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 しばらく坂田と議論を交わすと、お決まりのスマートにやります宣言が出た。まだ断定ではないのだろうが、彼の中ではある程度の答えが出ているようだ。決定的な証拠はないし、正直なところ想像の域を出てはいないが、縁もおぼろげながら犯人の正体が見えていたのだから。


 とにもかくにもレジスタンスリーダーを叩く。――方針も決まり、さてこれからどうやって動いてやろうと考えていた矢先のことだった。坂田が急に動きを止めて暗闇の向こう側に視線をやった。懐中電灯を坂田の視線のほうに向けてみると他の階層に続く階段が浮かび上がり、ペンライトが照らす明かりの中を一筋の光が横切った。


 横切った光は、きっと他の照明機器のものだろう。角度的に考えると、どうやら光の筋は階上から差し込んだものらしい。反射的に拳銃を構えなおした。片手では心許ないから、ペンライトを持つ手を添える。当然、階段を照らす明かりがブレ、その拍子に何者かの姿が光の中に浮かび上がった。しかもそれは一人だけではない。光がブレた一瞬のことだったが、複数の影が確認できた。


「――誰だっ!」


 その声と共に、こちらに光の筋が一直線に伸びてきた。多分、懐中電灯か何かの光を、こちらに向けたのであろう。眩しくて、思わず目を閉じる。


「くっくっくっくっくっ――。お前ら、お互いにビビりすぎじゃねぇ? 銃口を向けんのは解放軍であって、馬鹿どもで向け合うもんじゃねぇだろう?」


 恐る恐ると目を開け、そして光の向こう側へと目を凝らしてみる。あちらはあちらで、坂田の声を聞いて察してくれたのであろう。銃口を降ろすのが見えた。


「山本、無事だったか――」


 本来ならば、ここにいないはずの声が聞こえた。しかし、それは実に日常的に聞き慣れた声であり、この非現実的な空間にはありがたく思えた。


「――倉科警部、助けに来てくれたんですね」


 縁が真っ先に光の向こうで捉えたのは、倉科の姿だった。安堵の溜め息が漏れた。


「あぁ、無事そうでなによりだ。これでお前達に何かあったら、どうせ俺に責任が押し付けられるんだからな」


 こんな状況なのに――いや、こんな状況だからこそか、やや冗談めいたことを口にする倉科。縁がほっとしたのも束の間、わざわざ縁の照らすペンライトの前に出て来たのは尾崎である。


「縁、勝手に動いちゃ駄目っすよ。詰め所で待っていてくれって言ったじゃないっすか」


 確かに、尾崎にはそう言われていたし、勝手に動いたのは事実である。縁だって全く考えなしに動いたわけではないのだが、ここは素直に謝っておくべきだろう。なんにせよ尾崎も無事のようで一安心。


「すいません。ちょっと尾崎さんのことが心配になったものですから――」


 縁が頭を下げると、尾崎は「まぁ、仕方ねえっすね」と呟き落とした。一応、念のために桜の安全は確保できていることは付け加えておいた。


「とにかく、そちらも無事で良かった。約束の時間に集合場所に向かいたかったんだが、色々とあってな――」


 そう言いつつ、暗闇の中から一歩踏み出したのは楠木だった。アニメなどで、普段は非常に憎たらしいキャラクターが、映画版になると、ここぞとばかりに良い奴になる。実にありがちなことではあるが、正しく楠木がそのような人物なのであろう。もっと俗的な言い方をすればツンデレである。


 倉科、尾崎、楠木。どうやら三人で行動を共にしていたようだが、明らかに一人足りない。中嶋の姿がなかった。


「あの、中嶋さんは――」


「この停電のせいではぐれてしまったんだよ。恐らくだが、解放軍の襲撃を受けてな」


 はぐれた――。あまりにも簡単に楠木が言ってくれたものだから、それを受け入れて理解するのに少し時間を要した。桜のように比較的安全な場所にいるのならまだしも、この暗闇の中ではぐれてしまうとは大問題である。しかも、解放軍の襲撃を受けてのことならばなおさらだ。


