確信した。これで間違いなく事件は解決であると――。

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