「だったら、今すぐにでも中嶋さんを探しに行きま――」


「いいや、中嶋には申し訳ないが、それよりも優先しなければならないことがある。中嶋を探すのは、それが解決してからだ」


 縁の言葉を二度に渡って遮ってくれた楠木。その言葉を受けてなのかは分からないが、これまで黙って状況を見つめていた坂田が縁の前に出た。


「どうやら、何か掴んだみてぇだなぁ」


 坂田の言葉に、ややたじろいだ様子を見せる楠木。普段から坂田と接している0.5係でさえ、彼の雰囲気に圧倒されることがあるのだから、まず坂田と顔を合わせることなどない楠木からすれば、その独特の威圧感や空気などに、本能的な恐怖を覚えてしまうのであろう。


「こいつを見てくれ。アンダープリズンの住居スペース……ある人物の部屋から見つかったものだ」


 それでも、楠木は坂田の発する得体のしれない空気を振り払うかのごとく、ポケットから一通の封筒らしきものを取り出した。さすが元SAT――メンタル面の鍛え方もエキスパートである。


「――遺書? こいつはまた、妙なもんを見つけてきたなぁ」


 楠木から封筒を引ったくると、早速開封して笑みを漏らす坂田。毎度ながら、新しい玩具を与えられた子どものように、目をキラキラと輝かせている。遺書なるものに目を通すと、笑いを噛み殺すかのごとく肩を震わせた。


「なるほど……。随分と崇高な目的を持ってんだなぁ。俺とは別の意味でアンダープリズンにぶち込まれた人間の復讐ってわけか。それにしちゃあ回りくどいし、確実性に欠けるが」


 今度は縁が坂田の手から遺書を引っ手繰った。ペンライトの明かりを文字列の上に走らせ、そして驚愕の事実を知る。解放軍の目的、そしてわざわざ署名として残されているレジスタンスリーダーの正体――。少しばかりの違和感はあるものの、ある種の決定的な証拠となることだろう。


「これ、どこで見つけたんですか?」


 遺書を手にしたまま問うと、楠木はちょっとばかり躊躇ったかのように言葉を詰まらせ、そして答える。


「本庄の部屋だ。実は遺書以外にも、俺達で掴んでいたことがあってな。まぁ、中嶋から教えて貰ったことが大半になるが――」


 楠木達は遺書だけではなく、さらに情報を掴んでいたらしい。電力が落とされる場面に居合わせ、桜を助け出すことはしたものの、しかし有力な情報は一切掴んでいなかった縁達とは大違いだ。もっとも、第三階層と第四階層で得られる情報など、たかがしれている。桜を助け出しただけでも、御の字というべきか――。そんなことを思いつつ、楠木の提供する情報に耳を傾ける。


 かつてアンダープリズンには芦ヶ崎という、危険な思想を持つ男がいた。今ではアンダープリズンとは一切の関係を持っていないのであるが、どうやらその男が事件に関与している可能性があるとのこと。そして、流羽は芦ヶ崎と男女の間柄にあった。だからこそ、芦ヶ崎の影が見えた時点で、流羽の部屋も調べることにしたらしい。そこで楠木は解放軍に襲われてしまい、中嶋ともはぐれてしまった。その後、助けに駆けつけた倉科に発見され、そして遺書を見つけるにいたったそうだ。


「くくっ、くくくくくくっ――。ひゃっはっはっは! どうやら決まりみてぇだなぁ。事件の全貌がはっきりと見えたぜぇ」


 発狂するかのように笑い出す坂田。縁、尾崎、倉科は毎度のことに溜め息を漏らし、楠木にいたっては坂田の笑いっぷりに苦笑いさえ浮かべる。


「色々と手回しをしたみてぇだが、やっぱり二流のやることは二流ってことか。発想は悪くなかったが、俺ならもっと――」


 坂田がそこまで言いかけた時のことだった。上の階層からミシンの稼動音のようなものが響いてきた。事件が起きてから何度か聞いているミシンの音だった。遺書には、最終的に解放軍が集団で自決するとの旨が書かれていたから、もしかして――。


 坂田が舌打ちをして床を蹴り出した。縁は尾崎達と頷き合い、そして坂田の後に続いて駆け出した。これまでの疑念が確信に変わったことに戸惑いを覚えつつ。

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